「不登校を考える親と市民の会・沖縄」の今後の活動について。[2015年12月22日(Tue)]
<12月の集まりは終了しました。今後の活動について。>
今年もあとわずかになりました。
毎日あれやこれやしていると、時間はあっという間に過ぎていきます。
不登校・ひきこもりで悩んでいる親御さんや当事者の方のための情報発信の場として2013年から始めた「不登校を考える親と市民の会・沖縄」の活動ですが、2015年12月を一区切りとして今後の活動内容を見直す事にしました。
実は5年前くらいからずっと考えていたのですが、「不登校の親の会」として従来通りのやり方をしていく事について、「このままでいいのだろうか」と疑問が出てきたことと、長くひきこもっている方に最近会う機会があり、「親の会って必要なのだろうか?」と思うようになりました。
情報共有の場所として悩んでいる親御さん同士が助け合う場は必要だと思います。
しかし、残念ながら「子ども・若者」の気持ちが置き去りにされがちです。
また、共有される情報も、法的根拠が無いものや非科学的な話になってしまっては意味がありません。
社会が大きく変化しているにも関わらず、親御さんが話される悩みは20年前・30年前と全く変わらないのはどうしてなのだろうかと思います。
今「不登校」をめぐって急激に社会は大きく変わろうとしています。
(新法成立が検討されています。)
それなのに「親の会」が従来通りのやり方でいいのだろうかと思います。
学校・教育委員会等の行政も意識を変える必要がありますが、誰よりも先に親御さんが様々な価値観が存在する事を知って意識を変える必要があるのではないでしょうか。
いつも子どもや若者に対してだけ「意識を変えろ」と言われますが、一番意識を変えなければいけないのは、大人の方だと思います。
そのような訳で、今後はネットを使った情報発信に集中しようと思っています。
これまでの伝え方が不十分だったかもしれません。
うまく伝えられなかった反省をもとに、伝えたい事・伝えなければいけない事がある限りこのブログで情報発信をしていきたいと思っています。
<声の大きい人が発信する情報は、本当に信じていいの?>
新聞やテレビで報道される事を信用される方は多いのかもしれません。
しかし、その情報は本当に信用してもいいものでしょうか?
「不登校・ひきこもり」に関する情報は、あらゆる所で根拠の無い話が堂々と話されて拡散されています。
「不登校・ひきこもり」に関する話は、事実とは違う情報が信じられ、差別・偏見を生んでいます。
特に有名人や有識者と言われる人、医者、行政職員等社会的に地位の高い所にいる方々が話す事は、権威主義の人たち(意識的・無意識的)が簡単に信じてしまいますから、その発言には責任を持っていただきたいと思います。
しかし、現実的には無責任に話される事が多いと感じています。
有名な人が大きな声で話す事が簡単に信じられる社会なのかもしれません。
例えば、不登校の子どもたちの義務教育に関する新しい法律案について、「この法律は良い法律だ」と有名なフリースクールの代表が声高に話し、多くのフリースクール関係者や親の会・経験者等が新法成立に賛同しています。
この新しい法律は、本当に不登校の子どもたちの気持ちを楽にするものでしょうか?
