4月勉強会は終了しました。勉強会のレジュメです。[2015年04月27日(Mon)]
(※ 2015年5月5日追加:記事の中に4月勉強会レジュメの画像を載せました。)
不登校を考える親と市民の会・沖縄の2015年4月勉強会は終了しました。
「不登校」についてのイメージがとんでもないものとして付き過ぎていて、一旦思い込んだイメージを取り外す事は、そう簡単ではないように思います。
情報をどこで得るかによって「不登校」は全く違う印象になるようです。
思い込んだら、やっている事が「不登校をしている子どもたちの人権侵害をしている」という意識が失われ、ひたすら子どもたちを傷つけることを繰り返すのが、今の「不登校支援」という名の「登校支援」です。
さて、「不登校」についてまわる勘違いの一つに「子どもの貧困」と関連付ける話があります。
不登校は、どのような子どもでも、家庭が経済的に裕福でも困窮していても、親が社会的地位があってもなくても、家庭がどのような状態であっても、それらに関係なく子どもたちは不登校をしています。
子どもたちは家を拒否しているのではなく、「学校に行く事」を拒否しているのですから、問題は「学校」の方にあると考えるのが自然な事です。
なので、「不登校」を「子どもの貧困」に結び付けて考える事は、「不登校」への理解がますます遠くなるだけではなく、さらに「不登校」に対する偏見・差別を生む事になります。
テレビや新聞が度々「子どもの貧困」と「不登校」を結び付けた記事や番組を作るのは、視聴率が取れそうだったり、「きっとそうに違いない」と思い込んでいる読者の共感を得やすいからなのではないかと思います。
それは、もはや「ジャーナリズム」とは言えません。
情報を受け取る側がしっかり見極める力を持たなければ、子どもを守れません。
4月の勉強会のレジュメを以下に載せます。
「不登校」って何だろうと考えるヒントにしていただけたらと思います。
(画像の上をクリックすると、画像が大きくなります)
↓




印刷用はこちら↓
不登校を考える親と市民の会・沖縄 2015年4月勉強会レジュメ.pdf
不登校を考える親と市民の会・沖縄の2015年4月勉強会は終了しました。
「不登校」についてのイメージがとんでもないものとして付き過ぎていて、一旦思い込んだイメージを取り外す事は、そう簡単ではないように思います。
情報をどこで得るかによって「不登校」は全く違う印象になるようです。
思い込んだら、やっている事が「不登校をしている子どもたちの人権侵害をしている」という意識が失われ、ひたすら子どもたちを傷つけることを繰り返すのが、今の「不登校支援」という名の「登校支援」です。
さて、「不登校」についてまわる勘違いの一つに「子どもの貧困」と関連付ける話があります。
不登校は、どのような子どもでも、家庭が経済的に裕福でも困窮していても、親が社会的地位があってもなくても、家庭がどのような状態であっても、それらに関係なく子どもたちは不登校をしています。
子どもたちは家を拒否しているのではなく、「学校に行く事」を拒否しているのですから、問題は「学校」の方にあると考えるのが自然な事です。
なので、「不登校」を「子どもの貧困」に結び付けて考える事は、「不登校」への理解がますます遠くなるだけではなく、さらに「不登校」に対する偏見・差別を生む事になります。
テレビや新聞が度々「子どもの貧困」と「不登校」を結び付けた記事や番組を作るのは、視聴率が取れそうだったり、「きっとそうに違いない」と思い込んでいる読者の共感を得やすいからなのではないかと思います。
それは、もはや「ジャーナリズム」とは言えません。
情報を受け取る側がしっかり見極める力を持たなければ、子どもを守れません。
4月の勉強会のレジュメを以下に載せます。
「不登校」って何だろうと考えるヒントにしていただけたらと思います。
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不登校を考える親と市民の会・沖縄 2015年4月勉強会レジュメ.pdf



