「貧困の高齢化」を救うセーフティーネットがなければ[2025年12月19日(Fri)]
Wedge2025年7月25日付け「生活保護制度に迫る危機 貧困高齢者を救うのは誰か?日本で本当に起きている対立構造とは」から、生活保護の申請件数は2024年度に約26万件となり、この12年間で最多となった。25年3月時点で生活保護を受給している世帯は165万世帯に上るが、その半数以上を占める91万世帯が高齢者世帯(うち高齢単身世帯は85万世帯)である。
生活に苦しむ高齢者を生活保護という仕組みが支えている状況を、疑問視する人はあまりいないかもしれない。確かに、生活保護法第1条を読むと、生活保護は憲法第25条に基づき、「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」ことを目指している。高齢者は、現役層より生活に困るリスクが高いため、生活保護で支援するケースが多くなるのは当然だとも思える。
ところが、この条文はそれに続けて「その自立を助長することを目的とする」とも謳っている。「助長」という言葉は、ここではおおよそ支援といった意味である。つまり、生活保護は本来、何らかの理由で最低限度の生活を維持できなくなった際に一時的な支援によって、できるだけ早期に元の生活に戻ることを促すトランポリン≠フような制度である。 だが、そもそも高齢層は現役層と比較して自立が困難なことも多い。にもかかわらず、高齢層が主要な対象となっている昨今の状況は、制度として無理なところがないか。
実際、他の先進国では、高齢層の所得保障は高齢層向けの別の制度で行い、生活保護の対象からは外すケースもある。生活保護は、(基本的には自立可能な)現役層を支援の対象と暗黙裡に想定している。
上図が示すように、日本の高齢者を対象とする社会保障(セーフティーネット)は社会保険制度と社会扶助制度によって構成されている。だが、上層のネットからこぼれ落ちてしまった高齢者世帯が10年代に入って以降、大幅に上昇し、生活保護は制度本来の姿から乖離した高齢層の所得保障のための仕組みという色彩を強めてしまった。
この点はこれまで大きな問題として意識されてこなかった。それは生活保護の受給者数そのものが、総人口から見ればかなり限定的だったからである。
ところが、ここに来て状況は大きく変化しつつある。まず、新型コロナウイルスの感染拡大以降、生活保護の受給者数が足元で増加傾向を見せている。それ以上に重要なことは、低年金・無年金に陥る可能性の高い「就職氷河期世代」が高齢者入りする時期が迫っていることだ。
就職氷河期世代は1970年から84年頃に生まれ、厳しい就職活動期を経験し、現在では40歳代初めから50歳代半ばになっている。総数では1700万人を超えるといわれ、非正規や失業など不安定な雇用・所得環境に置かれた人たちが少なくない。あと10年ほどすると、この世代も年金を受給し始めるが、年金保険料の拠出実績が十分でなく、したがって年金の受け取りも少なく、老後に生活保護に頼るケースが増加することが予測される。
これからの高齢化は、人口構成が高齢層に偏るだけでなく、高齢層内における貧困リスクの高まりを伴いながら進行する。こうした状況は、「貧困の高齢化」と呼んでいいだろう。
所得補償としての公的年金追い付かない高齢化対応
貧困の高齢化への対応は、今回の年金制度改革でも大きな論点となっているといえる。
これまでは、高齢層内における貧困化は公的年金ではなく生活保護で対応すべきだというのが政府内における暗黙の合意であったように思う。しかし、従来型の対応では十分でないという懸念がここに来て一気に強まった。その最大の理由が、就職氷河期世代の年金受給世代入りが迫り、貧困の高齢化が、かなりのボリューム感を伴う社会的なリスクとして政府内で意識されるようになったことである。
