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選択的別姓、夫婦同姓どちらでも選べる制度にすればいいだけでは[2025年12月02日(Tue)]
 東洋経済ONLINE2025年7月9日付け「作家の桐野夏生氏が喝破「夫婦同姓は理不尽なシステム」、選択的夫婦別姓が実現しないのは「国が家族を規定するという非合理な考えがある」」から、過酷な状況に直面する女性たちの苦悩と怒りを描き、現代社会の不条理と構造問題を浮かび上がらせてきた作家の桐野夏生氏。 代表作の1つ『OUT』では、深夜の弁当工場で働くパート仲間の夫の死体をバラバラにする女性たちを描き、近年は『燕は戻ってこない』で困窮を極める中で代理母の仕事を引き受ける派遣社員、『オパールの炎』では1970年代にピル解禁運動の先頭に立っていた女性と、生殖に関する女性の自己決定権というテーマにも踏み込んでいる。
日本では夫婦同姓が法律で義務付けられている。結婚した夫婦の95%で女性が改姓をしている現状は、社会による女性の抑圧の問題につながっている。選択的夫婦別姓の議論が30年近くも進まないことで、女性を中心に望まない改姓を受け入れざるをえなくさせている社会構造をどう見ているのか、桐野氏に聞いた。
背景に家父長制の残滓  
国会では28年ぶりに選択的夫婦別姓を導入する法案が審議されたものの、結局は採決まで至りませんでした。
 なぜ審議が滞っているのか不思議です。名前が変わるのは人格権の問題で、女性の権利が侵害されているということです。旧姓で働き続けている女性がたくさんいて、不都合なことが起きているのだから、通称使用の拡大でごまかしてはいけないと思います。  
保守系政治団体などが、選択的夫婦別姓が導入されれば古い家族制度が壊れると言って反対していますが、なぜそこまで固執しているのか、こだわりの正体が見えません。その主張の背景には、強固な家父長制の維持があります。でも、家族の形態は今、崩れつつあります。
 夫婦別姓に対するご自身の関心の契機は。  
自分が結婚したときです。50年ほど前のことで、当然のように夫の姓に変えることになりましたが、夫に「(本名の)あなたはいなくなった」と言われて、すごく嫌な気持ちになったのを覚えています。完全に別の家の人間になったように扱われることも嫌でした。  
私の旧姓も、私の母が譲ったからこその姓です。そうやって女たちが譲ってきたのだから、不快だけれども仕方がないのかなという感覚もありました。でも、夫婦同姓は近代に作られた戸籍制度に由来しています。根は家父長制です。
東洋経済読者へのアンケートでも、どちらが改姓するかについて話し合いをせず、女性が改姓したという回答が大多数を占めました。女性からは、受け入れるしかなかったという回答も多くありました(参考記事)。  
受け入れるしかないって嫌な言葉ですね。重い病気とか、受け入れるしかないことは確かにありますが、理不尽なシステムを受け入れる必要はありません。そこは分けて考えるべきです。  
女性たちはもっと主張したほうがいいと思います。「自分だけが名前を変えるのは嫌だ」と。理不尽に対して「なんで私だけが」と敏感になることは重要です。違和感から世界が変わって見えるはずですから。ハラスメントだって、誰も言わないからと思って我慢した人は多かったでしょうが、ようやく時代が変わってきました。
この国は女の人をいろんな風に使ってきた  
選択的夫婦別姓が実現しない社会構造をどう見ますか。  
問題が解決しない大きな要因は、家父長制が色濃く残っていることです。だから、性別役割分担意識も根強い。その根幹は天皇制でしょう。保守的な団体は女性天皇も女系天皇も認めず、男系しか認めていない。  
私が『OUT』を書いたとき、若い編集者に「おばさんにも、それぞれドラマがあるんですね」と言われて驚いたことがあります。結婚したら相手の家に吸い込まれ、ただの主婦で誰かの母親、世間的には名もないおばさんにされてしまう。
 女性は夫ではなく家に嫁ぎ、婚家の構成員になる。そこでは性別役割が重くのしかかり、家事育児介護は女の仕事。さらに今は外で働けと言われる。母親の責任も重いですから、もし子どもに何かあったりすると、母親が罰せられるような風潮がある。父親にも半分責任があるのに、あまり聞かないのはどうしてでしょう。  
今の日本の社会保障制度では、事実婚では子どもをもうけたときの法的保護が届きにくいです。  
絶対不利になっていますね。LGBTQの方もそうでしょうし、多様性と言いながら本当に家の問題はなかなか私たちを解き放ってはくれない。女性の非正規労働も多いし、正規でも給料は男性の7割程度。出世もできない。それが日本社会のシステムになっているので、なかなか壊れません。
主婦が働く場合、家計の補助的労働と考えられてきました。だから非正規が多く、景気の安全弁でした。人が足りなくなったら使われ、十分になれば捨てられます。それは生殖においても同じ。働き手がいなくなれば中絶禁止と言い、余剰すれば中絶を解禁する。この国は女の人を都合よく使ってきました。  
でもそれを突き破る1つの手段が選択的夫婦別姓だと思います。私が生きているうちに変わるのだろうかと心配ですが、そういうところからやっていかないと、日本は人が生きる上で自由に選べる国なんだ、とは思われないでしょうね。
男性たちは下駄を履かされていた  
改姓による負担も、まるで自己責任かのように多くの女性たちに負わされています。
結婚した夫婦の95%で男性の姓になっているということは、男性たちは今まで下駄を履かされていたことに気づいていないということです。(男女不平等をもたらした)システムは社会の責任でも、そのシステムによって得をしていることに気づかずにいることは、その人の責任だと思います。  
男性にも責任があるのだから、女性から「改姓したくない」と話を持ち掛けられたときに、「常識だから」「それが社会だから」と言える時代ではないと。
