移住して見つけた、理想の暮らしと生き方[2026年01月03日(Sat)]
ASCII2025年8月1日付け「移住して見つけた、理想の暮らしと生き方。町の恵みを活かしたミネラルコスメで起業」から、「地域振興に関わる仕事がしたい」という思いから、大学卒業と同時に地域おこし協力隊として愛知県東栄町へ移住した大岡千紘さん。その後もこの地に根を下ろし、地域の貴重な資源・セリサイトを使用した手作りコスメ体験事業を立ち上げるなど、東栄町の魅力を発信し続けている。
愛知県の北東部、町の面積のおよそ9割を森林が占める北設楽郡東栄町。日本で唯一、セリサイトという希少な粘土鉱物が採掘され、その品質のよさから、世界中の高級ブランドのファンデーションにも使用されている。このセリサイトを用いた手作りコスメ体験「naori なおり
」やミネラルコスメブランドを立ち上げたのが、現在「株式会社もと」の代表取締役を務める大岡千紘(ちひろ)さんだ。学生時代に日本各地の神事や奇祭にのめり込み、全国の祭りを訪ね歩いていた彼女。東栄町に古くから継承されてきた「花祭」が縁をつなぎ、地域おこし協力隊として着任。当初、任期終了後は他地域へ移ることも選択肢の一つだったが、セリサイトとの出会いが、彼女の人生を大きく方向づける転機となった。移住して12年、「東栄町を活性化させたい」という思いを大切に、この土地だからこそ生まれる体験事業やブランドを地元に根ざして育てている。
「自然の中で、好きな祭りと共に暮らす」。そんな理想を胸に東栄町へ移住
京都造形芸術大学(現京都芸術大学)に在学中、島根県で出会った郷土芸能「石見神楽」がきっかけで、地域に根付く神事や奇祭に魅了されていったという大岡さん。学業の傍ら全国各地の祭りを訪ね歩くうち、地域の文化や暮らしに深く関心を抱くようになっていく。そして、それはやがて「地域振興を仕事にしたい」という思いに変化していった。
「各地に足を運んで初めて、過疎化が進んでいる地域が多いことを肌で実感。日本の未来がちょっと心配になるような状況を目の当たりにし、地域と祭りをこの先につないでいく仕事がしたい、そう思ったんです」
そんな思いを胸に、大学卒業後は地域おこし協力隊として地域を学び、現場で経験を積もうと決意。趣味の祭り巡りをしながら、移住先を探していた中で出会ったのが、「花祭」の開催地である愛知県東栄町だった。鎌倉時代から伝承されてきた「花祭」は、国の重要無形民俗文化財にも指定。悪霊を払いのけ、五穀豊穣、無病息災などを祈るため、約40種類もの舞が夜を徹して行われる。
「花祭が素晴らしかったのはもちろんですが、町の方々がとても温かく迎えてくださったことに感動。ここなら楽しく取り組めそうだなと思い、移住先の候補としました。その後、東京で開催された協力隊の全国募集説明会では、偶然にも東栄町の担当者が最初に声をかけてくれて。花祭を見に行ったという話をしたら、すっかり意気投合したんです」
説明会などを経て、とある地域で採用が決まった大岡さんだったが、「誰でもいいから来てほしい」という姿勢に、わずかながら違和感を覚えると共に迷いが生じていた。なぜなら東栄町はしっかりと「大岡さんに来てほしい!」と言ってくれたからだ。その言葉が胸に響き、彼女は東栄町への移住を決意する。
当初より、気に入った祭りがある地域であること、さらに自身もその祭りに関わることができることが、移住先の条件でもあった大岡さん。「どんな仕事をしたいかよりも、どんな所でどんな暮らしをしたいか」を重要視していた。
「自然の中で、好きな祭りと共に楽しく暮らす。そんな理想の暮らしが思い描けたことも、東栄町を選んだ大きな理由の一つでした」
こうして大学を卒業した大岡さんは、2013年4月に地域おこし協力隊として東栄町に移住。着任当初のミッションは、地元有志による山菜で町起こしをすることを目的とした「山菜王国研究会」のサポート。耕作放棄地に山菜を植え、収穫して六次産業化(※)を図ったり、摘み取り体験をしたりする構想だった。
※農林水産業などの一次産業(生産)に加え、加工(二次産業)や販売・サービス業(三次産業)も一体的に行い、地域資源に新たな付加価値を生み出す取り組みのこと
「日々、山菜の管理や勉強に取り組んで1年が過ぎたころ、山菜は収穫までに3年かかることが発覚。3年という協力隊の任期では育てるだけで終わってしまうため、急遽『自由にやりたいことをやる』という方針に大きく転換しました。
