多数性(複数性)を否定しようとする権威主義を容認してはならないのでは[2026年03月03日(Tue)]
集英社オンライン2025年8月28日付け「「多数性を否定しようとする権威主義に対して、私たちは戦っていかねばならない」テクノロジーに支えられた政治的思考「プルラリティ」とは」から、市民による政治参加とテクノロジーを結びつけた台湾の政治家、オードリー・タン。公正な市場と民主主義を結びつけ、私的所有に切り込んだ経済学者、グレン・ワイル。二人による共著『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義』は、多様性を否定する権威主義的な思考が蔓延る昨今において、政治的思考を養うための希望の書である。民主主義を再生するためのテクノロジーとは? 政治学者の宇野重規氏がプルラリティを解説する。
「象徴」と「鬼才」による快著
オードリー・タンとグレン・ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義』は、政治思想史を研究する筆者にとって、まさに快著である。
二人の天才が、ぐっと自分の近くにまで来てくれたというのが、本を読んでの最初の感想である。
もちろん二人の仕事には、これまでも強い関心を抱いてきた。オードリー・タンは、市民による政治参加とテクノロジーを結びつけた、まさにシビック・テック理念の象徴であるし、グレン・ワイルは公正な市場と民主主義を結びつけ、私的所有に大胆に切り込んだ鬼才である。濃淡こそあれ、親しみと敬意を感じてきた二人の著者が手を組んで書いた真の共著、しかも二人をつなぐのは『なめらかな社会とその敵』の著者である鈴木健とあれば、本を開いたときにときめきのようなものを感じたとしても、軽薄とそしられることはないだろう。
しかしながら、驚いたことに、本を読み進めていてまず出会ったのは、筆者が長年研究してきた思想家アレクシ・ド・トクヴィルである。地方自治などの活動を通じて、市民が日常的に協力し合い、地域の課題を自ら解決していくことが民主主義の礎となると説いた一九世紀フランスの思想家が、本書では当然のように登場する。
「深く多様で、非市場的で分散化した社会市民的なつながりがないと、民主主義は機能しないのだ」(同書39頁)。
筆者自身、トクヴィルが民主主義社会の鍵であるとしたアソシエーション、すなわち個人の自発的意思に基づく社会的結合を現代的に生かすものとして、ファンダムの原理に着目している。デジタル民主主義を支えるためにも、リアルな人間関係の活性化が不可欠であろう。
実験を許すのが民主主義社会である
次に着目したのは、筆者がやはり研究してきたアメリカの思想家ジョン・デューイへの言及である。民主主義とは、人々が多様な社会的実験をすることを許す社会にほかならない。
答えのない時代だからこそ、多様な個人のイニシアティブによる実験が必要であり、それを許すのが民主主義社会である。このように説くプラグマティズムの理論家デューイは、現代においてまさに注目すべき思想家であると筆者は考えている。本書ではさらに、デューイのもとで学んだ中華民国の哲学者である胡適を通じて、その理論が台湾の教育政策に深く影響を及ぼしたことが強調されている。
その意味でデューイがまさに、アメリカと東アジアの国々をつなぐ大切な思想家であることも、本書の大切なメッセージである。民主主義をめぐる太平洋を超えた対話が期待される(トランプ時代だからこそ、なおさら)。
そして何より、『PLURALITY』というタイトルにもなっている「多数性(複数性)」の概念を鮮やかに示したのは、ハンナ・アーレントである。筆者は『全体主義の起源』や『人間の条件』などアーレントの著作を、大学院の演習などで繰り返し読んできた。
人間の生の根本的な条件を、平等な他者とともに存在する複数性に見出したアーレントは、筆者の思考をつねに刺激し、突き動かしてきた思想家の一人である。人が複数存在するからこそ公共性が生まれ、そこに言葉の力を介して政治の営みが始まる。
社会的差異は対立を生み出すが、もしテクノロジーを介して適切に協力関係を築くことができれば、それは社会にとってマイナスではなく、むしろ進歩を生み出す原動力となる。
アーレントの思想を魅力的な現代的概念として甦らせた二人の知的営為は、「コラボレーション」という言葉と共に、私たちの未来を切り開くだけのパワーがあると思う。複数の主体の間の緊張に満ちた関係に着目する「多数性(複数性)」を今こそ強調したい。