十分な議論も検討もされないまま、大きな声で話す人たちの言っている事をなんとなく信じて賛同する人たちが多いようにみえます。
不登校を経験しながら、自分を否定せず、また周りからも否定されず自分の学びを大切にしながら社会に出ている若者がいます。
不登校を否定する必要が無かったので、不登校にこだわる必要もなく、学校に行き続けた若者と何も変わらず働いています。
不登校を否定されず、「不登校だから」と行動を制限されなかったので、いつまでも「不登校」で悩む事のない若者たちは、わざわざ「自分は不登校でした」と言ってまわりません。
何故なら、自分の不登校経験を話す必要が無いからです。
新聞・テレビ等に出たり公の場で不登校経験を話している方は、いつまでも「不登校」にこだわり、またこだわる必要があるため、不登校で悩んでいる経験を話されるのではないかと思うのです。
不登校にこだわらず学び社会に出て充実した毎日を送っている不登校経験者は自らの経験を話さないので、一般の人の目に入ってくるのは不登校で悩み続けている不登校経験者ばかりになり、一方的な印象になります。
が、見えているものだけが全てではありません。
<相談する前に、まずは情報収集を!!>
多くの場合、親御さんにとっては「ある日突然子どもが不登校になった」状態に見えるようです。
しかし、実際はお子さんが不登校になる前に幾つかの「親が気にしなければいけない事」が起きています。
それは、いじめだけでなく教師による体罰や暴言・管理、学校の雰囲気等子どもたちにとっては辛い経験であり、いつもと違う様子・言動で知らせてくれているのですが、残念ながら忙しく毎日を送っている親御さんにとってはなかなか気づきにくい事だったりします。
そのため、「ある日、突然」という表現になってしまうのです。
子どもが不登校になったその時、まず「どこかに相談しなくては…」と思い、相談先を探されると思うのですが、ここは少し冷静になって、相談先を探す事も含めて情報収集をすることをお勧めします。
「不登校・ひきこもり」に関する情報は両極端なものがあり、根拠の無いものや非科学的なもの、さらに単なる不登校ビジネスで効果が無いものを買わされるという事もあります。
物事には正反対の考え方はつきものですから、両極端なものでも一応どのような考え方があるのかをインターネットで調べてみましょう。
その上で、どれを信じたらいいのか自分で考えましょう。
判断が付かない場合や自分の考えがどうなのかを確認するために、適切だと思われる相談先を探しましょう。
何も知識・情報を持っていない状態で、どこかに相談するのは危険です。
<情報は最新のものを。そして、過去の経験を教訓に。幅広い視野で考えよう。>
「不登校」について、まず確認しなければいけないのは、現在の法律ではどのようになっているかです。
現在の法律では、親御さんが「子どもが不登校をしますが、私が責任を持ちますので、こちらから何か要望するまでは静かに見守っていてください。余計な介入はお断りします。(キリッ」と、学校・教育委員会に言えばいいだけです。
(新しい法律を作る必要はありませんし、わざわざ法律を作って自らを縛るような事はしない方がいいです。)
子どもさんのしたい事や状況に合わせて休んだり学んだりすればいいのです。
しかし、「不登校」を問題だと思い込んでいる大人の方々はしばしば、ありとあらゆることを試してみようとされます。
学校に戻そうとか外に出そうとかすればするほど状況が悪くなる場合は、そこで立ち止まって考えていただきたいと思います。
更に状況を悪くするようなことをし続けるのか、やり方・考え方を変えるのか、さてどちらが長い目でみて子どもさんにとっていいのか。
「子どもが不登校だ」となると、「不登校」の事ばかり考えがちですが、どうしていいかわからない〜と思った時には思い切って「不登校」とは全く関係の無い分野に目を向けるのもいいと思います。
人が悩むポイントやメカニズムは、意外と他の分野にも共通している事があります。
少し、遠くから、或は視点を変えてみる事によって、考えのヒントがあるかもしれません。
また、息抜き・休息の意味でも、全く違う分野の趣味をしてみるというのもお薦めです。
<時代は変わる。でも基本的な事は変わらない。最終的には正直にやっている人が勝つ。>
来年の国会に上程が予定されているらしい義務教育に関する法律(議員立法)がもしできたら、恐らく親御さんがしなければいけない事のハードルがかなり高くなると思います。
この法律を作りたい方たちが何を根拠に「子どもたちが楽になる」と言っているのか、それぞれ各自で検証してみてはいかがでしょうか。
そもそもなぜ子どもたちが学校に行かないのか…、それは学校に問題があるからで、その学校が「子どもたちが行きたいと思える学校」に変わらない限り、不登校は存在し続けます。
子どもたちの気持ちを理解せず大人の理屈だけを子どもたちに押し付けたままでは、子どもたちは学ぶ意欲を失ったままになります。
「不登校とはどういうことか」を初心に帰って考えてみませんか?
不登校は「発達障害だ」とか「精神疾患だ」と決めつけて病院に連れて行ったり、薬を飲ませたりしている事例が多いようです。
不登校だから「発達障害だ・精神疾患だ・起立性調節障害だ」等と短絡的に診断するのは誤診の可能性が高くなります。
今は、それでも問題にならないのかもしれません。
しかし、そのうち厚生労働省が予算削減のために誤診をした病院には予算を配分しないようになる時代が来るかもしれません。
障害者年金についても同じです。
誤診によって手帳を取得した人には、年金が降りなくなる時代が来るかもしれません。
そうなった時に、散々不登校を発達障害や精神疾患とレッテルを貼られた子ども・若者たちはどうなってしまいますか?
誰が、その人生の責任を取ってくれますか?