今思えば、なぜ1年の間、誰一人としてその事実に気づかなかったのかと(笑)。でも、もともと山菜にあまり興味がなかったので不幸中の幸いというか、結果的に方向転換できてよかったです」
協力隊に着任して2年目から自由に活動内容を決めてよいという方針に変わったことで、「何をすべきか」をゼロから考えることになった大岡さん。もともと地域振興に関わりたいとしつつも、「日本や地域をどうにかしたい」という漠然とした動機だったため具体的なアイデアが浮かばず、思いあぐねてしまう。
「学生からそのまま協力隊になったので、社会人としての経験やスキルもなく正直、何をどう始めればいいのか分からずに悩みました。そこで、まずは東栄町を知ってもらう∞人を呼び込む≠アとが第一歩だと考え、体験型のコンテンツづくりをできないか模索してみました。
ただ、東栄町のような田舎≠ヘ全国どこにでもあり、東栄町ならではの何か≠見つけることができなくて。そんな自分が不甲斐なく、一時は協力隊を辞めたほうがいいのではと考えるほど、思いつめていました」
そんな時、東栄町でセリサイトを採掘する地元企業「三信鉱工株式会社」の社長から、大岡さんに相談が舞い込んだ。「このセリサイトを使って手作りコスメ体験を企画し、東栄町に人を呼び込んでみたい。一緒に取り組んでもらえないか」と。その提案を聞いた瞬間、「これはおもしろい!」と心が躍ったという。
「経験もスキルもないけれど、私は女性であり、化粧には多少なりとも関心がある。自分にもできることがあるかもしれない。そう感じたんです。『ぜひやらせてください』とお返事し、社長と二人三脚で事業を立ち上げることになりました」
現在、日本で採掘しているのは東栄町だけという希少な鉱物であるセリサイト(絹雲母)は、おもにファンデーションなど化粧品の原料として使用。東栄町で採掘されたものはその純度の高さから世界最高品質と称され、国内外の高級ブランドの化粧品に採用されている。まさに東栄町から世界中に美を届けているというわけだ。
地域おこし協力隊の任期終了後も定住を決意。体験教室運営と観光協会立ち上げに尽力 東栄町の自然の恵みであるセリサイト。その産地で、素材そのものに触れながら学び、体験できる贅沢なプログラムとして、2015年6月「naori なおり
」が誕生した。日本初のビューティーツーリズム
を掲げた同プログラムは、自分でオリジナルのファンデーションやチークを手作りするもの。現在も毎週月・金・土曜日に手作りコスメ体験教室、毎月第二土曜日にはセリサイトの採掘現場に足を運べる鉱山探検とセットで実施している。
「立ち上げ当初、まずぶち当たった壁が誰が手作りコスメ体験の講師をするのか≠ニいうこと。当時はまだ手作りコスメそのものがポピュラーではなかったので、指導できる人材も周囲におらず。最終的に『自分でやるしかない』と腹をくくりました。
そして、『三信鉱工』のつてでつながった、ハーブやアロマテラピーの会社である『生活の木』さんに協力を仰げることに。基礎から手作りコスメの知識を学ぶために、東栄町から名古屋まで、毎週片道2時間半かけて通い続ける日々は、なかなかハードでした」
こうして体験事業の運営に奔走する中で、ついに3年という地域おこし協力隊としての任期終了の日が近づいてきた。しかし、「naori なおり
」に継続して関わりたいと考えた大岡さんは、そのまま東栄町に留まることを決意する。
「残ることを決めた理由はもう一つありました。東栄町から観光協会の創設を任されたからです。手作りコスメ体験事業を始めたことで町を訪れる人は少しずつ増えていましたが、観光情報を網羅的に発信する体制が整っておらず。
情報を収集し、発信することの必要性を町に進言したところ、『じゃあ、大岡さんがつくってみては?』と託されるかたちに。言い出したからにはやるしかないと、役場に1年間、臨時職員として所属しながら観光協会の立ち上げに尽力しました。
地域の人々と何度も話し合いを重ね、2017年に『東栄町観光まちづくり協会』が誕生。ゼロから体制をつくり上げるのはとても大変でしたが、無事に創設できて感無量でした。まだ移住して3年足らずの自分に、ここまで大きな仕事を任せてくれた東栄町の懐の深さにはとても感謝しています」