民主主義の再生のカギはテクノロジーの支援
筆者は「Plurality」の前提になっている危機意識を深く共有する。人工知能は中央集権化されたトップダウンの統制を強化し、ブロックチェーンは人々を孤立させ、過激な見方に走らせるかもしれない。さらに、専制主義勢力はSNSなどを利用して、民主主義国家内部の分断や紛争を煽り立てている。その意味で、現代世界において優位に立つのは、テクノクラシーとテクノ・リバタリアンの影響ばかりなのかもしれない。
しかし私たちは無力ではないはずだ。テクノクラシーとテクノ・リバタリアンに対抗して、今こそデジタル民主主義のポテンシャルを活性化すべきなのではなかろうか。民主主義を再生させるために、私たちは今こそ力を合わせなければならないが、本書はそのための勇気を与えてくれる。
多数性(複数性)を否定しようとする権威主義に対して、私たちは戦っていかねばならない。そのためにはテクノロジーに支えられた政治的思考が不可欠である。本書をそのための宝箱として活用する読者が一人でも増えることに期待している。
地方自治などの活動を通じて、市民が日常的に協力し合い、地域の課題を自ら解決していくことが民主主義の礎となると説いた一九世紀フランスの思想家が、本書では当然のように登場する。「深く多様で、非市場的で分散化した社会市民的なつながりがないと、民主主義は機能しないのだ」多様な市民的なつながりを保ち民主主義を機能させなければならないでしょう。民主主義とは、人々が多様な社会的実験をすることを許す社会にほかならない。答えのない時代だからこそ、多様な個人のイニシアティブによる実験が必要であり、それを許すのが民主主義社会である。寛容な社会でなければ民主主義は存在しないのでしょう。社会的差異は対立を生み出すが、もしテクノロジーを介して適切に協力関係を築くことができれば、それは社会にとってマイナスではなく、むしろ進歩を生み出す原動力となる。社会の中での対立をテクノロジーを介して解消することで進歩を生み出すことができるのですね。私たちは無力ではないはずだ。テクノクラシーとテクノ・リバタリアンに対抗して、今こそデジタル民主主義のポテンシャルを活性化すべきなのではなかろうか。民主主義を再生させるために、私たちは今こそ力を合わせなければならない。多数性(複数性)を否定しようとする権威主義に対して、私たちは戦っていかねばならない。そのためにはテクノロジーに支えられた政治的思考が不可欠である。権威主義が許容される社会にしてはならないでしょう。多様性のある社会でなければ安心して生活することができないでしょう。世界が正念場を迎えているかもしれません。
「象徴」と「鬼才」による快著
オードリー・タンとグレン・ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義』は、政治思想史を研究する筆者にとって、まさに快著である。
二人の天才が、ぐっと自分の近くにまで来てくれたというのが、本を読んでの最初の感想である。
もちろん二人の仕事には、これまでも強い関心を抱いてきた。オードリー・タンは、市民による政治参加とテクノロジーを結びつけた、まさにシビック・テック理念の象徴であるし、グレン・ワイルは公正な市場と民主主義を結びつけ、私的所有に大胆に切り込んだ鬼才である。濃淡こそあれ、親しみと敬意を感じてきた二人の著者が手を組んで書いた真の共著、しかも二人をつなぐのは『なめらかな社会とその敵』の著者である鈴木健とあれば、本を開いたときにときめきのようなものを感じたとしても、軽薄とそしられることはないだろう。
しかしながら、驚いたことに、本を読み進めていてまず出会ったのは、筆者が長年研究してきた思想家アレクシ・ド・トクヴィルである。地方自治などの活動を通じて、市民が日常的に協力し合い、地域の課題を自ら解決していくことが民主主義の礎となると説いた一九世紀フランスの思想家が、本書では当然のように登場する。
「深く多様で、非市場的で分散化した社会市民的なつながりがないと、民主主義は機能しないのだ」(同書39頁)。
筆者自身、トクヴィルが民主主義社会の鍵であるとしたアソシエーション、すなわち個人の自発的意思に基づく社会的結合を現代的に生かすものとして、ファンダムの原理に着目している。デジタル民主主義を支えるためにも、リアルな人間関係の活性化が不可欠であろう。
実験を許すのが民主主義社会である