これまでも低年金・無年金者の増大による生活保護への圧力を軽減するために、基礎年金の拡充策が議論されたことは何度もあった。だが、「消費税率の引き上げが必要だ」といった財源論が、議論にブレーキを掛けてきた。
生活保護はあくまでも限られた人たちへの支援を想定している。そのため財源は全額公費(税金)であり、その総額も毎年、厚生労働省と財務省の折衝で決定される。財政基盤ははじめから脆弱である。
これに対して年金には特別会計があり、250兆円に上る積立金を抱える。政策的に余裕のあるのは明らかに年金であり、その年金が貧困の高齢化に正面から立ち向かうのは自然な姿である。
そのためには現行の年金制度の大きな見直しが必要となる。現行制度には、「マクロ経済スライド」という仕組みが組み込まれている。これは、現役層の負担増を抑制するために、現役層の保険料率の上限を設定したうえで、入ってくる保険料収入の動きに合わせて、高齢層の年金給付水準を自動的に調整していく仕組みである。
高齢層の年金給付を現役層の経済的な「体力」に見合って調整するため、公的年金は財政面で安定し、現役層の負担増も回避できる。しかし、少子高齢化の下では、社会の支え手である現役層が先細るので、この仕組みは、高齢層の年金給付を引き下げる方向に働いてしまう。持続可能性の維持は、給付水準の維持を犠牲にしてこそ可能となる。
日本の公的年金は、国民全員が受け取る「基礎年金」と、会社員などが給与水準に応じて受け取る「厚生年金」の2階建て構造になっている。非正規として働く期間が長かった就職氷河期世代の人たちは、このうち2階が薄く、1階の基礎年金への依存度が高くなる。ところが、その基礎年金は長く続いたデフレによって財政状況が悪化している。5年に一度実施される年金の財政検証では、このままマクロ経済スライドを適用し続けると、基礎年金の給付水準は約30年後の57年に実質的に3割減るとの見通しが示された。
そこで、働く女性や高齢者の増加で財政状況が良くなっている厚生年金の積立金の一部を活用して基礎年金を「底上げ」する案が浮上した。そして、この底上げを重要な柱とする年金制度改革関連法案が6月に成立した。ただ、底上げを実際に行うかどうかは、29年に予定されている次回の財政検証の時点で判断するとされた。また、厚生年金の積立金を活用するとしても、基礎年金の2分の1は国庫負担(税)で賄われるが、1〜2兆円に上るとされるその財源をどう確保するかは全く議論されていない。
要するに、貧困の高齢化は政策課題として意識されるようになったものの、対応策は将来の政策課題としてほぼ完全に先送り≠ウれたのである。
「今の世代」VS「将来世代」日本で起きている対立構造
筆者は、貧困の高齢化という問題に真正面から取り組むためには、(今回の年金制度改革では見送られたが)国民年金保険料の拠出期間の40年から45年への引き上げや、(他の先進国より低く設定されている)年金の支給開始年齢の引き上げによって、年金給付水準を担保するといった、かなり大鉈を振るう改革が必要だと考えている。しかし、選挙を見据えて政治家は誰も言い出さない。今回の改革でも、底上げの実施やその財源確保をめぐる議論は先送りされている。
おそらく最も蓋然性の高いシナリオは、低年金・無年金の高齢者が生活保護の受給者となる傾向が一段と強まり、その財源を確保する必要が高まるものの、消費税の引き上げは政治的に不可能であり、したがって赤字国債の発行で負担を将来世代に先送りする─というものであろう。
「シルバー民主主義」という言葉がある。少子高齢化が進むと、頭数の多い高齢層の利益が優先され、現役層が不利益を被るという、年齢階層間の対立の構図である。しかし、私たちが行うとしている政治的な意思決定では、高齢層と現役層の間に明確な対立は生じていない。誰も負担増に直面することを忌避し、それが政治的な意思決定に反映されているからだ。その意味で、高齢層と現役層はむしろ協調している。
日本で本当に起きているのは、「今の世代」VS「将来世代」という対立構造なのである。
