誰一人取り残されない社会にすべきでは[2025年12月09日(Tue)]
毎日新聞2025年7月14日付け「月末にスマホ質入れ、電車代払えず4時間徒歩…失われた30年の就職氷河期世代、56歳の嘆き「生活楽にして」」から、5月中旬の土曜日。横殴りの雨が降る中、東京都新宿区の都庁前に約700人の行列ができていた。この日行われたのはNPO法人などによる無料の食料配布で、列の後方には都内に住む鈴木孝さん(56)=仮名=の姿があった。
数百円の電車代が払えず、1人暮らしの自宅からビニール傘を差し4時間かけて歩いてきた。そのため、到着が配布の直前になったという。
鈴木さんは1990年代前半から2000年代前半に社会に出た「就職氷河期世代」。その数は1700万〜2000万人に上ると言われ、いまだ不安定な生活を強いられている人は多い。
現役時代が丸ごと「失われた30年」と重なり、会社の倒産や派遣切りなどを経験してきた鈴木さんは語る。「とにかく目の前の生活を楽にしてほしい」。参院選(20日投開票)で各党とも支援策を訴えるが、解決の道はあるのか。
月13万円で生活
やり繰りできない月はスマホを質屋に
リュックを背負い、トートバッグを肩に掛けた鈴木さんはスタッフからレトルトのご飯や野菜、水などが入ったビニール袋を受け取ると、再び列の最後尾に並んだ。だが、到着の遅れが響いて2袋目を受け取ることはできなかった。
それでも、日焼けした顔に笑みがこぼれる。「最近はコメが高くてとても買えない。ありがたい」
2年ほど前、持病のヘルニアが悪化し、手に力が入らなくなって派遣の仕事を辞めた。今は月約13万円の生活保護を受給するが、家賃や光熱費などを差し引くと、手元にはわずかな金額しか残らない。
「業務用スーパーで買った27円の袋麺三つや、88円の食パン1斤で3食をしのぐことはざらです。都内各地で開かれる食料配布にも頻繁に出向いています」 どうしてもやり繰りできない月は、スマートフォンを質屋に持っていき、一時的に7000〜8000円を受け取っている。
就職活動中にバブル崩壊 新卒で入った会社は突然倒産
人口が多い「団塊ジュニア世代」(71〜74年生まれ)より少し上の68年生まれ。経済的に余裕のある両親(いずれも他界)との3人家族で育ち、子どものころは生活に不自由した記憶がない。
高校は大学の付属校だった。エスカレーター式で進学し、大学をストレートで卒業していれば、売り手市場の「バブル入社組」になるはずだった。ところが、大学の倍率が予想以上に高く、2浪の末、89年に別の私立大学に入学した。
入学当初はバブル真っ盛りで、大学構内には採用募集の張り紙が所狭しと並んでいた。
「人手不足だったのか、初任給30万円の企業も結構あった。働き口はいくらでもあると思っていました」
しかし、就職活動を始めたころにバブルが崩壊し、その後10年ほど続く氷河期の入り口に立たされることになった。
文部科学省の学校基本調査によると、4年制大学を卒業した人の就職率はバブルが崩壊した91年(81・3%)から急降下し、00〜05年は50%台に落ち込んだ。
鈴木さんは18社受けて3社から内定をもらったが、いずれも業績悪化を理由に取り消しとなった。慌てて就職活動を再開し、何とか静岡県にある家具輸入商社に正社員として入ったが、その会社も入社3年目に突然倒産した。「多角経営の末、社長が夜逃げしたことは後から知りました」
2社目はリーマン・ショックで閉鎖
数年ごとに変わる職場
それほど間を置かず、知人の紹介で都内の自動車部品工場に正社員として再就職した。
このときは自家用車を持ち、自宅で好きな料理を楽しむなど充実した暮らしぶりだった。
だが、ようやく手に入れた安定した生活も10年ほどで終わりを告げた。リーマン・ショック(08年)の余波を受けて09年に工場が閉鎖され、再び正社員の職を追われた。
その後は派遣会社に登録し、金属加工や衣料品の原料加工などの仕事に就いたが、繁忙期が過ぎたら「派遣切り」に遭うなど、数年ごとに職場が変わった。
持病の悪化で仕事ができなくなるまで、そんな状態が10年余り続いた。「まさか、自分がこんなことになるなんて……。世代が違っていれば、『普通の生活』ができたかもしれないのに、ひどいもんです」
各党が打ち出す氷河期世代対策
