CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2020年04月 | Main
<< 2020年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
Tomoko
虹の懸け橋 (10/05)
大館市A
東北地方太平洋地震 (03/13)
藤原 克己
NPO法人の活動資金 (02/28)
モヤコ
買ってもらえる民芸品 (02/19)
自ら決めて行動を起こせる人が増えていかなければ[2020年05月11日(Mon)]
 朝日新聞2019年11月22日付け「「自立」なき国の五輪」から、「たとえば子どものサッカーを応援する親の態度が、日本とドイツでは全然違う。特に負けた後が違う。日本の母親は『あんた、なんであそこであんなことをしたの』と、悪かったところを悔しがる。ドイツでは、負けて帰ってきた子どもを『良い試合だった!』と抱きしめるわけ。勝つために全力を尽くすことが大事で、その上で負けることは悪いことじゃないんだと。だから子どもも、勝つために主体的に判断してプレーするんじゃないかなあ」
 「学校に行けない子が、本当に今の社会の落ちこぼれなのか。社会の方が、適応できていないんじゃないか。通信制のN高が人気だけど、その理事が言うには、そこに通う子どもは落ちこぼれではなく、優秀すぎたり何かに特化したりして自分の生き方を選択している、上からの『ふきこぼし』だと。スポーツもそういう人を生かすように変わらないといけないけど、現状はそうなっていない」
 「自分たちで勝ち取った民主主義とか、自由とかという発想がないから、命令された仕事をこなすようになる。仕事なんて自ら探すべきだ。今の日本で、自分たちで何かをやっているという実感を持てる人って少ないんじゃないかな」
 「日本のサッカーは、『子どもの時は教えすぎず好きにやらせろ』と言っておいて、高校生になると、いきなりチーム戦術を教え込まれる。だから言われたことはできるけど、思い切った発想が出てない、自分で判断できないと言われるのではないだろうか。そうじゃなくて、原則みたいのを16歳までに教えて、後は自由にする。そうしたら、自立した選手が出てくるんじゃないかと思っている」
 この国にはリーダーではなく、自分で決めて自ら行動するような自立した国民が必要なんだ。ところが同調圧力なのか、何かに従っている方が安泰で、とがったことはしない方がいいという雰囲気になっている」
 「スポーツ界でパワハラがなくならないのも、選手が自立していないからだと思う。コーチの言いなりの方が短期的にはいい結果が出る。社会でも、どう考えてもおかしなことがまかり通るくらい。人が自立していないんだよ」
 「たとえば日本って今、貧困なんだよ。子どもがいる1人親世帯の相対的貧困率は5割と。主要国の中で最悪のレベル。それなのに、みんな関心ないじゃない。『日本人は素晴らしい』という本が書店に並んでいるけれど、日本人の多くは自分の生活が来週、どうなるかで頭がいっぱい。日本だけでなく、世界中で、その場しのぎの経済政策をやれば、文句を言わないという国民が増えている」
 スポーツって、売るものの形がなくて、感動や共感、夢とか、目に見えない資本を売っている。もっと目に見えない資本にお金を回していくきっかけに、五輪はなれる可能性がある」
 「経済効果や国威発揚ではない、新しい価値を社会にもたらすんだという理念を持つべきだ」
 「経済的な豊かさだけではなく、心の豊かさのように、目に見えないものを社会にもたらそうということかな。人を育てることや、信頼といった目に見えない資本が経済を回す時代が来ていると思う。」
 「スポーツ界が社会貢献活動をしたりしてみてはどうだろう。少なくとも、選手が社会を直視し、おかしいことを伝えることはできると思う」__ 5.JPG

 「負けて帰ってきた子どもを『良い試合だった!』と抱きしめるわけ。勝つために全力を尽くすことが大事で、その上で負けることは悪いことじゃないんだと。だから子どもも、勝つために主体的に判断してプレーするんじゃないかなあ」勝つことが至上主義にならない教え方が日本でできているのでしょうか。どのようにすれば勝てるようになるか自分自身で考えることが大事なのでしょう。「学校に行けない子が、本当に今の社会の落ちこぼれなのか。社会の方が、適応できていないんじゃないか。通信制のN高が人気だけど、その理事が言うには、そこに通う子どもは落ちこぼれではなく、優秀すぎたり何かに特化したりして自分の生き方を選択している、上からの『ふきこぼし』だと。スポーツもそういう人を生かすように変わらないといけないけど、現状はそうなっていない」日本の教育に欠けているところなのかもしれません。学校教育がすべてになってしまうと、そこで付いていけなかったり、集団になじめない子供たちはどうするのでしょうか。個の能力や才能を発揮できるような環境づくりが必要なのではないでしょうか。個よりも集団が尊重される日本の学校教育では救われない子供たちが生まれて不登校になったりいじめられたりしてしまう可能性があるのではないでしょうか。「スポーツ界が社会貢献活動をしたりしてみてはどうだろう。少なくとも、選手が社会を直視し、おかしいことを伝えることはできると思う」このような発想は大変重要なのではないでしょうか。選手一人ひとりが自立した人間であることが大事なのではないでしょうか。そのような育成のあり方を模索する必要があるのではないでしょうか。__ 3.JPG
| 次へ
プロフィール

元気さんさんの画像
リンク集
https://blog.canpan.info/genkijuku/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/genkijuku/index2_0.xml
お問合せは下記よりお願いします。返信にはお時間をいただく事がございます。