誰がなんと言おうと、正直にコツコツとやっていく人が最終的に生き残るのではないかと思っています。
そういう社会であってほしいです。
今年もあとわずかになりました。
毎日あれやこれやしていると、時間はあっという間に過ぎていきます。
不登校・ひきこもりで悩んでいる親御さんや当事者の方のための情報発信の場として2013年から始めた「不登校を考える親と市民の会・沖縄」の活動ですが、2015年12月を一区切りとして今後の活動内容を見直す事にしました。
実は5年前くらいからずっと考えていたのですが、「不登校の親の会」として従来通りのやり方をしていく事について、「このままでいいのだろうか」と疑問が出てきたことと、長くひきこもっている方に最近会う機会があり、「親の会って必要なのだろうか?」と思うようになりました。
情報共有の場所として悩んでいる親御さん同士が助け合う場は必要だと思います。
しかし、残念ながら「子ども・若者」の気持ちが置き去りにされがちです。
また、共有される情報も、法的根拠が無いものや非科学的な話になってしまっては意味がありません。
社会が大きく変化しているにも関わらず、親御さんが話される悩みは20年前・30年前と全く変わらないのはどうしてなのだろうかと思います。
今「不登校」をめぐって急激に社会は大きく変わろうとしています。
(新法成立が検討されています。)
それなのに「親の会」が従来通りのやり方でいいのだろうかと思います。
学校・教育委員会等の行政も意識を変える必要がありますが、誰よりも先に親御さんが様々な価値観が存在する事を知って意識を変える必要があるのではないでしょうか。
いつも子どもや若者に対してだけ「意識を変えろ」と言われますが、一番意識を変えなければいけないのは、大人の方だと思います。
そのような訳で、今後はネットを使った情報発信に集中しようと思っています。
これまでの伝え方が不十分だったかもしれません。
うまく伝えられなかった反省をもとに、伝えたい事・伝えなければいけない事がある限りこのブログで情報発信をしていきたいと思っています。
<声の大きい人が発信する情報は、本当に信じていいの?>
新聞やテレビで報道される事を信用される方は多いのかもしれません。
しかし、その情報は本当に信用してもいいものでしょうか?
「不登校・ひきこもり」に関する情報は、あらゆる所で根拠の無い話が堂々と話されて拡散されています。
「不登校・ひきこもり」に関する話は、事実とは違う情報が信じられ、差別・偏見を生んでいます。
特に有名人や有識者と言われる人、医者、行政職員等社会的に地位の高い所にいる方々が話す事は、権威主義の人たち(意識的・無意識的)が簡単に信じてしまいますから、その発言には責任を持っていただきたいと思います。
しかし、現実的には無責任に話される事が多いと感じています。
有名な人が大きな声で話す事が簡単に信じられる社会なのかもしれません。
例えば、不登校の子どもたちの義務教育に関する新しい法律案について、「この法律は良い法律だ」と有名なフリースクールの代表が声高に話し、多くのフリースクール関係者や親の会・経験者等が新法成立に賛同しています。
この新しい法律は、本当に不登校の子どもたちの気持ちを楽にするものでしょうか?
十分な議論も検討もされないまま、大きな声で話す人たちの言っている事をなんとなく信じて賛同する人たちが多いようにみえます。
不登校を経験しながら、自分を否定せず、また周りからも否定されず自分の学びを大切にしながら社会に出ている若者がいます。
不登校を否定する必要が無かったので、不登校にこだわる必要もなく、学校に行き続けた若者と何も変わらず働いています。
不登校を否定されず、「不登校だから」と行動を制限されなかったので、いつまでも「不登校」で悩む事のない若者たちは、わざわざ「自分は不登校でした」と言ってまわりません。
何故なら、自分の不登校経験を話す必要が無いからです。
新聞・テレビ等に出たり公の場で不登校経験を話している方は、いつまでも「不登校」にこだわり、またこだわる必要があるため、不登校で悩んでいる経験を話されるのではないかと思うのです。
不登校にこだわらず学び社会に出て充実した毎日を送っている不登校経験者は自らの経験を話さないので、一般の人の目に入ってくるのは不登校で悩み続けている不登校経験者ばかりになり、一方的な印象になります。
が、見えているものだけが全てではありません。
<相談する前に、まずは情報収集を!!>
多くの場合、親御さんにとっては「ある日突然子どもが不登校になった」状態に見えるようです。