「失われた30年」で非正規雇用が急増し、鈴木さんのように長期にわたって不安定な生活を強いられた人は少なくない。さらに、内閣府は19年、40〜64歳でひきこもり状態にある人は推計約61万人に上るとの調査結果を公表した。
そうした現状を受け、政府は氷河期世代を集中的に支援し、20〜22年度(その後24年度まで延長)に正規雇用を30万人増やす目標を掲げて就労支援などに取り組んできた。
一方で、不本意ながら非正規雇用で働く氷河期世代の人は、依然として35万人(24年時点)に上る。家族の介護を担ったり職がなかったりする人も増えており、あと10年もすれば当事者自身が順次、65歳以上の高齢者となる。
そこで、政府は25年4月、氷河期世代の支援策を議論する関係閣僚会議を設置し、6月には従来の就労支援とひきこもり支援に加え、高齢期を見据えた家計改善や住宅確保などにも取り組む「基本的な枠組み」をまとめた。
参院選を前に、野党各党も、新たな家賃補助制度の創設(立憲民主党)、社会保険料の軽減(日本維新の会)、最低保障年金制度の創設(国民民主党)などの支援策を次々と打ち出した。
就労支援なんて今さら
当事者はため息
それでも、鈴木さんの表情はさえない。実現を強く望んだのは、目の前の生活を楽にしてくれる消費税の減税・撤廃だが、与党は公約に盛り込まなかった。
また、将来、氷河期世代以降を中心に3割下がると見込まれる基礎年金の底上げ策を付則に盛り込んだ年金制度改革関連法が6月に成立したが、実施の判断は5年後に先送りされた。
鈴木さんはため息をつく。「正社員で働いた期間が短いので、老後の年金は月5万円ほど。就労支援も今さらです。もはや自助努力ではどうすることもできません」
選挙が終わっても議論を
「ワーキングプアのような働き方をしている人たちや、親の年金を頼りにしている人たちを適切に支援しなければ、将来的に困窮した高齢者が急増し、『社会不安』につながりかねません」
そう指摘するのは、「就職氷河期世代」(24年)の著書がある東京大社会科学研究所の近藤絢子教授(労働経済学)だ。
最近になって氷河期世代への支援策が活発に打ち出されているが、その後の世代も雇用は安定せず、年収が低い状態が続いていたことも近藤教授の研究で明らかになっている。
近藤教授はこう注文を付ける。「客観的なデータに基づき、氷河期世代に限定しないセーフティーネットを設けるべきです。これまでの国の施策は就労支援などが中心でしたが、年金の底上げや住宅確保といった社会保障面の支援を充実させることも喫緊の課題です。選挙が終わってからも、しっかりと議論を続けてほしい」
取材を終えて
両親は他界し、きょうだいも、頼りにできる友人もいない。「親戚はいるけれど、もうずっと会っていない。今さら頼ることなんてできません」
そんな鈴木さんが取材の最後、申し訳なさそうにこう話した。「月末はスマホを質屋に預けることがある。連絡が取りづらくなるかもしれません」
今やインフラの一つとなったスマホがなければ、食料配布の場所や時間が調べられず、外部との連絡も取りづらくなる。一時的とはいえ、それを手放すことは社会とつながる「細い糸」を断ち切ることを意味する。
氷河期世代が注目され、行政は就労支援やひきこもり支援などさまざまなメニューを用意している。だが、支援を受けるには、自ら情報収集し、問い合わせ、場合によっては役所などに出向く必要もある。
そもそも働くことができず、今日明日の生活に困っている鈴木さんのような当事者に、そのような能動的な行動が取れるだろうか。取材を通じて、そんな疑問が浮かんだ。
都庁前の食料配布にやってくる人は、新型コロナウイルスの感染拡大前は100人以下だったが、コロナ後に急増し、物価高が加わった最近は毎週700人前後に上る。
鈴木さん以外にも複数の人に声をかけたが、どこか後ろめたさを抱えている人が多かった。物価高で食べるのに困っているという女性(44)は「並んでいいのでしょうか。申し訳ない気持ちになります」と語った。
困難を抱えている人たちを幅広く支援するにはSOSを待つだけでなく、支援する側がその存在を把握して積極的にアクセスする。そんな仕組みをセットで考えていくことも重要だと実感した。