次に着目したのは、筆者がやはり研究してきたアメリカの思想家ジョン・デューイへの言及である。民主主義とは、人々が多様な社会的実験をすることを許す社会にほかならない。
答えのない時代だからこそ、多様な個人のイニシアティブによる実験が必要であり、それを許すのが民主主義社会である。このように説くプラグマティズムの理論家デューイは、現代においてまさに注目すべき思想家であると筆者は考えている。本書ではさらに、デューイのもとで学んだ中華民国の哲学者である胡適を通じて、その理論が台湾の教育政策に深く影響を及ぼしたことが強調されている。
その意味でデューイがまさに、アメリカと東アジアの国々をつなぐ大切な思想家であることも、本書の大切なメッセージである。民主主義をめぐる太平洋を超えた対話が期待される(トランプ時代だからこそ、なおさら)。
そして何より、『PLURALITY』というタイトルにもなっている「多数性(複数性)」の概念を鮮やかに示したのは、ハンナ・アーレントである。筆者は『全体主義の起源』や『人間の条件』などアーレントの著作を、大学院の演習などで繰り返し読んできた。
人間の生の根本的な条件を、平等な他者とともに存在する複数性に見出したアーレントは、筆者の思考をつねに刺激し、突き動かしてきた思想家の一人である。人が複数存在するからこそ公共性が生まれ、そこに言葉の力を介して政治の営みが始まる。
社会的差異は対立を生み出すが、もしテクノロジーを介して適切に協力関係を築くことができれば、それは社会にとってマイナスではなく、むしろ進歩を生み出す原動力となる。
アーレントの思想を魅力的な現代的概念として甦らせた二人の知的営為は、「コラボレーション」という言葉と共に、私たちの未来を切り開くだけのパワーがあると思う。複数の主体の間の緊張に満ちた関係に着目する「多数性(複数性)」を今こそ強調したい。
民主主義の再生のカギはテクノロジーの支援
筆者は「Plurality」の前提になっている危機意識を深く共有する。人工知能は中央集権化されたトップダウンの統制を強化し、ブロックチェーンは人々を孤立させ、過激な見方に走らせるかもしれない。さらに、専制主義勢力はSNSなどを利用して、民主主義国家内部の分断や紛争を煽り立てている。その意味で、現代世界において優位に立つのは、テクノクラシーとテクノ・リバタリアンの影響ばかりなのかもしれない。
しかし私たちは無力ではないはずだ。テクノクラシーとテクノ・リバタリアンに対抗して、今こそデジタル民主主義のポテンシャルを活性化すべきなのではなかろうか。民主主義を再生させるために、私たちは今こそ力を合わせなければならないが、本書はそのための勇気を与えてくれる。
多数性(複数性)を否定しようとする権威主義に対して、私たちは戦っていかねばならない。そのためにはテクノロジーに支えられた政治的思考が不可欠である。本書をそのための宝箱として活用する読者が一人でも増えることに期待している。
地方自治などの活動を通じて、市民が日常的に協力し合い、地域の課題を自ら解決していくことが民主主義の礎となると説いた一九世紀フランスの思想家が、本書では当然のように登場する。「深く多様で、非市場的で分散化した社会市民的なつながりがないと、民主主義は機能しないのだ」多様な市民的なつながりを保ち民主主義を機能させなければならないでしょう。民主主義とは、人々が多様な社会的実験をすることを許す社会にほかならない。答えのない時代だからこそ、多様な個人のイニシアティブによる実験が必要であり、それを許すのが民主主義社会である。寛容な社会でなければ民主主義は存在しないのでしょう。社会的差異は対立を生み出すが、もしテクノロジーを介して適切に協力関係を築くことができれば、それは社会にとってマイナスではなく、むしろ進歩を生み出す原動力となる。社会の中での対立をテクノロジーを介して解消することで進歩を生み出すことができるのですね。私たちは無力ではないはずだ。テクノクラシーとテクノ・リバタリアンに対抗して、今こそデジタル民主主義のポテンシャルを活性化すべきなのではなかろうか。民主主義を再生させるために、私たちは今こそ力を合わせなければならない。多数性(複数性)を否定しようとする権威主義に対して、私たちは戦っていかねばならない。そのためにはテクノロジーに支えられた政治的思考が不可欠である。権威主義が許容される社会にしてはならないでしょう。多様性のある社会でなければ安心して生活することができないでしょう。世界が正念場を迎えているかもしれません。