人口が順調に増加し続けている状況であれば、負担を先送りしても社会を支える人が増えていくので、問題は顕在化せず吸収されていく。
しかし、24年の出生数は過去最低の68万人にまで減少した。社会を支える人はむしろ減っていく。今の世代と将来世代の利害対立は尖鋭化するが、投票権のない将来世代は一方的に損失を被る。
貧困の高齢化は、私たちが近いうちに直面する深刻なリスクである。リスクを吸収するためには、何らかのコストがかかる。そのコストを私たち今の世代で対処するのか、それとも将来世代に先送りするのか。将来世代は、まだ現前に姿を現していない。私たちが下す意思決定を将来世代がどのように受け止めるか、思いを巡らせ、現実的な解を見出す必要がある。
生活保護の実態に迫った現場レポートは〈揺らぐ生活保護制度〉押し寄せる「貧困の高齢化」の波に最後のセーフティーネットは耐えられるのか?でお読みいただけます。
25年3月時点で生活保護を受給している世帯は165万世帯に上るが、その半数以上を占める91万世帯が高齢者世帯(うち高齢単身世帯は85万世帯)である。生活に苦しむ高齢者を生活保護という仕組みが支えている状況を、疑問視する人はあまりいないかもしれない。確かに、生活保護法第1条を読むと、生活保護は憲法第25条に基づき、「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」ことを目指している。高齢者は、現役層より生活に困るリスクが高いため、生活保護で支援するケースが多くなるのは当然だとも思える。苦しんでいる人たちを救うセーフティーネットがしっかりしている社会にするべきでしょう。日本の高齢者を対象とする社会保障(セーフティーネット)は社会保険制度と社会扶助制度によって構成されている。だが、上層のネットからこぼれ落ちてしまった高齢者世帯が10年代に入って以降、大幅に上昇し、生活保護は制度本来の姿から乖離した高齢層の所得保障のための仕組みという色彩を強めてしまった。この点はこれまで大きな問題として意識されてこなかった。それは生活保護の受給者数そのものが、総人口から見ればかなり限定的だったからである。ところが、ここに来て状況は大きく変化しつつある。まず、新型コロナウイルスの感染拡大以降、生活保護の受給者数が足元で増加傾向を見せている。それ以上に重要なことは、低年金・無年金に陥る可能性の高い「就職氷河期世代」が高齢者入りする時期が迫っていることだ。就職氷河期世代は1970年から84年頃に生まれ、厳しい就職活動期を経験し、現在では40歳代初めから50歳代半ばになっている。総数では1700万人を超えるといわれ、非正規や失業など不安定な雇用・所得環境に置かれた人たちが少なくない。あと10年ほどすると、この世代も年金を受給し始めるが、年金保険料の拠出実績が十分でなく、したがって年金の受け取りも少なく、老後に生活保護に頼るケースが増加することが予測される。これからの高齢化は、人口構成が高齢層に偏るだけでなく、高齢層内における貧困リスクの高まりを伴いながら進行する。こうした状況は、「貧困の高齢化」と呼んでいいだろう。格差を放置してしまって進んでいくと貧困化が進行するのでしょう。就職氷河期世代の年金受給世代入りが迫り、貧困の高齢化が、かなりのボリューム感を伴う社会的なリスクとして政府内で意識されるようになったことである。これまでも低年金・無年金者の増大による生活保護への圧力を軽減するために、基礎年金の拡充策が議論されたことは何度もあった。だが、「消費税率の引き上げが必要だ」といった財源論が、議論にブレーキを掛けてきた。生活保護はあくまでも限られた人たちへの支援を想定している。そのため財源は全額公費(税金)であり、その総額も毎年、厚生労働省と財務省の折衝で決定される。財政基盤ははじめから脆弱である。貧困陥る人たちを救済するセーフティーネットが維持されるのでしょうか。国会議員はもちろんですが、国民一人ひとりも真剣に議論すべきでしょう。