その後も手作りコスメ体験事業と観光協会の業務と、2つの仕事に並行して取り組んでいた大岡さん。時間的にも体力的にも厳しく、どうしてもどちらも中途半端になってしまう。これではいけないと感じた大岡さんは、体験事業に本格的に向き合う決断をする。 「しっかり地に足付けて事業に取り組む、覚悟を決めるためにも独立することが必要だと考えました。そこで2年間事務員として勤務した観光協会を退職し、個人事業主として『naori なおり
』に専念することにしたんです。2019年のことでした」
契機となったのはコロナ禍。手作りコスメ体験から生まれたミネラルコスメブランド 東栄町をもっと多くの人に知ってもらいたい、訪れてもらいたい、そして好きになってもらい、将来的には移住につながるような流れをつくりたい。そんな思いから、「naori なおり
」での手作りコスメ体験を軸に町の魅力を伝える事業を展開してきた大岡さん。2020年から始まったコロナ禍で、体験型コンテンツを実施できない状況がおとずれる。
「『naori なおり
』でつくるオリジナルのファンデーションは天然素材を使用しているため、肌にとても優しいのが特徴です。自身の肌に合わせたファンデーションをつくるために、体験教室に通う方もいらっしゃいました。そのため、コロナ禍になり『ここでつくるものしか使えないから、販売してほしい』という体験参加者からの切実な声が届くようになったのです。
一方、『三信鉱工株式会社』では、コロナ禍における化粧品の需要減によりセリサイトが売れないという状況に陥っていました。そこで、新しい事業の柱を築きたいと、化粧品開発の話を持ち掛けてきたんです。まさに両者の思いが一致した瞬間でした」
約3年の歳月をかけ、双方が納得のいく化粧品が完成。ミネラルコスメブランド「moto」として販売をスタートさせた。これを機に、2021年、大岡さんは「三信鉱工株式会社」と共同出資というかたちで「株式会社もと」を設立。代表取締役社長に就任した。
「手作りコスメ体験と本格的な化粧品の開発はまったく別の領域。企画、開発、販売とすべてが初めての経験で、苦労の連続でした。まずは、化粧品を製造してくれるOEMメーカー探しからスタート。理想の仕上がりになるまで、何度も何度も試作を重ねました」 そんな「moto」ではファンデーションやパウダーを中心に、素材の産地から品質、成分にいたるまで、こだわり抜いた化粧品を販売。高純度・高品質な国産原料を高配合し、肌に優しいのはもちろん、やすらぎを与えることも大切にしている。
「東栄町産のセリサイトを60〜80%使用している、産地ならではの贅沢な化粧品です。普段何気なく使っているファンデーションが何からできているのか∞どこで採れるのか≠ノ意識を向けることはあまりないかもしれません。でも、素材を知ることで自分に合うものが何かを知り、さらに安心も得られると思います。そのきっかけづくりになればうれしいです」
手作りコスメ体験も、ミネラルコスメ製造・販売も、まったくのゼロから始めた手探り状態の事業。決して最初から順風満帆だったわけではなく、むしろ通常よりも立ち上げに時間がかかったのではと、大岡さんは振り返る。
「『naori なおり
』は当初、一泊二日の『ビューティーツアー』という形で展開したものの、知名度も実績もないのに高額という企画に人が集まらず、頓挫。そこで、体験を『ファンデーションづくり』に絞って教室形式に切り替えたところ、すぐに軌道に乗り始めたんです。この時、すぐに転換しようと判断を下したのが、その後の成功につながったのかなと。
この経験からまずは強み≠一つに絞ることが大切だと実感。あれもこれもと手を広げすぎたり、自信がなくて何かを上乗せ≠キることで補おうとしたりすると、本来の強み≠ェぼやけてしまう。だからこそ、何を一番大切にしたいか、何が一番の軸かを明確にして、そこに集中することが大事だと学びました」
また、自身の肌が弱かったことから、セリサイトを使った手作りコスメで肌質が改善したという実感も大きな原動力に。一方で、「moto」の開発中は他社の化粧品や試作品を自分の肌で試す必要があったため、肌に負担がかかり、精神的にも大きなダメージがあったとか。 そんな大岡さんにとって、仕事をしていくうえで最も大切にしているのは人との縁≠セという。多くの人との出会いやつながりがあってこそ続けてこれた。一人の力では決して実現できなかったと、感謝の気持ちをにじませる。
