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自分を認められない人は、他人のことも大切にできない[2026年04月11日(Sat)]
 婦人公論.jp2025年9月15日付け「伊藤比呂美「人生相談には、自分を認められない人の悩み相談が多い。自分を認められない人は、他人のことも大切にできない」」から、両親、元夫、親友と、身近な人を見送ってきた詩人の伊藤比呂美さんは、長年、お経の現代語訳に取り組んでいます。一方、鈴木秀子さんはシスターとして、これまで多くの人の死に寄り添ってきました。
宗教の垣根を越えて、人が生きること、死ぬことについて語り合います。
人は必ず「死」を迎える
伊藤 はじめまして。お会いできることを楽しみにしていました。
鈴木 こちらこそ、お会いできてうれしいです。
伊藤 さっそくですが、なんとお呼びしたらいいですか?
鈴木 シスター、かしら。私はなんとお呼びしましょう。
伊藤 比呂美さん、でお願いします。今日は、「生きる」「死ぬ」についてお話しできればと思いますので、よろしくお願いします。
鈴木 こちらこそ。
伊藤 まず、「よく死にたい」「よく生きたい」とみなさん言いますが、そもそも「死」によいも悪いもないなと私は思うんです。
鈴木 そうですね。人は必ず死にますが、いつどのような形で死ぬのかは自分ではわからないですから。そして本来、「生きていること」にもよい悪いはないと思います。聖書には、神様が人間を創った時に「よし、と見たもうた」と言ったとあり、これは一人ひとりが宝物で、生きているだけで価値があるのだから、人間によいも悪いもないということです。
伊藤 《生》そのものにはよし悪しはないけれど、「よりよく生きたい」と願うのも人間かな、と。私は、それは結局「自分らしく生きる」ことだと思うんです。「私は私」ということを突き詰めていくと、すごく自分本位な感じになるんですけど、それでいいんじゃないか。こんなことを言うと、シスターに叱られるかもしれないけれど。
鈴木 いえいえ、私も同感です。「よく生きる」とは、命が与えられていることに感謝しながら、一人ひとりバラバラの個性を大事にして生きることだと、キリスト教でも教えています。
伊藤 でも、それを難しいと感じる人も多いようですね。
鈴木 きっと、「自分らしい」ことすら「よくないとダメだ」と決めつけているからじゃないかしら。人は、よくありたい、美しくありたいと思って生きていますが、それは、恥ずかしい姿、見苦しい姿はできるだけさらしたくないという気持ちの裏返し。そうした裏の部分も含めて自分自身なのだと、しっかり認めることが大切です。誰の命もすべて尊いのですから。
伊藤 生きているだけでOK、ということですよね。
鈴木 はい。たとえば子どもが病気や大けがをした時に、「有名な大学を出て、立派な会社に入ってくれ」と言う人はいないでしょう。
「生きていてくれ。それだけでいい」と言うのではありませんか。
伊藤 私自身、親のことを放ったらかしてアメリカへ行ったりして、常に自分本位で生きてきた。そうできたのは、親は私が幸せになるのが何よりの喜びに違いない、という確信を得られていたからかもしれません。
鈴木 素敵なご両親だったのでしょうね。
固執しなければ、物事はいいように進む
伊藤 私は新聞紙上で長いこと人生相談の連載を持っているのですが、人の悩みや生きづらさは本当に多様なんだなと思わされます。
鈴木 生きていると、さまざまな事象が絡みあった問題に振り回されて、解決の糸口が見えなくなってしまうことはありますからね。具体的には、どんな悩みが寄せられるのですか?
伊藤 「私なんか」と卑下して、自分を認められない人が多いですね。自分を認められない人は他人のことも大切にできない。でも、本当は認めてもらいたい。
鈴木 誰かに認められたいとか、物事が自分の思い通りになってほしいとか……人間だから当然、欲求はいっぱいありますし、生きるうえでは大事なことです。でも、承認欲求や支配欲を制御できなくなると、争いを生んだり、自分を苦しめたりすることになってしまう。  
伊藤 仏教では「四苦八苦」という言葉がありまして。四苦が「生老病死」で、生まれて老いて病んで死ぬ苦。 この四苦に加えて、愛する人と別れる苦「愛別離苦(あいべつりく)」、きらいな人に会う苦「怨憎会苦(おんぞうえく)」、ほしいものが得られない苦「具不得苦(ぐふとっく)」、心身が思い通りにならない苦「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」の4つを合わせて八苦。 人間が生きていくうえでの悩みや苦しみは、すべてどれかに当てはまると思うんですよ。
鈴木 そのとおりですね。
伊藤 だから今の苦しみを、「あっ、これは怨憎会苦だな」とか自分で冷静に分析できたら、ちょっとラクになるんじゃないかと思うんです。私もこのことに気づく前は、イライラしたり憤怒にとらわれたりしていましたから。
鈴木 人間誰でも、そういう時はありますよね。
伊藤 シスターでも?
鈴木 そんなに多くはないですが、ありますよ。修道院は共同生活ですから。
伊藤 イラッとした場合は、どうなさいますか?
鈴木 たとえば……、若い人がよく言う「マウント」でしたっけ? 