少子高齢化の下では、社会の支え手である現役層が先細るので、この仕組みは、高齢層の年金給付を引き下げる方向に働いてしまう。持続可能性の維持は、給付水準の維持を犠牲にしてこそ可能となる。日本の公的年金は、国民全員が受け取る「基礎年金」と、会社員などが給与水準に応じて受け取る「厚生年金」の2階建て構造になっている。非正規として働く期間が長かった就職氷河期世代の人たちは、このうち2階が薄く、1階の基礎年金への依存度が高くなる。ところが、その基礎年金は長く続いたデフレによって財政状況が悪化している。5年に一度実施される年金の財政検証では、このままマクロ経済スライドを適用し続けると、基礎年金の給付水準は約30年後の57年に実質的に3割減るとの見通しが示された。年金制度のあり方は国会議員だけが議論しても解決できないでしょう。負担が増えるのを覚悟して国民的議論にして国民が納得できるような制度設計を考えるべきでしょう。貧困の高齢化という問題に真正面から取り組むためには、(今回の年金制度改革では見送られたが)国民年金保険料の拠出期間の40年から45年への引き上げや、(他の先進国より低く設定されている)年金の支給開始年齢の引き上げによって、年金給付水準を担保するといった、かなり大鉈を振るう改革が必要だと考えている。しかし、選挙を見据えて政治家は誰も言い出さない。今回の改革でも、底上げの実施やその財源確保をめぐる議論は先送りされている。おそらく最も蓋然性の高いシナリオは、低年金・無年金の高齢者が生活保護の受給者となる傾向が一段と強まり、その財源を確保する必要が高まるものの、消費税の引き上げは政治的に不可能であり、したがって赤字国債の発行で負担を将来世代に先送りする─というものであろう。先延ばしするだけでは解決できないので真剣に議論して結論を導き出すようにすべきでしょう。貧困の高齢化は、私たちが近いうちに直面する深刻なリスクである。リスクを吸収するためには、何らかのコストがかかる。そのコストを私たち今の世代で対処するのか、それとも将来世代に先送りするのか。将来世代は、まだ現前に姿を現していない。私たちが下す意思決定を将来世代がどのように受け止めるか、思いを巡らせ、現実的な解を見出す必要がある。
生活に苦しむ高齢者を生活保護という仕組みが支えている状況を、疑問視する人はあまりいないかもしれない。確かに、生活保護法第1条を読むと、生活保護は憲法第25条に基づき、「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」ことを目指している。高齢者は、現役層より生活に困るリスクが高いため、生活保護で支援するケースが多くなるのは当然だとも思える。
ところが、この条文はそれに続けて「その自立を助長することを目的とする」とも謳っている。「助長」という言葉は、ここではおおよそ支援といった意味である。つまり、生活保護は本来、何らかの理由で最低限度の生活を維持できなくなった際に一時的な支援によって、できるだけ早期に元の生活に戻ることを促すトランポリン≠フような制度である。 だが、そもそも高齢層は現役層と比較して自立が困難なことも多い。にもかかわらず、高齢層が主要な対象となっている昨今の状況は、制度として無理なところがないか。
実際、他の先進国では、高齢層の所得保障は高齢層向けの別の制度で行い、生活保護の対象からは外すケースもある。生活保護は、(基本的には自立可能な)現役層を支援の対象と暗黙裡に想定している。
上図が示すように、日本の高齢者を対象とする社会保障(セーフティーネット)は社会保険制度と社会扶助制度によって構成されている。だが、上層のネットからこぼれ落ちてしまった高齢者世帯が10年代に入って以降、大幅に上昇し、生活保護は制度本来の姿から乖離した高齢層の所得保障のための仕組みという色彩を強めてしまった。
この点はこれまで大きな問題として意識されてこなかった。それは生活保護の受給者数そのものが、総人口から見ればかなり限定的だったからである。