そして、人との縁≠ヘ仕事だけでなく、プライベートでも大岡さんの人生に変化をもたらした。2017年には東栄町の男性と結婚、2019年には長女を、2022年には長男を出産したのだ。移住しておよそ12年、改めて東栄町の魅力をたずねると、「何と言っても人≠ェ素敵です」という答えが返ってきた。
「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」
さらに自然や祭りが生活の一部として当たり前にある、この地域ならではの環境も心から気に入っているという。祭りに心惹かれて移り住んだ東栄町だが、移住当時と比べて、この小さな町が「どんどん楽しくなっているんです!」と、彼女の顔から笑みがこぼれる。
「かつては人口もお店も減少傾向にあったのですが、近年は移住者や新たな挑戦を始める人が増え、町全体が明るくなったんじゃないかなと。もし『naori なおり
』や『moto』が、そんな変化の一助になれていたとしたら、本当にうれしいです。
そして今、事業を通じてさまざまな人と出会えたこと、理想とする暮らし≠実現できていることに、大きな幸せを感じています」
これからも肌とまっすぐに向き合い、健やかな日々にそっと寄り添う。そんなプロダクトを生み出し続けたい。そして「年齢・性別・国籍を問わず、心地よく使えるブランド」として、motoを確立していきたいと語る大岡さん。取材の最後にライフシフトをしたいけど、なかなか一歩を踏み出せない女性たちに、アドバイスをもらった。
「自分の気持ちに正直に、今やりたいこと、楽しいと思うことをひとつでもやってみてはいかがでしょうか。きっと、その一歩が踏み出しやすくなるのかなと思います。また、なにをしたいのか≠熨蜷リですが、自分はどんな暮らしがしたいか≠ゥら、考えてみるのもおすすめですよ」
「自然の中で、好きな祭りと共に暮らす」。そんな理想を胸に東栄町へ移住。「各地に足を運んで初めて、過疎化が進んでいる地域が多いことを肌で実感。日本の未来がちょっと心配になるような状況を目の当たりにし、地域と祭りをこの先につないでいく仕事がしたい、そう思ったんです」移住先を探していた中で出会ったのが、「花祭」の開催地である愛知県東栄町だった。鎌倉時代から伝承されてきた「花祭」は、国の重要無形民俗文化財にも指定。悪霊を払いのけ、五穀豊穣、無病息災などを祈るため、約40種類もの舞が夜を徹して行われる。「自然の中で、好きな祭りと共に楽しく暮らす。そんな理想の暮らしが思い描けたことも、東栄町を選んだ大きな理由の一つでした」「日々、山菜の管理や勉強に取り組んで1年が過ぎたころ、山菜は収穫までに3年かかることが発覚。3年という協力隊の任期では育てるだけで終わってしまうため、急遽『自由にやりたいことをやる』という方針に大きく転換しました。「学生からそのまま協力隊になったので、社会人としての経験やスキルもなく正直、何をどう始めればいいのか分からずに悩みました。そこで、まずは東栄町を知ってもらう∞人を呼び込む≠アとが第一歩だと考え、体験型のコンテンツづくりをできないか模索してみました。ただ、東栄町のような田舎≠ヘ全国どこにでもあり、東栄町ならではの何か≠見つけることができなくて。そんな自分が不甲斐なく、一時は協力隊を辞めたほうがいいのではと考えるほど、思いつめていました」そんな時、東栄町でセリサイトを採掘する地元企業「三信鉱工株式会社」の社長から、大岡さんに相談が舞い込んだ。「このセリサイトを使って手作りコスメ体験を企画し、東栄町に人を呼び込んでみたい。一緒に取り組んでもらえないか」と。その提案を聞いた瞬間、「これはおもしろい!」と心が躍ったという。地域の人たちの協力を得て地域おこし協力隊として任務して3年後も見据えれば定住に結びつくのでしょうか。人との縁≠ヘ仕事だけでなく、プライベートでも大岡さんの人生に変化をもたらした。2017年には東栄町の男性と結婚、2019年には長女を、2022年には長男を出産したのだ。移住しておよそ12年、改めて東栄町の魅力をたずねると、「何と言っても人≠ェ素敵です」という答えが返ってきた。「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」地域の溶け込むことができれば移住者も安心して暮らすことができるのでしょう。「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」さらに自然や祭りが生活の一部として当たり前にある、この地域ならではの環境も心から気に入っているという。祭りに心惹かれて移り住んだ東栄町だが、移住当時と比べて、この小さな町が「どんどん楽しくなっているんです!」と、彼女の顔から笑みがこぼれえる。「かつては人口もお店も減少傾向にあったのですが、近年は移住者や新たな挑戦を始める人が増え、町全体が明るくなったんじゃないかなと。もし『naori なおり
