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これからはますます人々の連帯と協調が必要になるのでは[2020年10月02日(Fri)]
 朝日新聞「社説」2020年4月27日付け「コロナと貧困 安全網を張り直すとき」から、目を引くのは、書類不備を理由に申請を受け付けないなどの対応を批判し、「法律上認められた保護の申請権が侵害されないことはもとより、侵害していると疑われるような行為も厳に慎むべきである」と、繰り返し指導していることだ。
 かつて保護件数を減らすために、窓口で申請を撃退する「水際作戦」が横行したことを思うと、大きな転換である。
 通知には、車や店舗などの資産があっても申請を認めるよう条件を緩和することや、医療費援助の申し出を電話でできるようにすることも盛り込まれた。
 いま優先すべきは、困窮者に積極的に手を差し伸べ、将来の立ち直りにつなげることだという切迫感がにじむ。
 生活保護の現場では「送り込み」と称して、交通費だけを渡して対象者を管外に追い出す悪弊が、各地で見られた。
 背景に透けて見えるのは、「自己責任」を強調し、保護受給者を「ずるい」「我慢しろ」などバッシングしてきた社会の風潮だ。1部の政治家や著名人もその先頭で旗を振り、対立をあおった。
 コロナ禍が広がるいま、大切なのは人々の連帯と協調だ。
 安全網を再構築し、漏れのないようにしなければならない。社会のありようが試されている。033.JPG

 生活保護を受ける人たちが悪いと疎外されるような社会になってきていないでしょうか。生活に困窮して生活保護を申請する人たちに対して「自己責任」を強調し、保護受給者を「ずるい」「我慢しろ」などバッシングするのはいいのでしょうか。みんながみんな安心して生活できれば問題ありませんが、そうではない人たちがいるのが社会でしょう。国民一人ひとりが基本的な生活を送ることを憲法で保障していることで救われる人がいるのです。生活保護は申請主義で、書類の不備などで申請できないで諦めてしまう人も少なくないのでしょう。それでなくても行政に頼むことは心苦しいと思っている善良な人が多いのではないでしょうか。それでも生活困窮に陥り支援を受けなければ生活ができないという人たちに対しての安全網を再構築して自死に追い込まれないような社会にしなければならないのではないでしょうか。大切なのは人々の連帯と協調なのでしょう。026.JPG
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