ところが、ここに来て状況は大きく変化しつつある。まず、新型コロナウイルスの感染拡大以降、生活保護の受給者数が足元で増加傾向を見せている。それ以上に重要なことは、低年金・無年金に陥る可能性の高い「就職氷河期世代」が高齢者入りする時期が迫っていることだ。
就職氷河期世代は1970年から84年頃に生まれ、厳しい就職活動期を経験し、現在では40歳代初めから50歳代半ばになっている。総数では1700万人を超えるといわれ、非正規や失業など不安定な雇用・所得環境に置かれた人たちが少なくない。あと10年ほどすると、この世代も年金を受給し始めるが、年金保険料の拠出実績が十分でなく、したがって年金の受け取りも少なく、老後に生活保護に頼るケースが増加することが予測される。
これからの高齢化は、人口構成が高齢層に偏るだけでなく、高齢層内における貧困リスクの高まりを伴いながら進行する。こうした状況は、「貧困の高齢化」と呼んでいいだろう。
所得補償としての公的年金追い付かない高齢化対応
貧困の高齢化への対応は、今回の年金制度改革でも大きな論点となっているといえる。
これまでは、高齢層内における貧困化は公的年金ではなく生活保護で対応すべきだというのが政府内における暗黙の合意であったように思う。しかし、従来型の対応では十分でないという懸念がここに来て一気に強まった。その最大の理由が、就職氷河期世代の年金受給世代入りが迫り、貧困の高齢化が、かなりのボリューム感を伴う社会的なリスクとして政府内で意識されるようになったことである。
これまでも低年金・無年金者の増大による生活保護への圧力を軽減するために、基礎年金の拡充策が議論されたことは何度もあった。だが、「消費税率の引き上げが必要だ」といった財源論が、議論にブレーキを掛けてきた。
生活保護はあくまでも限られた人たちへの支援を想定している。そのため財源は全額公費(税金)であり、その総額も毎年、厚生労働省と財務省の折衝で決定される。財政基盤ははじめから脆弱である。
これに対して年金には特別会計があり、250兆円に上る積立金を抱える。政策的に余裕のあるのは明らかに年金であり、その年金が貧困の高齢化に正面から立ち向かうのは自然な姿である。
そのためには現行の年金制度の大きな見直しが必要となる。現行制度には、「マクロ経済スライド」という仕組みが組み込まれている。これは、現役層の負担増を抑制するために、現役層の保険料率の上限を設定したうえで、入ってくる保険料収入の動きに合わせて、高齢層の年金給付水準を自動的に調整していく仕組みである。
高齢層の年金給付を現役層の経済的な「体力」に見合って調整するため、公的年金は財政面で安定し、現役層の負担増も回避できる。しかし、少子高齢化の下では、社会の支え手である現役層が先細るので、この仕組みは、高齢層の年金給付を引き下げる方向に働いてしまう。持続可能性の維持は、給付水準の維持を犠牲にしてこそ可能となる。
日本の公的年金は、国民全員が受け取る「基礎年金」と、会社員などが給与水準に応じて受け取る「厚生年金」の2階建て構造になっている。非正規として働く期間が長かった就職氷河期世代の人たちは、このうち2階が薄く、1階の基礎年金への依存度が高くなる。ところが、その基礎年金は長く続いたデフレによって財政状況が悪化している。5年に一度実施される年金の財政検証では、このままマクロ経済スライドを適用し続けると、基礎年金の給付水準は約30年後の57年に実質的に3割減るとの見通しが示された。
そこで、働く女性や高齢者の増加で財政状況が良くなっている厚生年金の積立金の一部を活用して基礎年金を「底上げ」する案が浮上した。そして、この底上げを重要な柱とする年金制度改革関連法案が6月に成立した。ただ、底上げを実際に行うかどうかは、29年に予定されている次回の財政検証の時点で判断するとされた。また、厚生年金の積立金を活用するとしても、基礎年金の2分の1は国庫負担(税)で賄われるが、1〜2兆円に上るとされるその財源をどう確保するかは全く議論されていない。