』や『moto』が、そんな変化の一助になれていたとしたら、本当にうれしいです。そして今、事業を通じてさまざまな人と出会えたこと、理想とする暮らし≠実現できていることに、大きな幸せを感じています」地域に根差して地域住民と一緒にいろいろと関わることができれば前を向いて突き進むことができるのですね。そして今、事業を通じてさまざまな人と出会えたこと、理想とする暮らし≠実現できていることに、大きな幸せを感じています」 これからも肌とまっすぐに向き合い、健やかな日々にそっと寄り添う。そんなプロダクトを生み出し続けたい。そして「年齢・性別・国籍を問わず、心地よく使えるブランド」として、motoを確立していきたいと語る大岡さん。取材の最後にライフシフトをしたいけど、なかなか一歩を踏み出せない女性たちに、アドバイスをもらった。「自分の気持ちに正直に、今やりたいこと、楽しいと思うことをひとつでもやってみてはいかがでしょうか。きっと、その一歩が踏み出しやすくなるのかなと思います。また、なにをしたいのか≠熨蜷リですが、自分はどんな暮らしがしたいか≠ゥら、考えてみるのもおすすめですよ」確かに移住先でどんな暮らしをしたいのか考えれば自分の生き方も見えてくるかもしれないですね。
愛知県の北東部、町の面積のおよそ9割を森林が占める北設楽郡東栄町。日本で唯一、セリサイトという希少な粘土鉱物が採掘され、その品質のよさから、世界中の高級ブランドのファンデーションにも使用されている。このセリサイトを用いた手作りコスメ体験「naori なおり
「自然の中で、好きな祭りと共に暮らす」。そんな理想を胸に東栄町へ移住
京都造形芸術大学(現京都芸術大学)に在学中、島根県で出会った郷土芸能「石見神楽」がきっかけで、地域に根付く神事や奇祭に魅了されていったという大岡さん。学業の傍ら全国各地の祭りを訪ね歩くうち、地域の文化や暮らしに深く関心を抱くようになっていく。そして、それはやがて「地域振興を仕事にしたい」という思いに変化していった。
「各地に足を運んで初めて、過疎化が進んでいる地域が多いことを肌で実感。日本の未来がちょっと心配になるような状況を目の当たりにし、地域と祭りをこの先につないでいく仕事がしたい、そう思ったんです」
そんな思いを胸に、大学卒業後は地域おこし協力隊として地域を学び、現場で経験を積もうと決意。趣味の祭り巡りをしながら、移住先を探していた中で出会ったのが、「花祭」の開催地である愛知県東栄町だった。鎌倉時代から伝承されてきた「花祭」は、国の重要無形民俗文化財にも指定。悪霊を払いのけ、五穀豊穣、無病息災などを祈るため、約40種類もの舞が夜を徹して行われる。
「花祭が素晴らしかったのはもちろんですが、町の方々がとても温かく迎えてくださったことに感動。ここなら楽しく取り組めそうだなと思い、移住先の候補としました。その後、東京で開催された協力隊の全国募集説明会では、偶然にも東栄町の担当者が最初に声をかけてくれて。花祭を見に行ったという話をしたら、すっかり意気投合したんです」
説明会などを経て、とある地域で採用が決まった大岡さんだったが、「誰でもいいから来てほしい」という姿勢に、わずかながら違和感を覚えると共に迷いが生じていた。なぜなら東栄町はしっかりと「大岡さんに来てほしい!」と言ってくれたからだ。その言葉が胸に響き、彼女は東栄町への移住を決意する。
当初より、気に入った祭りがある地域であること、さらに自身もその祭りに関わることができることが、移住先の条件でもあった大岡さん。「どんな仕事をしたいかよりも、どんな所でどんな暮らしをしたいか」を重要視していた。
「自然の中で、好きな祭りと共に楽しく暮らす。そんな理想の暮らしが思い描けたことも、東栄町を選んだ大きな理由の一つでした」