NPO法人などによる無料の食料配布で、列の後方には都内に住む鈴木孝さん(56)=仮名=の姿があった。数百円の電車代が払えず、1人暮らしの自宅からビニール傘を差し4時間かけて歩いてきた。そのため、到着が配布の直前になったという。鈴木さんは1990年代前半から2000年代前半に社会に出た「就職氷河期世代」。その数は1700万〜2000万人に上ると言われ、いまだ不安定な生活を強いられている人は多い。リュックを背負い、トートバッグを肩に掛けた鈴木さんはスタッフからレトルトのご飯や野菜、水などが入ったビニール袋を受け取ると、再び列の最後尾に並んだ。だが、到着の遅れが響いて2袋目を受け取ることはできなかった。就職氷河期世代の人たちは厳しい状況に置かれている人が多いでしょう。政治家の中には新自由主義的な考えの人が少なくなく、自助、自己責任ということを語って片付けているのではないでしょうか。文部科学省の学校基本調査によると、4年制大学を卒業した人の就職率はバブルが崩壊した91年(81・3%)から急降下し、00〜05年は50%台に落ち込んだ。鈴木さんは18社受けて3社から内定をもらったが、いずれも業績悪化を理由に取り消しとなった。慌てて就職活動を再開し、何とか静岡県にある家具輸入商社に正社員として入ったが、その会社も入社3年目に突然倒産した。「多角経営の末、社長が夜逃げしたことは後から知りました」それほど間を置かず、知人の紹介で都内の自動車部品工場に正社員として再就職した。このときは自家用車を持ち、自宅で好きな料理を楽しむなど充実した暮らしぶりだった。ようやく手に入れた安定した生活も10年ほどで終わりを告げた。リーマン・ショック(08年)の余波を受けて09年に工場が閉鎖され、再び正社員の職を追われた。その後は派遣会社に登録し、金属加工や衣料品の原料加工などの仕事に就いたが、繁忙期が過ぎたら「派遣切り」に遭うなど、数年ごとに職場が変わった。負の連鎖の如く厳しい状況から脱却できずに歳を重ねていくことになったのでしょう。「失われた30年」で非正規雇用が急増し、鈴木さんのように長期にわたって不安定な生活を強いられた人は少なくない。さらに、内閣府は19年、40〜64歳でひきこもり状態にある人は推計約61万人に上るとの調査結果を公表した。そうした現状を受け、政府は氷河期世代を集中的に支援し、20〜22年度(その後24年度まで延長)に正規雇用を30万人増やす目標を掲げて就労支援などに取り組んできた。一方で、不本意ながら非正規雇用で働く氷河期世代の人は、依然として35万人(24年時点)に上る。家族の介護を担ったり職がなかったりする人も増えており、あと10年もすれば当事者自身が順次、65歳以上の高齢者となる。取り残された人になってしまっているのではないでしょうか。「正社員で働いた期間が短いので、老後の年金は月5万円ほど。就労支援も今さらです。もはや自助努力ではどうすることもできません」どうして生活すればいいのでしょうか。「月末はスマホを質屋に預けることがある。連絡が取りづらくなるかもしれません」今やインフラの一つとなったスマホがなければ、食料配布の場所や時間が調べられず、外部との連絡も取りづらくなる。一時的とはいえ、それを手放すことは社会とつながる「細い糸」を断ち切ることを意味する。氷河期世代が注目され、行政は就労支援やひきこもり支援などさまざまなメニューを用意している。だが、支援を受けるには、自ら情報収集し、問い合わせ、場合によっては役所などに出向く必要もある。そもそも働くことができず、今日明日の生活に困っている鈴木さんのような当事者に、そのような能動的な行動が取れるだろうか。明日は我が身という実感のない政治家の人たちには想いを共有することはできないでしょう。都庁前の食料配布にやってくる人は、新型コロナウイルスの感染拡大前は100人以下だったが、コロナ後に急増し、物価高が加わった最近は毎週700人前後に上る。どこか後ろめたさを抱えている人が多かった。物価高で食べるのに困っているという女性(44)は「並んでいいのでしょうか。申し訳ない気持ちになります」困難を抱えている人たちを幅広く支援するにはSOSを待つだけでなく、支援する側がその存在を把握して積極的にアクセスする。そんな仕組みをセットで考えていくことも重要だと実感した。この国は貧しくなったと言いますが、自己責任として片付けてきた政治の責任はないのでしょうか。誰もが幸せに生活できる日本を目指すべきではないでしょうか。厳しい状況に置かれた人たちのことを真剣に受け止める政治が行われることを望んでいる人は少なくないでしょう。