 そう思い知るべきです。女性はそんな風に言われたら、「ハラスメントだ」「人権侵害だ」「私の母も人権侵害されてきたのだ」と言えばいいのです。  
男性も、なぜこういうことになっているのか、考え、調べないといけないと思います。
なぜ保守系の政治家は、選択的夫婦別姓になったら、「家族の一体感」が損なわれると言っているのだろうと、その理由を考えるべきではないでしょうか。もっと問題を相対化すれば、どこかで自分に必ずつながる問題です。
 どうしたら相対化して姓の問題を考えられるのでしょう。  
想像力と勉強ではないでしょうか。この制度を作ってきた男性たちは、自分の姓が変わるとは端から思っていません。自分がもし女に生まれて、好きな人と結婚するのに名前を変えないといけないとなったら嫌だと思わないか、という発想がまずない。圧倒的に想像力と優しさの不足です。  
別姓を選択できるようにするだけで、同姓を名乗りたい人には不利益がありません。なぜそれでもよその夫婦が別姓を選べるようになることに反対する人たちがいるのでしょう。
国を構成しているのは個人なのに、万世一系ではありませんが、家族単位が国を構成しているという考えがあるのでしょうね。  
企業も以前は家族制度に近いところがありました。社長を頂点としてみんなが滅私奉公。女性社員は奥さん候補で、25歳くらいで寿退社してゆく。今は家族の形態は多様です。だから国が家族を縛ってはいけないのです。  
桐野作品では壊れた家族や夫婦を多く描いてきました。  
『OUT』は、壊れた家族から女の人が飛び出して1人で生きていく話でした。それから30年で日本社会は基本的に変わっていません。女性はどうしても家族制度に組み入れられてしまう。夫婦同姓の問題で揉め抜く夫婦の末路を書いてもいいかもしれないですね。その方がリアルでしょう。DSC00793.JPG

 日本では夫婦同姓が法律で義務付けられている。結婚した夫婦の95%で女性が改姓をしている現状は、社会による女性の抑圧の問題につながっている。選択的夫婦別姓の議論が30年近くも進まないことで、女性を中心に望まない改姓を受け入れざるをえなくさせている社会構造が問題なのではないでしょうか。名前が変わるのは人格権の問題で、女性の権利が侵害されているということです。旧姓で働き続けている女性がたくさんいて、不都合なことが起きているのだから、通称使用の拡大でごまかしてはいけないと思います。保守系政治団体などが、選択的夫婦別姓が導入されれば古い家族制度が壊れると言って反対していますが、なぜそこまで固執しているのか、こだわりの正体が見えません。その主張の背景には、強固な家父長制の維持があります。でも、家族の形態は今、崩れつつあります。古い家族制度が崩れればどんな問題が生じるのでしょうか。それを明らかにしなければならないでしょう。女性たちはもっと主張したほうがいいと思います。「自分だけが名前を変えるのは嫌だ」と。理不尽に対して「なんで私だけが」と敏感になることは重要です。違和感から世界が変わって見えるはずですから。ハラスメントだって、誰も言わないからと思って我慢した人は多かったでしょうが、ようやく時代が変わってきました。問題が解決しない大きな要因は、家父長制が色濃く残っていることです。だから、性別役割分担意識も根強い。その根幹は天皇制でしょう。保守的な団体は女性天皇も女系天皇も認めず、男系しか認めていない。確かに儒教の教えを受けた家父長制が残っていることが強く影響しているのでしょう。女性は夫ではなく家に嫁ぎ、婚家の構成員になる。そこでは性別役割が重くのしかかり、家事育児介護は女の仕事。さらに今は外で働けと言われる。母親の責任も重いですから、もし子どもに何かあったりすると、母親が罰せられるような風潮がある。父親にも半分責任があるのに、あまり聞かないのはどうしてでしょう。改姓による負担も、まるで自己責任かのように多くの女性たちに負わされています。結婚した夫婦の95%で男性の姓になっているということは、男性たちは今まで下駄を履かされていたことに気づいていないということです。システムは社会の責任でも、そのシステムによって得をしていることに気づかずにいることは、その人の責任だと思います。確かに女性がつらい思いをしてさらに負担が多い社会ですね。男性にも責任があるのだから、女性から「改姓したくない」と話を持ち掛けられたときに、「常識だから」「それが社会だから」と言える時代ではないと。そう思い知るべきです。女性はそんな風に言われたら、「ハラスメントだ」「人権侵害だ」「私の母も人権侵害されてきたのだ」と言えばいいのです。女性の立場に立って受け止めることが求められるでしょう。なぜ保守系の政治家は、選択的夫婦別姓になったら、「家族の一体感」が損なわれると言っているのだろうと、その理由を考えるべきではないでしょうか。もっと問題を相対化すれば、どこかで自分に必ずつながる問題です。理由を明確に述べる必要があるでしょう。想像力と勉強ではないでしょうか。この制度を作ってきた男性たちは、自分の姓が変わるとは端から思っていません。自分がもし女に生まれて、好きな人と結婚するのに名前を変えないといけないとなったら嫌だと思わないか、という発想がまずない。圧倒的に想像力と優しさの不足です。国を構成しているのは個人なのに、万世一系ではありませんが、家族単位が国を構成しているという考えがあるのでしょうね。企業も以前は家族制度に近いところがありました。社長を頂点としてみんなが滅私奉公。女性社員は奥さん候補で、25歳くらいで寿退社してゆく。今は家族の形態は多様です。だから国が家族を縛ってはいけないのです。社会が変わっていかなければならないでしょう。真剣に受け止め国民的な議論をする必要があるでしょう。DSC00792.JPG
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