2013年10月例会は終了しました。
不登校を考える親と市民の会・沖縄は、自己紹介の時に「不登校の親の会です」と言う事が多いです。
それは「親の会」というとなんとなくわかってもらえるからそう表現しているわけなのですが、ほんとのところは、市民活動団体として活動しています。
ですから、不登校の子どもの親の自助グループだと思われてしまうと、会の活動が理解されない事もあるだろうと思います。
もちろん会の構成メンバーは、子どもが不登校・ひきこもりをしている・していたという経験者が主なので、自分たちの経験をもとに話し合っていると思われるのはある程度当たっています。
でも、不登校を考える親と市民の会・沖縄は、様々な情報をもとに今の子どもたちが置かれている現状を考え、それに伴い親などの大人たちがどうしていけばいいのかを考えて情報発信をしています。
ですから、「不登校」を他の話と切り分けて語る事はしません。
「虐待」・「非行」・「少年犯罪」・「貧困問題」・「就職」・「ブラック企業」・「いじめ」・「体罰」・「地域性」・「発達障害」・「医療の問題」・「行政機関と議会」・「行政の施策」・「法律」・「報道」・「福祉」・「情報公開」・「個人情報保護」などなど、ありとあらゆる事が根底で繋がっていることなので、様々な事に絡めて「不登校」を考えていきます。
報道等で言われる「不登校像」を検証したり、行政の施策の在り方を検証したり、地域性から子どもたちが置かれている状況を考えたり、と他の団体ではあまり取り組まないような問題に取り組んでいます。
そのため、月一回の例会では様々な話が出ますので、単純に「学校に行かない不登校の子どもを学校に行かせるためにはどうしたらいいかを知りたい」と思って例会に参加された方は、「この会は全然関係の無い話をしている。ここでは不登校について知る事ができない」と思われているかもしれません。
一見関係の無いように思える話でも、なぜ子どもたちが学校に行かないのか、なぜ子どもたちの気持ちや意見が国や地方自治体(県市町村)の施策に反映されないのか、なぜ事件は隠蔽されるのか、なぜ子どもたちの人権が無視され母親の育児や家庭の問題にすり替えられるのか等を考える上ではどれも必要な事です。
単純に学校に行く・行かないの話ではなく、一人の子どもについて様々な事が関係して今の状態になっていると考える方が、今ある問題の解決の早道だと考えます。
一度に問題を解決していくというのは、実際問題として難しいです。
ですから、何を優先順位にして、何からやっていけばいいのか、何を大切にしていけばいいのかを、考えるヒントを情報提供するというのが会の主な活動内容と言えるかもしれません。
それから、よく「子どもが不登校になった親御さんから相談があるから、支援したい」という声も聞きます。
その時に相談を受けた人が陥りやすいのが、あくまでも親の相談であって、それは子ども本人の相談ではないにもかかわらず、親の相談=子どもの相談と思い込んでしまうことです。
親の気持ちと子どもの気持ちは違うと思った方が、のちのち間違いが起こらないと思います。
親の気持ちと子どもの気持ちは同じと思いこむと、子どもの本当の気持ちを無視する事になります。
だから、最初から違うものだと考えて、常に「子どもはどのように思っているのだろう。子どもはどうしてほしいのだろう」と子ども目線で考える必要があります。
今一番苦しいのは親じゃありません。
子どもの方です。
誰が一番困っているのか、それは親じゃありません。
子どもの方です。
子どもの権利条約の中に、「子どもの最善の利益」というものがあります。
常に、子どもにとっての最善の利益とは何かを考え、行動していただきたいと思います。
子どもを変えるために親が変わらなければいけないと言われる事も多いですが、子どもを変えようと思って親が変わろうとしても、そんな下心は見抜かれてしまいます。
子どもたちは、気持ちをわかってほしい、自分を理解してほしい、自分を愛してほしいなどなど今の自分をそのまま受けとめてもらうことで、次にすすめるのではないでしょうか。
だから、もっともっと大人たちが考えて今までの行動を振り返って変わっていくのであれば、応援します。
(ただし、子どもたちを次のステップに進めたいという下心を持たないように。)
親御さん自身が置かれている様々な状況が、子どもの行動の原因だと問題をすり替えられる事が多いので、問題を整理して不登校を考えていく事が必要です。
だから、一見関係無い話も重要なキーワードになっている事もあるので、様々な角度から考えていくことが重要だと思います。
頭の中で、「不登校=非行」と考えてしまっている方たちは、まずその思考を変える事からお願いします。
で、こんな事を言うと、不登校を考える親と市民の会・沖縄は、非行行為を行っている子どもたちの事は関係ないから切り捨てるのかと誤解されている方がいらっしゃるかもしれません。
当会では、子どもたちのどんな行動も根底では共通しているものだと考えていますので、不登校の子どもたちも非行行為をしている子どもたちも同じように大切だと思っています。
不登校をしている子どもたちも非行行為をしている子どもたちも、大人から排除され、気持ちを尊重されず、意見を聞いてもらえないという点で共通しています。
様々な状況が、関係性があって、絡み合って現象が起きるので、不登校も非行もその他の子どもたちの行動も切り離して考える事はできません。
当会が、「不登校は非行でありません」と主張するのは、「不登校は非行だ」ととらえる事で「不登校は悪い」ものだと思い込んでしまい、「学ぶ方法が学校以外にもある」という考えが入っていかないのは困るからです。
非行という行為自体は、褒められることではなく、その行為に対する何かしらの責任は求められると思いますが、だからといってその人の人格が否定されたり、必要以上の不利益を被る事はあってはならないと思います。
当会は、どの子どもたちも尊重され、気持ちや意見を大事にされるそんな社会になる事を望んでいます。