数百円の電車代が払えず、1人暮らしの自宅からビニール傘を差し4時間かけて歩いてきた。そのため、到着が配布の直前になったという。
鈴木さんは1990年代前半から2000年代前半に社会に出た「就職氷河期世代」。その数は1700万〜2000万人に上ると言われ、いまだ不安定な生活を強いられている人は多い。
現役時代が丸ごと「失われた30年」と重なり、会社の倒産や派遣切りなどを経験してきた鈴木さんは語る。「とにかく目の前の生活を楽にしてほしい」。参院選(20日投開票)で各党とも支援策を訴えるが、解決の道はあるのか。
月13万円で生活
やり繰りできない月はスマホを質屋に
リュックを背負い、トートバッグを肩に掛けた鈴木さんはスタッフからレトルトのご飯や野菜、水などが入ったビニール袋を受け取ると、再び列の最後尾に並んだ。だが、到着の遅れが響いて2袋目を受け取ることはできなかった。
それでも、日焼けした顔に笑みがこぼれる。「最近はコメが高くてとても買えない。ありがたい」
2年ほど前、持病のヘルニアが悪化し、手に力が入らなくなって派遣の仕事を辞めた。今は月約13万円の生活保護を受給するが、家賃や光熱費などを差し引くと、手元にはわずかな金額しか残らない。
「業務用スーパーで買った27円の袋麺三つや、88円の食パン1斤で3食をしのぐことはざらです。都内各地で開かれる食料配布にも頻繁に出向いています」 どうしてもやり繰りできない月は、スマートフォンを質屋に持っていき、一時的に7000〜8000円を受け取っている。
就職活動中にバブル崩壊 新卒で入った会社は突然倒産
人口が多い「団塊ジュニア世代」(71〜74年生まれ)より少し上の68年生まれ。経済的に余裕のある両親(いずれも他界)との3人家族で育ち、子どものころは生活に不自由した記憶がない。
高校は大学の付属校だった。エスカレーター式で進学し、大学をストレートで卒業していれば、売り手市場の「バブル入社組」になるはずだった。ところが、大学の倍率が予想以上に高く、2浪の末、89年に別の私立大学に入学した。
入学当初はバブル真っ盛りで、大学構内には採用募集の張り紙が所狭しと並んでいた。
「人手不足だったのか、初任給30万円の企業も結構あった。働き口はいくらでもあると思っていました」
しかし、就職活動を始めたころにバブルが崩壊し、その後10年ほど続く氷河期の入り口に立たされることになった。
文部科学省の学校基本調査によると、4年制大学を卒業した人の就職率はバブルが崩壊した91年(81・3%)から急降下し、00〜05年は50%台に落ち込んだ。
鈴木さんは18社受けて3社から内定をもらったが、いずれも業績悪化を理由に取り消しとなった。慌てて就職活動を再開し、何とか静岡県にある家具輸入商社に正社員として入ったが、その会社も入社3年目に突然倒産した。「多角経営の末、社長が夜逃げしたことは後から知りました」
2社目はリーマン・ショックで閉鎖
数年ごとに変わる職場
それほど間を置かず、知人の紹介で都内の自動車部品工場に正社員として再就職した。
このときは自家用車を持ち、自宅で好きな料理を楽しむなど充実した暮らしぶりだった。
だが、ようやく手に入れた安定した生活も10年ほどで終わりを告げた。リーマン・ショック(08年)の余波を受けて09年に工場が閉鎖され、再び正社員の職を追われた。
その後は派遣会社に登録し、金属加工や衣料品の原料加工などの仕事に就いたが、繁忙期が過ぎたら「派遣切り」に遭うなど、数年ごとに職場が変わった。
持病の悪化で仕事ができなくなるまで、そんな状態が10年余り続いた。「まさか、自分がこんなことになるなんて……。世代が違っていれば、『普通の生活』ができたかもしれないのに、ひどいもんです」
各党が打ち出す氷河期世代対策
「失われた30年」で非正規雇用が急増し、鈴木さんのように長期にわたって不安定な生活を強いられた人は少なくない。さらに、内閣府は19年、40〜64歳でひきこもり状態にある人は推計約61万人に上るとの調査結果を公表した。
