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国民に自分の言葉で説明し、責任を負う姿があるでしょうか[2021年07月16日(Fri)]
 朝日新聞2021年1月19日付け「改めて政治への信頼を問う」から、民主国家における統治は主権者とのコミュニケーションで成り立つ。発信だけでは機能しない。双方向の対話、語る力と聞く耳がなければ指導者への信頼が生まれず、実効ある政策遂行はできない。
 優れた指導者は、科学的な根拠、専門家の知見に基づき政策判断に至ったのか、そのプロセスを国民に自分の言葉で説明し、責任を負う姿をもって示す。おのずと言葉には重みが生まれ、政府と国民の一体感、政策の実効性が担保される。信頼とは政治のインフラ、指導者のアセット(資産)である。
 国民に真摯に向き合わず、助言するものへの聞く耳を持たず、失政を糊塗し自らの決断に責任を負わない指導者に、どうして国民がついていくだろうか。
 中国古代、魯の国の君主に、どうすれば民から信を得られるかと問われた孔子は「行政の長にウソをつかない人を置くことです。そうすれば黙っていても民は信頼するようになります」と答えたという。
 国民は為政者の一挙手一投足を見ている。民心を甘く見てはいけない。035.JPG

 民主国家における統治は主権者とのコミュニケーションで成り立つ。発信だけでは機能しない。双方向の対話、語る力と聞く耳がなければ指導者への信頼が生まれず、実効ある政策遂行はできない。優れた指導者は、科学的な根拠、専門家の知見に基づき政策判断に至ったのか、そのプロセスを国民に自分の言葉で説明し、責任を負う姿をもって示す。国民に真摯に向き合わず、助言するものへの聞く耳を持たず、失政を糊塗し自らの決断に責任を負わない指導者に、どうして国民がついていくだろうか。「行政の長にウソをつかない人を置くことです。そうすれば黙っていても民は信頼するようになります」。その通りではないでしょうか。日本政治はどうでしょうか。行政の長がウソをつかない政治を行っているでしょうか。前政権も現政権も国民の信を得ることができているでしょうか。国民は政治に対して声を上げる時には大きな声を上げる必要があるでしょう。選挙の時には投票に出かけ意思表示することが大事でしょう。政治に関心がないから投票しないとか、おかしいと思っても声を上げなければどうなるのでしょうか。他人事ではなく自分事として考えることが求められているのでしょう。033.JPG
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