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バックパッカーしてました!パート2 [2021年12月04日(Sat)]
丸山千枚田では、ここから一番!と言う眺めを見れずに残念でした。やっぱり下調べが足らない(笑)。

途中でこんな動画も撮りました。

ちょっと最近動画を撮るよう心掛けている私かな。動画は臨場感あるからね。

動画を撮ってたら皆から遅れてしまった。
途中、分岐点に熊野古道を示す石の道標を皆で見たかったのだけど。
その分岐点こそが熊野本宮を目指すための分岐点であるのだ。熊野古道と言うよりはいろんな道がつながっての道となり熊野古道となりで、分岐点の存在は今は点となってしまったり石仏があったりしてる。
もう道は壊されてるから。そのてんやっぱり熊野古道の峠道は昔のままのところがたくさんでしょう。
次の日、みんなで道標見たけど写真撮り忘れてた(笑)。

はい。今回はテントがたくさんだ。
PC011985.jpg

まりちゃんが鍋を作ってくれた。
PC011988.jpg

バックパッカーの私の食事はパンとカップラーメンぐらいだから、なんともゴージャスな夕食となった。



次の日。
本当は向こうの家の前が熊野古道のルートなんやなと。途中までチャレンジしたけど、退却となった。
PC021991.jpg

こんな道もあった。PC021993.jpg
私だけが感動してた(笑)。

この石垣の裏が人家だ。こんな道が残っているとは想定外でビックリ喜んだ私。
PC021994.jpg

またも寸断されながらも生き長らえてる熊野古道を発見。
道標が目立たないね。
PC021995.jpg

その後、余裕なかったので写真がない。
ここが熊野古道かぁ?間違えたかぁ?なんて思って歩いてたら石仏があった。やっぱりここも熊野古道だと感動したね。
PC021998.jpg

はい。やっと現代に。
大切な分岐点に私が着けた赤白の熊野古道伊勢路統一目印の道標だ。
これを見たら今回の熊野古道ハイクは終わりとなる。
PC022000.jpg

あとは板屋九郎兵衛の道の駅に行ってまたも外食。ゴージャスな旅だった。
歩いた時間は三時間だけど長く感じたね。

板屋にまりちゃんが迎えに来てくれて帰宅となった。

本当、今こうやって皆と歩けている自分に感謝したい気持ちでいっぱいだった。
普通にできることができてるのは本当に幸せでラッキーなことでもあると強く思う。

うん。また歩き出そう。15キロのリュックを背負い歩けなくなるまでこんなバックパッカーをしていたいと思う。もう私にはあまり時間が残されてないからな(笑)。

熊野古道伊勢路はすべての人に優しい路であってほしいと思う。バリアフリーも少しだけでも取り入れてもらいたい。また、バックパッカーのような旅人にも優しい路であってほしいと現在はヨッシーと考えている。熊野古道をお金儲けみたいな捉え方はしたくない。バックパッカーは地域にお金は落とすのは少ないとは言えるかもしれないが、地域に大切なものを落としてくれると私は考えている。それが熊野古道伊勢路の本来の姿なのかなと。日本人の精神文化なのではないかと。神々に出会うには道中の支えが必要。四国お遍路では、お遍路さんに手を合わすお年寄りがいると聞く。
心の広さ・豊かさを感じる…。

次は花の窟から神木までかな。歩く順番が逆になりますが(笑)。

by 理事長
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