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ひきこもり歴30年を経て気づく老いる社会[2025年12月20日(Sat)]
 Yahooニュース特集2025年7月25日付け「両親の死に直面して抱いた恐怖――ひきこもり歴30年を経て得た気づき #老いる社会」から、15〜64歳の50人に1人、推計146万人が「ひきこもり」。そんなショッキングな数字が内閣府の調査で明らかになったのは2023年のことだった。いずれ高齢化した親が中高年の子どもを支えきれなくなる「8050問題」に直面すると言われ続けてきたが、いまやそれは現実のものとなり、「9060問題」となって、親が亡くなる段階に移行しつつある。高校中退後、30年以上にわたってひきこもり生活を続けてきた勝山実さん(53)も相次いで両親を亡くした一人だ。勝山さんは両親亡き後、どのように過ごしているのだろうか。
やればできる子という呪縛
勝山さんのひきこもり歴は長く、その始まりは高校生時代にさかのぼる。どうしてもやる気が起きず、「なんのために勉強をするのか」という違和感を覚えるようになる。
その違和感は次第に膨らみ、不登校につながる。そして、高3の2月、勝山さんは中退を決意する。「留年」と「中退」を天秤にかけ、「留年は格好悪い」と考えたためだった。そして「大検(現在の高卒認定試験)」というバイパスを選択し、浪人して大学に入ることを目指す。
「今は落ちこぼれているけど、本気を出せば、大学に行ける。当時は浪人生は珍しくなかったから、まだ挽回できる、一浪でいい大学に行けば全てチャラになる、と空想していた。
だから、志望校のランクを落とすこともしなかった。結果、3浪です」
そんな当時を「やればできる子という呪縛に囚われていた」と振り返る。
「常に不正解を選び続けた」(勝山さん)結果、勝山さんは社会に出る機会を失う。ただ、3浪してブラブラしていても、周囲に同じような知り合いがいる間はよかった。しかし、25歳を超える頃から、自分と同じだと思っていた彼らは、次第に社会に適応していった。そこで、メンタルがおかしくなってくる。
「もう自分でもどうしたらいいかわからない。家の周りを泣きながらマラソンしていました」
26歳の時、精神科を訪ねると、すぐにうつ病だと診断された。
社会問題の当事者であり続けた
第二次ベビーブーム(1971〜1974年)に生まれた「団塊ジュニア」である勝山さんの人生は、日本のひきこもり問題と伴走してきたと言えるかもしれない。管理教育と過酷な受験戦争を経験した後、バブル崩壊後の就職氷河期にもかかったこの世代は「不運の世代」とも言われている。
「1990年代、一般的な感覚だと25歳というのがボーダーラインでした。その年齢までに正社員にならないと、真っ当な人生から脱落してしまう。しかし、2000年ごろから精神科医の斎藤環氏の著書などで『社会的ひきこもり』という言葉が世に出てきた。さらに30歳を過ぎたあたりで突如『ニート』という言葉が出てきて、若者の定義が34歳になり、それに合わせるかのように、ひきこもり地域支援センターなどの対象年齢も39歳まで引き上げられた。『もうおしまいだ』と何度思っても、自分がラインを越えるたびに延長されるわけです」
そして40歳になった頃、今度こそ社会問題の当事者ではなくなったと思っていたところに現れたのがひきこもりの高齢化問題、通称「8050問題」だった。ただ、「親が死んだらどうする?」というのは、それ以前からずっと言われていたことだという。
しかし、生活保護や障害者年金など社会保障についての知識を得ていくとともに、その恐怖感は薄れていった。
「60歳の親が平均寿命まで生きたとしても80歳で、あと20年あるわけです。だから、それは20年後の悩みであって、今考えることではない。今悩んで解決方法を見つけたとしても、20年後に通用する保証はない。つまり、今、あれこれ考えることは無駄で、親が死んだらどうするかってことは考えるべきじゃない、腰を据えて安心してひきこもることが大事だということをあっちこっちで言っていた」
ただ、さらに歳を重ねた時、これまでのように8050問題がスライドして9060問題になることはなかった。2020年代に入り両親が相次いで亡くなったからだ。
父の死期が近づいて
母が亡くなり、さらに父の死期が近づいていた頃、勝山さんは恐怖におののいていた。
その様子が、その頃の日記に残っている。
「ダディーの体調がすぐれない。死んじゃうかもと思うと、あわわわわとなり、手がぷるぷる震える」 「心が焦る、あーあーあーと叫びたくなる。でも叫んだら人としておしまいだ。しっかりしろ。でもひょっとしたら、もうすでに叫んでいて、ただそのことに気づいていないだけかもしれない」
ただ、この恐怖の原因は経済面での不安ではなかった。
「死んだ後の煩わしい手続きが待っていることが怖かった。役所の手続き、名義変更、自治会とのかかわり。葬式も大変だ。会いたくない親戚に会って『何してるの』『いや特に何も』なんてやりとりをしなければいけない、と思うと……」
結果的には、勝山さんの父は余命6カ月と言われた後、「ほぼ完璧」(勝山さん)なエンディングノートを作っていたため、亡くなった後の手続きは大きな混乱なく、無事に進めることができた。
「父が余命あとわずかと分かって行動したように、結局、『親が死んだ後、どうする?』なんてことを言っている間は、実は、真剣にそのことを考えているわけではないんです。にもかかわらず、8050問題をことさら叫ぶのは、ただ単に不安感や恐怖心をあおることで、ひきこもりを働かせようとしているから。そこにはあるのは『働けるか、働けないか』で人間を判断する価値観です」
生産性がないと価値がないのか
