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熊野古道と言う集客について [2024年04月07日(Sun)]

少し前に私の補聴器の事で尾鷲市矢の浜の公民館にまりちゃんと行ってきた。業者さんが定期的に来てくれているのだ。補聴器を試すために外を少し歩いて具合を感じてくださいと。
うん。公民館の近くには町中の熊野古道があるのを知っていたからそこを歩く事にした。実はそこは複雑なコースなので、私が以前歩いた時はそこはカットさせてもらっていたのだ。

狭い路地裏と言う感じなんだけど、行ってみてびっくり嬉しい事が。
IMG_0192.jpg

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IMG_0193.jpg


地面アスファルトに熊野古道ルートをペイントで示してくれているんだ。まあやっとここまで進んだか!と本当に嬉しい。
まあこんな狭い空間では素晴らしく有効なペイントだが、広い場所では近くにならないとわからないんだ。
離れていても目視できる道標のありがたみは歩かないとわからない。私には身に染みてわかるんだな(笑)。




私の考えるところでの話しだか、熊野古道ハイクの場合、登山と違う部分を先日気付かされた。わかってはいたが、今回の大辺路でも合点がいく。
私は熊野古道を歩いている時、なにかしら人気(ひとけ)的なものを感じている。そう熊野古道は生活の道でもあったからなのだ。なので石仏や集落、寺等、人間が関わるものが必ず出現する。気持ち悪いと言う話しではないが一人ではないなと言う意識。ある意味アウトドアと言うよりこれが熊野古道と言う巡礼の道と言えるのではないか。

熊野古道の史実を考えると伊勢路は江戸時代、西国巡礼の一番札の那智を目指すための道である事は確かだが、もちろん江戸時代前からも道はあった。しかし、江戸時代以前は庶民なんかが旅をできるはずもなかった。江戸時代になりやっと庶民も旅をできるようになった。でも伊勢路には団体がたくさん来ると言う場面はほぼなかっただろう。それを現代に置き換えて考えてみると、来る人は少なからずとも地域の人の巡礼への暖かい気持ちがあるかないかで、これからの集客が左右されるなと。なので私は世界遺産熊野古道はこの地域には観光と言う意味からもとても大切にするべきだ言っている。ドバーッとした集客にはならずとも、巡礼を迎え入れる気持ちがあれば息長く安定した集客が望めるのではと。巡礼を助ける気持ち。町の行く末もそうだ。それらが開かれれば熊野古道伊勢路は弱い庶民の巡礼が歩いて来た道として素晴らしく見直されるはずだ。また、田丸までは世界遺産の部分を延長することだな。

歩く方向は大切だが、まずは熊野古道に人が来る事が重要課題ではないだろうか。人が来る事で地域の人の気持ちにまず変化が生まれる事に期待したい。
仮に誰も来ないような町になったらどうなる?。真剣に考えたい。まず気持ちが過疎化して行くだろう。また、熊野古道の保全にしても人が来る事で若い人達も保全に力を入れてあげなくては!と思ってくれる事に期待できるのではないか?。

熊野古道大辺路と中辺路の違いを垣間見て気付いた一つ。大辺路のある集落では人を見かけなかった。居ないはずないと思っのだが。まあ私の歩いたタイミングなのだとは思うが、人家は綺麗で立ち並んでいるのだが、生活している様子がないんだ。これみんな空き家かい!?今、私一人かい?と。まるで変な世界に一人迷い込んでしまった感覚に陥る。以前タモリの世にも不思議な…と言う番組あった。どんな表現をしてよいかはわからない。言い方は悪く失礼だが、ある意味とても魅力的にも感じてしまった。とても不思議な感覚。ともかく私の住む集落でもあと20年もしたら同じ状況に近くなるだろう。

中辺路のように歩く人がたくさんなら、宿泊や食品店等も頑張って踏みとどまるだろう。若い人達からビジネスになるなと思ってもらえたなら移住定住も生まれるだろう。そして豊かな自然の中での子育てだ。熊野古道や銚子川の世界で私はそれをつくりたいのだな。

はい。感性はさまざまだが、私は巡礼の道として熊野古道を明るく楽しく歩いてもらえたならと思う。伊勢神宮を後にし、町中を進み、峠を越え、漁村を行き、七里御浜で腹に響くような太古の波の音を聞く。そして一番札所の那智。最大の難所の大雲小雲をやっとこ超えたら熊野本宮だ。二つの聖地を結ぶ歩く旅。
なんか本当に素敵なんだよ。

うん。熊野古道世界遺産20周年を迎える今年。
私はこれまでいったい何をしてきたのだろうか!?と自問自答して自分をせめている自分がいる。統一目印の重要性を福元ひろこさんからお聞きして実行に移したが、消化不良で終わっているな。

今の現状はこれまでの私ども(三重県)を振り返り検証する事が大切だ。どこが良くてどこが悪かったのか?等。まあある意味時間かかれども伊勢路にも人が増えてはくるだろうが。

先日できワクで列車で来る参加者さんの迎え送りをした。見送るにあたり特急の列車を見た。びっくり満席ぐらい人が乗っていた。インバウンドの方々もたくさん。あぁ、この地域を飛び越えてるな!と直感できた。この地域のんびりしてるからな!と。
おめー悔しくないのかよ!!と。

先日、内山ゆきこさんと打ち合わせの中で、こんな事を言う私がいた。私は現役降りたら統一目印を充実させたいよ。熊野古道の保全もやりながらねと。

小山ハウスの森田君とも話しできた。この地の子供に郷土愛が育つようにしたいねと。森田君はすでに実行してる。

うん。私は大辺路を歩きながら杖で石や枝を払いながら歩いていた。ボクが歩く事で保全にちょっと役立てばとね。青岸渡寺の杖だ。バチが当るか?と心配しながら(笑)。


by 理事長
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