こうして大学を卒業した大岡さんは、2013年4月に地域おこし協力隊として東栄町に移住。着任当初のミッションは、地元有志による山菜で町起こしをすることを目的とした「山菜王国研究会」のサポート。耕作放棄地に山菜を植え、収穫して六次産業化(※)を図ったり、摘み取り体験をしたりする構想だった。
※農林水産業などの一次産業(生産)に加え、加工(二次産業)や販売・サービス業(三次産業)も一体的に行い、地域資源に新たな付加価値を生み出す取り組みのこと
「日々、山菜の管理や勉強に取り組んで1年が過ぎたころ、山菜は収穫までに3年かかることが発覚。3年という協力隊の任期では育てるだけで終わってしまうため、急遽『自由にやりたいことをやる』という方針に大きく転換しました。
今思えば、なぜ1年の間、誰一人としてその事実に気づかなかったのかと(笑)。でも、もともと山菜にあまり興味がなかったので不幸中の幸いというか、結果的に方向転換できてよかったです」
協力隊に着任して2年目から自由に活動内容を決めてよいという方針に変わったことで、「何をすべきか」をゼロから考えることになった大岡さん。もともと地域振興に関わりたいとしつつも、「日本や地域をどうにかしたい」という漠然とした動機だったため具体的なアイデアが浮かばず、思いあぐねてしまう。
「学生からそのまま協力隊になったので、社会人としての経験やスキルもなく正直、何をどう始めればいいのか分からずに悩みました。そこで、まずは東栄町を知ってもらう∞人を呼び込む≠アとが第一歩だと考え、体験型のコンテンツづくりをできないか模索してみました。
ただ、東栄町のような田舎≠ヘ全国どこにでもあり、東栄町ならではの何か≠見つけることができなくて。そんな自分が不甲斐なく、一時は協力隊を辞めたほうがいいのではと考えるほど、思いつめていました」
そんな時、東栄町でセリサイトを採掘する地元企業「三信鉱工株式会社」の社長から、大岡さんに相談が舞い込んだ。「このセリサイトを使って手作りコスメ体験を企画し、東栄町に人を呼び込んでみたい。一緒に取り組んでもらえないか」と。その提案を聞いた瞬間、「これはおもしろい!」と心が躍ったという。
「経験もスキルもないけれど、私は女性であり、化粧には多少なりとも関心がある。自分にもできることがあるかもしれない。そう感じたんです。『ぜひやらせてください』とお返事し、社長と二人三脚で事業を立ち上げることになりました」
現在、日本で採掘しているのは東栄町だけという希少な鉱物であるセリサイト(絹雲母)は、おもにファンデーションなど化粧品の原料として使用。東栄町で採掘されたものはその純度の高さから世界最高品質と称され、国内外の高級ブランドの化粧品に採用されている。まさに東栄町から世界中に美を届けているというわけだ。
地域おこし協力隊の任期終了後も定住を決意。体験教室運営と観光協会立ち上げに尽力 東栄町の自然の恵みであるセリサイト。その産地で、素材そのものに触れながら学び、体験できる贅沢なプログラムとして、2015年6月「naori なおり
「立ち上げ当初、まずぶち当たった壁が誰が手作りコスメ体験の講師をするのか≠ニいうこと。当時はまだ手作りコスメそのものがポピュラーではなかったので、指導できる人材も周囲におらず。最終的に『自分でやるしかない』と腹をくくりました。
そして、『三信鉱工』のつてでつながった、ハーブやアロマテラピーの会社である『生活の木』さんに協力を仰げることに。基礎から手作りコスメの知識を学ぶために、東栄町から名古屋まで、毎週片道2時間半かけて通い続ける日々は、なかなかハードでした」
こうして体験事業の運営に奔走する中で、ついに3年という地域おこし協力隊としての任期終了の日が近づいてきた。しかし、「naori なおり
「残ることを決めた理由はもう一つありました。東栄町から観光協会の創設を任されたからです。手作りコスメ体験事業を始めたことで町を訪れる人は少しずつ増えていましたが、観光情報を網羅的に発信する体制が整っておらず。
情報を収集し、発信することの必要性を町に進言したところ、『じゃあ、大岡さんがつくってみては?』と託されるかたちに。言い出したからにはやるしかないと、役場に1年間、臨時職員として所属しながら観光協会の立ち上げに尽力しました。