具体的な進路がまだ決まっていないなら、高校、大学に行って選択肢の幅を広げたほうがいい――。 進路に悩んだ中学生や高校生の頃、こんなことを言われた経験がある人も多いのではないだろうか。
勝山さんもかつてはこうした仕組みに適応しないといけないと考えていた。それは国や企業、世間などが築き上げた「社会の規範」や「価値観」を内面化させていたためだという。
しかし今は、「生産性がないと価値がない」と言わんばかりの社会の価値観のほうがおかしいと考えられるようになったという。「ひきこもりの多くが『自分が悪い』と思わされている」と勝山さんは言う。
「最近は最終的に社会的自立を目指すことを前提とした上で『いまは行政がつくる居場所にいてもいい、休んでてもいい』みたいな言葉が発せられるようになってきました。社会的自立を目指すということは、つまり『休んでもいい』とひきこもりでいることを認めるように見せつつ、『社会はおかしくない、おかしいのはあなたたちなんですよ、それが絶対的な価値観ですよ』という意識を社会が持ち続けていることにほかならないと私は思います。
つまり、かつての自分がそうだったように、社会に適応できないことに対して焦りや罪悪感を抱きながら生きてほしい、謙虚な当事者であってほしいわけです」
「ひきこもりの人々は、働く能力があることが優れているという価値観が大手を振って歩いている社会に対して、『人間ストライキ』を続けている活動家だと私は考えています。私たちにできるのは、押し付けられる社会的自立に『NO』を突きつけて、“協力”しないこと。“非協力のススメ”ですね。その上で『NO』を突きつけた人たち同士で集まり、交流していくことが大事だと思っています」
ひきこもり当事者の交流会へ
そんな話をしていた翌日の夜。勝山さんは、横浜市南区の住宅街にある、こぢんまりとした「お店のようなもの」という場所の調理場に立っていた。場所を借り切って行われていた、ひきこもり当事者の交流会だった。
勝山さんは、「きびきび」や「てきぱき」といった言葉とはほど遠い動きで、「こころをこめて、ひとつずつ作りますので、ゆっくりお待ちください」と楽しそうにお手製の雑煮を振る舞ったり、日本酒を注いだりしていた。20人近い参加者たちは、狭い店内で肩を寄せ合いながら座っていた。おしゃべりする人と黙って聞いている人、酒を飲む人と飲まない人、つまみを食べる人と食べない人――。
それぞれが思い思いに時を過ごす小さな空間では、社会的自立を目指すべきだと語る人はいなかった。DSC00846.JPG

 15〜64歳の50人に1人、推計146万人が「ひきこもり」。そんなショッキングな数字が内閣府の調査で明らかになったのは2023年のことだった。いずれ高齢化した親が中高年の子どもを支えきれなくなる「8050問題」に直面すると言われ続けてきたが、いまやそれは現実のものとなり、「9060問題」となって、親が亡くなる段階に移行しつつある。大きな社会問題ですね。第二次ベビーブーム(1971〜1974年)に生まれた「団塊ジュニア」である勝山さんの人生は、日本のひきこもり問題と伴走してきたと言えるかもしれない。管理教育と過酷な受験戦争を経験した後、バブル崩壊後の就職氷河期にもかかったこの世代は「不運の世代」とも言われている。「1990年代、一般的な感覚だと25歳というのがボーダーラインでした。その年齢までに正社員にならないと、真っ当な人生から脱落してしまう。しかし、2000年ごろから精神科医の斎藤環氏の著書などで『社会的ひきこもり』という言葉が世に出てきた。さらに30歳を過ぎたあたりで突如『ニート』という言葉が出てきて、若者の定義が34歳になり、それに合わせるかのように、ひきこもり地域支援センターなどの対象年齢も39歳まで引き上げられた。『もうおしまいだ』と何度思っても、自分がラインを越えるたびに延長されるわけです」そして40歳になった頃、今度こそ社会問題の当事者ではなくなったと思っていたところに現れたのがひきこもりの高齢化問題、通称「8050問題」だった。ただ、「親が死んだらどうする?」というのは、それ以前からずっと言われていたことだという。どんどんひきこもりが延長されていくわけですね。さらに歳を重ねた時、これまでのように8050問題がスライドして9060問題になることはなかった。2020年代に入り両親が相次いで亡くなったからだ。かつての自分がそうだったように、社会に適応できないことに対して焦りや罪悪感を抱きながら生きてほしい、謙虚な当事者であってほしいわけです」「ひきこもりの人々は、働く能力があることが優れているという価値観が大手を振って歩いている社会に対して、『人間ストライキ』を続けている活動家だと私は考えています。私たちにできるのは、押し付けられる社会的自立に『NO』を突きつけて、“協力”しないこと。“非協力のススメ”ですね。その上で『NO』を突きつけた人たち同士で集まり、交流していくことが大事だと思っています」同じ境遇の人たちが集まって交流することは大事ですね。「きびきび」や「てきぱき」といった言葉とはほど遠い動きで、「こころをこめて、ひとつずつ作りますので、ゆっくりお待ちください」と楽しそうにお手製の雑煮を振る舞ったり、日本酒を注いだりしていた。20人近い参加者たちは、狭い店内で肩を寄せ合いながら座っていた。おしゃべりする人と黙って聞いている人、酒を飲む人と飲まない人、つまみを食べる人と食べない人。それぞれが思い思いに時を過ごす小さな空間では、社会的自立を目指すべきだと語る人はいなかった。日本で実現するかわかりませんが、一人ひとりが尊重されそれぞれの生き方ができる社会が望ましいのですね。DSC00845.JPG
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