そうした現状を受け、政府は氷河期世代を集中的に支援し、20〜22年度(その後24年度まで延長)に正規雇用を30万人増やす目標を掲げて就労支援などに取り組んできた。
一方で、不本意ながら非正規雇用で働く氷河期世代の人は、依然として35万人(24年時点)に上る。家族の介護を担ったり職がなかったりする人も増えており、あと10年もすれば当事者自身が順次、65歳以上の高齢者となる。
そこで、政府は25年4月、氷河期世代の支援策を議論する関係閣僚会議を設置し、6月には従来の就労支援とひきこもり支援に加え、高齢期を見据えた家計改善や住宅確保などにも取り組む「基本的な枠組み」をまとめた。
参院選を前に、野党各党も、新たな家賃補助制度の創設(立憲民主党)、社会保険料の軽減(日本維新の会)、最低保障年金制度の創設(国民民主党)などの支援策を次々と打ち出した。
就労支援なんて今さら
当事者はため息
それでも、鈴木さんの表情はさえない。実現を強く望んだのは、目の前の生活を楽にしてくれる消費税の減税・撤廃だが、与党は公約に盛り込まなかった。
また、将来、氷河期世代以降を中心に3割下がると見込まれる基礎年金の底上げ策を付則に盛り込んだ年金制度改革関連法が6月に成立したが、実施の判断は5年後に先送りされた。
鈴木さんはため息をつく。「正社員で働いた期間が短いので、老後の年金は月5万円ほど。就労支援も今さらです。もはや自助努力ではどうすることもできません」
選挙が終わっても議論を
「ワーキングプアのような働き方をしている人たちや、親の年金を頼りにしている人たちを適切に支援しなければ、将来的に困窮した高齢者が急増し、『社会不安』につながりかねません」
そう指摘するのは、「就職氷河期世代」(24年)の著書がある東京大社会科学研究所の近藤絢子教授(労働経済学)だ。
最近になって氷河期世代への支援策が活発に打ち出されているが、その後の世代も雇用は安定せず、年収が低い状態が続いていたことも近藤教授の研究で明らかになっている。
近藤教授はこう注文を付ける。「客観的なデータに基づき、氷河期世代に限定しないセーフティーネットを設けるべきです。これまでの国の施策は就労支援などが中心でしたが、年金の底上げや住宅確保といった社会保障面の支援を充実させることも喫緊の課題です。選挙が終わってからも、しっかりと議論を続けてほしい」
取材を終えて
両親は他界し、きょうだいも、頼りにできる友人もいない。「親戚はいるけれど、もうずっと会っていない。今さら頼ることなんてできません」
そんな鈴木さんが取材の最後、申し訳なさそうにこう話した。「月末はスマホを質屋に預けることがある。連絡が取りづらくなるかもしれません」
今やインフラの一つとなったスマホがなければ、食料配布の場所や時間が調べられず、外部との連絡も取りづらくなる。一時的とはいえ、それを手放すことは社会とつながる「細い糸」を断ち切ることを意味する。
氷河期世代が注目され、行政は就労支援やひきこもり支援などさまざまなメニューを用意している。だが、支援を受けるには、自ら情報収集し、問い合わせ、場合によっては役所などに出向く必要もある。
そもそも働くことができず、今日明日の生活に困っている鈴木さんのような当事者に、そのような能動的な行動が取れるだろうか。取材を通じて、そんな疑問が浮かんだ。
都庁前の食料配布にやってくる人は、新型コロナウイルスの感染拡大前は100人以下だったが、コロナ後に急増し、物価高が加わった最近は毎週700人前後に上る。
鈴木さん以外にも複数の人に声をかけたが、どこか後ろめたさを抱えている人が多かった。物価高で食べるのに困っているという女性(44)は「並んでいいのでしょうか。申し訳ない気持ちになります」と語った。
困難を抱えている人たちを幅広く支援するにはSOSを待つだけでなく、支援する側がその存在を把握して積極的にアクセスする。そんな仕組みをセットで考えていくことも重要だと実感した。