地域の人々と何度も話し合いを重ね、2017年に『東栄町観光まちづくり協会』が誕生。ゼロから体制をつくり上げるのはとても大変でしたが、無事に創設できて感無量でした。まだ移住して3年足らずの自分に、ここまで大きな仕事を任せてくれた東栄町の懐の深さにはとても感謝しています」
その後も手作りコスメ体験事業と観光協会の業務と、2つの仕事に並行して取り組んでいた大岡さん。時間的にも体力的にも厳しく、どうしてもどちらも中途半端になってしまう。これではいけないと感じた大岡さんは、体験事業に本格的に向き合う決断をする。 「しっかり地に足付けて事業に取り組む、覚悟を決めるためにも独立することが必要だと考えました。そこで2年間事務員として勤務した観光協会を退職し、個人事業主として『naori なおり
契機となったのはコロナ禍。手作りコスメ体験から生まれたミネラルコスメブランド 東栄町をもっと多くの人に知ってもらいたい、訪れてもらいたい、そして好きになってもらい、将来的には移住につながるような流れをつくりたい。そんな思いから、「naori なおり
「『naori なおり
一方、『三信鉱工株式会社』では、コロナ禍における化粧品の需要減によりセリサイトが売れないという状況に陥っていました。そこで、新しい事業の柱を築きたいと、化粧品開発の話を持ち掛けてきたんです。まさに両者の思いが一致した瞬間でした」
約3年の歳月をかけ、双方が納得のいく化粧品が完成。ミネラルコスメブランド「moto」として販売をスタートさせた。これを機に、2021年、大岡さんは「三信鉱工株式会社」と共同出資というかたちで「株式会社もと」を設立。代表取締役社長に就任した。
「手作りコスメ体験と本格的な化粧品の開発はまったく別の領域。企画、開発、販売とすべてが初めての経験で、苦労の連続でした。まずは、化粧品を製造してくれるOEMメーカー探しからスタート。理想の仕上がりになるまで、何度も何度も試作を重ねました」 そんな「moto」ではファンデーションやパウダーを中心に、素材の産地から品質、成分にいたるまで、こだわり抜いた化粧品を販売。高純度・高品質な国産原料を高配合し、肌に優しいのはもちろん、やすらぎを与えることも大切にしている。
「東栄町産のセリサイトを60〜80%使用している、産地ならではの贅沢な化粧品です。普段何気なく使っているファンデーションが何からできているのか∞どこで採れるのか≠ノ意識を向けることはあまりないかもしれません。でも、素材を知ることで自分に合うものが何かを知り、さらに安心も得られると思います。そのきっかけづくりになればうれしいです」
手作りコスメ体験も、ミネラルコスメ製造・販売も、まったくのゼロから始めた手探り状態の事業。決して最初から順風満帆だったわけではなく、むしろ通常よりも立ち上げに時間がかかったのではと、大岡さんは振り返る。
「『naori なおり
この経験からまずは強み≠一つに絞ることが大切だと実感。あれもこれもと手を広げすぎたり、自信がなくて何かを上乗せ≠キることで補おうとしたりすると、本来の強み≠ェぼやけてしまう。だからこそ、何を一番大切にしたいか、何が一番の軸かを明確にして、そこに集中することが大事だと学びました」
また、自身の肌が弱かったことから、セリサイトを使った手作りコスメで肌質が改善したという実感も大きな原動力に。一方で、「moto」の開発中は他社の化粧品や試作品を自分の肌で試す必要があったため、肌に負担がかかり、精神的にも大きなダメージがあったとか。 そんな大岡さんにとって、仕事をしていくうえで最も大切にしているのは人との縁≠セという。多くの人との出会いやつながりがあってこそ続けてこれた。一人の力では決して実現できなかったと、感謝の気持ちをにじませる。
そして、人との縁≠ヘ仕事だけでなく、プライベートでも大岡さんの人生に変化をもたらした。2017年には東栄町の男性と結婚、2019年には長女を、2022年には長男を出産したのだ。移住しておよそ12年、改めて東栄町の魅力をたずねると、「何と言っても人≠ェ素敵です」という答えが返ってきた。
「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」
さらに自然や祭りが生活の一部として当たり前にある、この地域ならではの環境も心から気に入っているという。祭りに心惹かれて移り住んだ東栄町だが、移住当時と比べて、この小さな町が「どんどん楽しくなっているんです!」と、彼女の顔から笑みがこぼれる。