自分のほうが偉いというような態度で我を通してくる人がいたら、「あの人はそういう人なんだ」「そうやって生き延びようとしているんだ」と冷静に分析し、譲れるところは譲ります。
もし、モラルやルールで注意しなければいけないならば淡々と穏やかに伝え、その後は引きずりません。嫌なことが起こっても、固執しなければ、結果的に物事はいいように進みますから。
伊藤 受け入れることも大事ですよね。人生相談でも、姑とか隣人とか上司とか、近くの人とうまくいかない悩みが多いんですが、相手は変えられないから、自分の意識を変えることが基本かなと思うんです。
鈴木 私も長く生きてきて、そう実感しています。でも人は、相手が自分の思い通りに動いてくれることを望んでしまうから、イライラしたり、落ち込んだりするのでしょうね。
伊藤 自分が変わることで、自分のやりやすいほう、ラクでいられるほうへとスライドしていけばいい。
鈴木 そうですね。
伊藤 父はわりとそういう人で、そんな自分の生き方を「ヨタレの法」と言っていました。母はそういう人じゃなかったから、「お父さんはいつもヨタレなんだから」って言ってましたけど。
鈴木 それは生き方上手ですね。ストレスを溜めたり嫌な気持ちになったりすることを上手に回避して、ラクな気持ちで生きられているわけじゃないですか。それに、まわりにも嫌な感じを与えないでしょう。衝突も上手に避けられるし。
伊藤 確かにそうですね。シスターの書かれた本に、上を向いて息を吐く、というのがありましたが、あれ、いいですねえ。溜め息つくときって、ついうつむいてしまうけど、上を向いて大きく息を吐くと、胸も肩も開いて、腹筋に力が入って、次の一歩が出せますものね。
鈴木 生きているとモヤモヤが心に溜まるでしょ。「お金がなければダメだ」とか「あの人より評価されたい」とか、世の中の基準に振り回されたりしてね。そのモヤモヤに支配されないよう、息とともに空に向かって吐き出していかないと。
顔を上げることで、気分も上向きますから。深呼吸しながら外を歩いたりして、「私は生きているだけでいいんだ」と、まずは思いを巡らすといいのではないでしょうか。
伊藤 なるほど。
鈴木 もうひとつ、お勧めの習慣があります。ジュリア・キャメロンが書いた『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』というベストセラー本で提案されているのが、朝起きたら着替えたり歯を磨く前にノートを出して、なんでもいいから書くという「モーニングページ」の習慣です。
眠くて嫌だとか、今日も仕事に行くのがつらいとか、なんでもいいから、心に溜まっているモヤモヤを毎日書く。それを1週間、2週間、1ヵ月と続けると、不思議なことにモヤモヤが減ってなくなってくるんです。
伊藤 いいことを聞きました!DSC00598.JPG

 人は必ず死にますが、いつどのような形で死ぬのかは自分ではわからないですから。そして本来、「生きていること」にもよい悪いはないと思います。聖書には、神様が人間を創った時に「よし、と見たもうた」と言ったとあり、これは一人ひとりが宝物で、生きているだけで価値があるのだから、人間によいも悪いもないということです。「よく生きる」とは、命が与えられていることに感謝しながら、一人ひとりバラバラの個性を大事にして生きることだと、キリスト教でも教えています。確かに一人ひとりバラバラの個性を大事にして生きていくしかないのでしょう。人は、よくありたい、美しくありたいと思って生きていますが、それは、恥ずかしい姿、見苦しい姿はできるだけさらしたくないという気持ちの裏返し。そうした裏の部分も含めて自分自身なのだと、しっかり認めることが大切です。誰の命もすべて尊いのですから。「私なんか」と卑下して、自分を認められない人が多いですね。自分を認められない人は他人のことも大切にできない。でも、本当は認めてもらいたい。そうですね。仏教では「四苦八苦」という言葉がありまして。四苦が「生老病死」で、生まれて老いて病んで死ぬ苦。 この四苦に加えて、愛する人と別れる苦「愛別離苦(あいべつりく)」、きらいな人に会う苦「怨憎会苦(おんぞうえく)」、ほしいものが得られない苦「具不得苦(ぐふとっく)」、心身が思い通りにならない苦「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」の4つを合わせて八苦。 人間が生きていくうえでの悩みや苦しみは、すべてどれかに当てはまると思うんですよ。受け入れることも大事ですよね。姑とか隣人とか上司とか、近くの人とうまくいかない悩みが多いんですが、相手は変えられないから、自分の意識を変えることが基本かなと思うんです。顔を上げることで、気分も上向きますから。深呼吸しながら外を歩いたりして、「私は生きているだけでいいんだ」と、まずは思いを巡らすといいのではないでしょうか。自分自身の意識の持ち方なんですね。朝起きたら着替えたり歯を磨く前にノートを出して、なんでもいいから書くという「モーニングページ」の習慣です。眠くて嫌だとか、今日も仕事に行くのがつらいとか、なんでもいいから、心に溜まっているモヤモヤを毎日書く。それを1週間、2週間、1ヵ月と続けると、不思議なことにモヤモヤが減ってなくなってくるんです。なる程参考になります。相手を変えることは容易ではないし、できることではないでしょう。自分自身が許容したり変わることで打開するのではあればその方がいいですね。DSC00597.JPG

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