NPO法人などによる無料の食料配布で、列の後方には都内に住む鈴木孝さん(56)=仮名=の姿があった。数百円の電車代が払えず、1人暮らしの自宅からビニール傘を差し4時間かけて歩いてきた。そのため、到着が配布の直前になったという。鈴木さんは1990年代前半から2000年代前半に社会に出た「就職氷河期世代」。その数は1700万〜2000万人に上ると言われ、いまだ不安定な生活を強いられている人は多い。リュックを背負い、トートバッグを肩に掛けた鈴木さんはスタッフからレトルトのご飯や野菜、水などが入ったビニール袋を受け取ると、再び列の最後尾に並んだ。だが、到着の遅れが響いて2袋目を受け取ることはできなかった。就職氷河期世代の人たちは厳しい状況に置かれている人が多いでしょう。政治家の中には新自由主義的な考えの人が少なくなく、自助、自己責任ということを語って片付けているのではないでしょうか。文部科学省の学校基本調査によると、4年制大学を卒業した人の就職率はバブルが崩壊した91年(81・3%)から急降下し、00〜05年は50%台に落ち込んだ。鈴木さんは18社受けて3社から内定をもらったが、いずれも業績悪化を理由に取り消しとなった。慌てて就職活動を再開し、何とか静岡県にある家具輸入商社に正社員として入ったが、その会社も入社3年目に突然倒産した。「多角経営の末、社長が夜逃げしたことは後から知りました」それほど間を置かず、知人の紹介で都内の自動車部品工場に正社員として再就職した。このときは自家用車を持ち、自宅で好きな料理を楽しむなど充実した暮らしぶりだった。ようやく手に入れた安定した生活も10年ほどで終わりを告げた。リーマン・ショック(08年)の余波を受けて09年に工場が閉鎖され、再び正社員の職を追われた。その後は派遣会社に登録し、金属加工や衣料品の原料加工などの仕事に就いたが、繁忙期が過ぎたら「派遣切り」に遭うなど、数年ごとに職場が変わった。負の連鎖の如く厳しい状況から脱却できずに歳を重ねていくことになったのでしょう。「失われた30年」で非正規雇用が急増し、鈴木さんのように長期にわたって不安定な生活を強いられた人は少なくない。さらに、内閣府は19年、40〜64歳でひきこもり状態にある人は推計約61万人に上るとの調査結果を公表した。そうした現状を受け、政府は氷河期世代を集中的に支援し、20〜22年度(その後24年度まで延長)に正規雇用を30万人増やす目標を掲げて就労支援などに取り組んできた。一方で、不本意ながら非正規雇用で働く氷河期世代の人は、依然として35万人(24年時点)に上る。家族の介護を担ったり職がなかったりする人も増えており、あと10年もすれば当事者自身が順次、65歳以上の高齢者となる。取り残された人になってしまっているのではないでしょうか。「正社員で働いた期間が短いので、老後の年金は月5万円ほど。就労支援も今さらです。もはや自助努力ではどうすることもできません」どうして生活すればいいのでしょうか。「月末はスマホを質屋に預けることがある。連絡が取りづらくなるかもしれません」今やインフラの一つとなったスマホがなければ、食料配布の場所や時間が調べられず、外部との連絡も取りづらくなる。一時的とはいえ、それを手放すことは社会とつながる「細い糸」を断ち切ることを意味する。氷河期世代が注目され、行政は就労支援やひきこもり支援などさまざまなメニューを用意している。だが、支援を受けるには、自ら情報収集し、問い合わせ、場合によっては役所などに出向く必要もある。そもそも働くことができず、今日明日の生活に困っている鈴木さんのような当事者に、そのような能動的な行動が取れるだろうか。明日は我が身という実感のない政治家の人たちには想いを共有することはできないでしょう。都庁前の食料配布にやってくる人は、新型コロナウイルスの感染拡大前は100人以下だったが、コロナ後に急増し、物価高が加わった最近は毎週700人前後に上る。どこか後ろめたさを抱えている人が多かった。物価高で食べるのに困っているという女性(44)は「並んでいいのでしょうか。申し訳ない気持ちになります」困難を抱えている人たちを幅広く支援するにはSOSを待つだけでなく、支援する側がその存在を把握して積極的にアクセスする。そんな仕組みをセットで考えていくことも重要だと実感した。この国は貧しくなったと言いますが、自己責任として片付けてきた政治の責任はないのでしょうか。誰もが幸せに生活できる日本を目指すべきではないでしょうか。厳しい状況に置かれた人たちのことを真剣に受け止める政治が行われることを望んでいる人は少なくないでしょう。