しかし、実際はお子さんが不登校になる前に幾つかの「親が気にしなければいけない事」が起きています。
それは、いじめだけでなく教師による体罰や暴言・管理、学校の雰囲気等子どもたちにとっては辛い経験であり、いつもと違う様子・言動で知らせてくれているのですが、残念ながら忙しく毎日を送っている親御さんにとってはなかなか気づきにくい事だったりします。
そのため、「ある日、突然」という表現になってしまうのです。
子どもが不登校になったその時、まず「どこかに相談しなくては…」と思い、相談先を探されると思うのですが、ここは少し冷静になって、相談先を探す事も含めて情報収集をすることをお勧めします。
「不登校・ひきこもり」に関する情報は両極端なものがあり、根拠の無いものや非科学的なもの、さらに単なる不登校ビジネスで効果が無いものを買わされるという事もあります。
物事には正反対の考え方はつきものですから、両極端なものでも一応どのような考え方があるのかをインターネットで調べてみましょう。
その上で、どれを信じたらいいのか自分で考えましょう。
判断が付かない場合や自分の考えがどうなのかを確認するために、適切だと思われる相談先を探しましょう。
何も知識・情報を持っていない状態で、どこかに相談するのは危険です。
<情報は最新のものを。そして、過去の経験を教訓に。幅広い視野で考えよう。>
「不登校」について、まず確認しなければいけないのは、現在の法律ではどのようになっているかです。
現在の法律では、親御さんが「子どもが不登校をしますが、私が責任を持ちますので、こちらから何か要望するまでは静かに見守っていてください。余計な介入はお断りします。(キリッ」と、学校・教育委員会に言えばいいだけです。
(新しい法律を作る必要はありませんし、わざわざ法律を作って自らを縛るような事はしない方がいいです。)
子どもさんのしたい事や状況に合わせて休んだり学んだりすればいいのです。
しかし、「不登校」を問題だと思い込んでいる大人の方々はしばしば、ありとあらゆることを試してみようとされます。
学校に戻そうとか外に出そうとかすればするほど状況が悪くなる場合は、そこで立ち止まって考えていただきたいと思います。
更に状況を悪くするようなことをし続けるのか、やり方・考え方を変えるのか、さてどちらが長い目でみて子どもさんにとっていいのか。
「子どもが不登校だ」となると、「不登校」の事ばかり考えがちですが、どうしていいかわからない〜と思った時には思い切って「不登校」とは全く関係の無い分野に目を向けるのもいいと思います。
人が悩むポイントやメカニズムは、意外と他の分野にも共通している事があります。
少し、遠くから、或は視点を変えてみる事によって、考えのヒントがあるかもしれません。
また、息抜き・休息の意味でも、全く違う分野の趣味をしてみるというのもお薦めです。
<時代は変わる。でも基本的な事は変わらない。最終的には正直にやっている人が勝つ。>
来年の国会に上程が予定されているらしい義務教育に関する法律(議員立法)がもしできたら、恐らく親御さんがしなければいけない事のハードルがかなり高くなると思います。
この法律を作りたい方たちが何を根拠に「子どもたちが楽になる」と言っているのか、それぞれ各自で検証してみてはいかがでしょうか。
そもそもなぜ子どもたちが学校に行かないのか…、それは学校に問題があるからで、その学校が「子どもたちが行きたいと思える学校」に変わらない限り、不登校は存在し続けます。
子どもたちの気持ちを理解せず大人の理屈だけを子どもたちに押し付けたままでは、子どもたちは学ぶ意欲を失ったままになります。
「不登校とはどういうことか」を初心に帰って考えてみませんか?
不登校は「発達障害だ」とか「精神疾患だ」と決めつけて病院に連れて行ったり、薬を飲ませたりしている事例が多いようです。
不登校だから「発達障害だ・精神疾患だ・起立性調節障害だ」等と短絡的に診断するのは誤診の可能性が高くなります。
今は、それでも問題にならないのかもしれません。
しかし、そのうち厚生労働省が予算削減のために誤診をした病院には予算を配分しないようになる時代が来るかもしれません。
障害者年金についても同じです。
誤診によって手帳を取得した人には、年金が降りなくなる時代が来るかもしれません。
そうなった時に、散々不登校を発達障害や精神疾患とレッテルを貼られた子ども・若者たちはどうなってしまいますか?
誰が、その人生の責任を取ってくれますか?
誰がなんと言おうと、正直にコツコツとやっていく人が最終的に生き残るのではないかと思っています。
そういう社会であってほしいです。