要するに、貧困の高齢化は政策課題として意識されるようになったものの、対応策は将来の政策課題としてほぼ完全に先送り≠ウれたのである。
「今の世代」VS「将来世代」日本で起きている対立構造
筆者は、貧困の高齢化という問題に真正面から取り組むためには、(今回の年金制度改革では見送られたが)国民年金保険料の拠出期間の40年から45年への引き上げや、(他の先進国より低く設定されている)年金の支給開始年齢の引き上げによって、年金給付水準を担保するといった、かなり大鉈を振るう改革が必要だと考えている。しかし、選挙を見据えて政治家は誰も言い出さない。今回の改革でも、底上げの実施やその財源確保をめぐる議論は先送りされている。
おそらく最も蓋然性の高いシナリオは、低年金・無年金の高齢者が生活保護の受給者となる傾向が一段と強まり、その財源を確保する必要が高まるものの、消費税の引き上げは政治的に不可能であり、したがって赤字国債の発行で負担を将来世代に先送りする─というものであろう。
「シルバー民主主義」という言葉がある。少子高齢化が進むと、頭数の多い高齢層の利益が優先され、現役層が不利益を被るという、年齢階層間の対立の構図である。しかし、私たちが行うとしている政治的な意思決定では、高齢層と現役層の間に明確な対立は生じていない。誰も負担増に直面することを忌避し、それが政治的な意思決定に反映されているからだ。その意味で、高齢層と現役層はむしろ協調している。
日本で本当に起きているのは、「今の世代」VS「将来世代」という対立構造なのである。
人口が順調に増加し続けている状況であれば、負担を先送りしても社会を支える人が増えていくので、問題は顕在化せず吸収されていく。
しかし、24年の出生数は過去最低の68万人にまで減少した。社会を支える人はむしろ減っていく。今の世代と将来世代の利害対立は尖鋭化するが、投票権のない将来世代は一方的に損失を被る。
貧困の高齢化は、私たちが近いうちに直面する深刻なリスクである。リスクを吸収するためには、何らかのコストがかかる。そのコストを私たち今の世代で対処するのか、それとも将来世代に先送りするのか。将来世代は、まだ現前に姿を現していない。私たちが下す意思決定を将来世代がどのように受け止めるか、思いを巡らせ、現実的な解を見出す必要がある。
生活保護の実態に迫った現場レポートは〈揺らぐ生活保護制度〉押し寄せる「貧困の高齢化」の波に最後のセーフティーネットは耐えられるのか?でお読みいただけます。
25年3月時点で生活保護を受給している世帯は165万世帯に上るが、その半数以上を占める91万世帯が高齢者世帯(うち高齢単身世帯は85万世帯)である。生活に苦しむ高齢者を生活保護という仕組みが支えている状況を、疑問視する人はあまりいないかもしれない。確かに、生活保護法第1条を読むと、生活保護は憲法第25条に基づき、「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」ことを目指している。高齢者は、現役層より生活に困るリスクが高いため、生活保護で支援するケースが多くなるのは当然だとも思える。苦しんでいる人たちを救うセーフティーネットがしっかりしている社会にするべきでしょう。日本の高齢者を対象とする社会保障(セーフティーネット)は社会保険制度と社会扶助制度によって構成されている。だが、上層のネットからこぼれ落ちてしまった高齢者世帯が10年代に入って以降、大幅に上昇し、生活保護は制度本来の姿から乖離した高齢層の所得保障のための仕組みという色彩を強めてしまった。この点はこれまで大きな問題として意識されてこなかった。それは生活保護の受給者数そのものが、総人口から見ればかなり限定的だったからである。ところが、ここに来て状況は大きく変化しつつある。