「かつては人口もお店も減少傾向にあったのですが、近年は移住者や新たな挑戦を始める人が増え、町全体が明るくなったんじゃないかなと。もし『naori なおり
そして今、事業を通じてさまざまな人と出会えたこと、理想とする暮らし≠実現できていることに、大きな幸せを感じています」
これからも肌とまっすぐに向き合い、健やかな日々にそっと寄り添う。そんなプロダクトを生み出し続けたい。そして「年齢・性別・国籍を問わず、心地よく使えるブランド」として、motoを確立していきたいと語る大岡さん。取材の最後にライフシフトをしたいけど、なかなか一歩を踏み出せない女性たちに、アドバイスをもらった。
「自分の気持ちに正直に、今やりたいこと、楽しいと思うことをひとつでもやってみてはいかがでしょうか。きっと、その一歩が踏み出しやすくなるのかなと思います。また、なにをしたいのか≠熨蜷リですが、自分はどんな暮らしがしたいか≠ゥら、考えてみるのもおすすめですよ」
「自然の中で、好きな祭りと共に暮らす」。そんな理想を胸に東栄町へ移住。「各地に足を運んで初めて、過疎化が進んでいる地域が多いことを肌で実感。日本の未来がちょっと心配になるような状況を目の当たりにし、地域と祭りをこの先につないでいく仕事がしたい、そう思ったんです」移住先を探していた中で出会ったのが、「花祭」の開催地である愛知県東栄町だった。鎌倉時代から伝承されてきた「花祭」は、国の重要無形民俗文化財にも指定。悪霊を払いのけ、五穀豊穣、無病息災などを祈るため、約40種類もの舞が夜を徹して行われる。「自然の中で、好きな祭りと共に楽しく暮らす。そんな理想の暮らしが思い描けたことも、東栄町を選んだ大きな理由の一つでした」「日々、山菜の管理や勉強に取り組んで1年が過ぎたころ、山菜は収穫までに3年かかることが発覚。3年という協力隊の任期では育てるだけで終わってしまうため、急遽『自由にやりたいことをやる』という方針に大きく転換しました。「学生からそのまま協力隊になったので、社会人としての経験やスキルもなく正直、何をどう始めればいいのか分からずに悩みました。そこで、まずは東栄町を知ってもらう∞人を呼び込む≠アとが第一歩だと考え、体験型のコンテンツづくりをできないか模索してみました。ただ、東栄町のような田舎≠ヘ全国どこにでもあり、東栄町ならではの何か≠見つけることができなくて。そんな自分が不甲斐なく、一時は協力隊を辞めたほうがいいのではと考えるほど、思いつめていました」そんな時、東栄町でセリサイトを採掘する地元企業「三信鉱工株式会社」の社長から、大岡さんに相談が舞い込んだ。「このセリサイトを使って手作りコスメ体験を企画し、東栄町に人を呼び込んでみたい。一緒に取り組んでもらえないか」と。その提案を聞いた瞬間、「これはおもしろい!」と心が躍ったという。地域の人たちの協力を得て地域おこし協力隊として任務して3年後も見据えれば定住に結びつくのでしょうか。人との縁≠ヘ仕事だけでなく、プライベートでも大岡さんの人生に変化をもたらした。2017年には東栄町の男性と結婚、2019年には長女を、2022年には長男を出産したのだ。移住しておよそ12年、改めて東栄町の魅力をたずねると、「何と言っても人≠ェ素敵です」という答えが返ってきた。「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」地域の溶け込むことができれば移住者も安心して暮らすことができるのでしょう。「一人ひとりが生き生きと暮らしを楽しんでいて、まわりを応援し、温かく見守ってくれる。そんな気風があるんです。私たち夫婦は近くに頼れる親族がいませんが、近所の方や移住仲間に支えられて楽しく子育てできています。本当にありがたいです」さらに自然や祭りが生活の一部として当たり前にある、この地域ならではの環境も心から気に入っているという。祭りに心惹かれて移り住んだ東栄町だが、移住当時と比べて、この小さな町が「どんどん楽しくなっているんです!」と、彼女の顔から笑みがこぼれえる。「かつては人口もお店も減少傾向にあったのですが、近年は移住者や新たな挑戦を始める人が増え、町全体が明るくなったんじゃないかなと。もし『naori なおり