まず、新型コロナウイルスの感染拡大以降、生活保護の受給者数が足元で増加傾向を見せている。それ以上に重要なことは、低年金・無年金に陥る可能性の高い「就職氷河期世代」が高齢者入りする時期が迫っていることだ。就職氷河期世代は1970年から84年頃に生まれ、厳しい就職活動期を経験し、現在では40歳代初めから50歳代半ばになっている。総数では1700万人を超えるといわれ、非正規や失業など不安定な雇用・所得環境に置かれた人たちが少なくない。あと10年ほどすると、この世代も年金を受給し始めるが、年金保険料の拠出実績が十分でなく、したがって年金の受け取りも少なく、老後に生活保護に頼るケースが増加することが予測される。これからの高齢化は、人口構成が高齢層に偏るだけでなく、高齢層内における貧困リスクの高まりを伴いながら進行する。こうした状況は、「貧困の高齢化」と呼んでいいだろう。格差を放置してしまって進んでいくと貧困化が進行するのでしょう。就職氷河期世代の年金受給世代入りが迫り、貧困の高齢化が、かなりのボリューム感を伴う社会的なリスクとして政府内で意識されるようになったことである。これまでも低年金・無年金者の増大による生活保護への圧力を軽減するために、基礎年金の拡充策が議論されたことは何度もあった。だが、「消費税率の引き上げが必要だ」といった財源論が、議論にブレーキを掛けてきた。生活保護はあくまでも限られた人たちへの支援を想定している。そのため財源は全額公費(税金)であり、その総額も毎年、厚生労働省と財務省の折衝で決定される。財政基盤ははじめから脆弱である。貧困陥る人たちを救済するセーフティーネットが維持されるのでしょうか。国会議員はもちろんですが、国民一人ひとりも真剣に議論すべきでしょう。少子高齢化の下では、社会の支え手である現役層が先細るので、この仕組みは、高齢層の年金給付を引き下げる方向に働いてしまう。持続可能性の維持は、給付水準の維持を犠牲にしてこそ可能となる。日本の公的年金は、国民全員が受け取る「基礎年金」と、会社員などが給与水準に応じて受け取る「厚生年金」の2階建て構造になっている。非正規として働く期間が長かった就職氷河期世代の人たちは、このうち2階が薄く、1階の基礎年金への依存度が高くなる。ところが、その基礎年金は長く続いたデフレによって財政状況が悪化している。5年に一度実施される年金の財政検証では、このままマクロ経済スライドを適用し続けると、基礎年金の給付水準は約30年後の57年に実質的に3割減るとの見通しが示された。年金制度のあり方は国会議員だけが議論しても解決できないでしょう。負担が増えるのを覚悟して国民的議論にして国民が納得できるような制度設計を考えるべきでしょう。貧困の高齢化という問題に真正面から取り組むためには、(今回の年金制度改革では見送られたが)国民年金保険料の拠出期間の40年から45年への引き上げや、(他の先進国より低く設定されている)年金の支給開始年齢の引き上げによって、年金給付水準を担保するといった、かなり大鉈を振るう改革が必要だと考えている。しかし、選挙を見据えて政治家は誰も言い出さない。今回の改革でも、底上げの実施やその財源確保をめぐる議論は先送りされている。おそらく最も蓋然性の高いシナリオは、低年金・無年金の高齢者が生活保護の受給者となる傾向が一段と強まり、その財源を確保する必要が高まるものの、消費税の引き上げは政治的に不可能であり、したがって赤字国債の発行で負担を将来世代に先送りする─というものであろう。先延ばしするだけでは解決できないので真剣に議論して結論を導き出すようにすべきでしょう。貧困の高齢化は、私たちが近いうちに直面する深刻なリスクである。リスクを吸収するためには、何らかのコストがかかる。そのコストを私たち今の世代で対処するのか、それとも将来世代に先送りするのか。将来世代は、まだ現前に姿を現していない。私たちが下す意思決定を将来世代がどのように受け止めるか、思いを巡らせ、現実的な解を見出す必要がある。



