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那智大社から熊野本宮へ!パート7 [2020年11月13日(Fri)]
江戸川時代の旅人らの歩く凄さに感心させられつつ請川の旧道を歩く。
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私が郷土史研究家の何人かの人から聞いていた事では、熊野古道は直線で通っているのだと。
峠から峠等、地図上で見ると直線でつながるところに道をつけているのだとか。町中等、地形によりそうばかりではないのだが。もちろん道的には曲がっているが、この場所からあの場所までは直線の線を引きそこに道をつけて行ったのだろうと。まあ最短距離を考えていたのだろう。

また、昔がどこまで昔かはさておき、昔は海が内陸部まできていたようで、今の地形で考えたらならぬと言われたことがあった。生活はもちろん道も大切なので、道は比較的高いところにあったようだ。なのでこの請川の地は川沿いだから、昔は現代より高い位置で生活していたのかと思った。なので、前川善太郎らがこの地を訪れた頃は写真のような人家のあったところに熊野古道があったんちゃうかな〜?と私は上を見ながら歩いていた(笑)。

はい。国道沿いにはそんな痕跡が。
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やっぱり今よりは高い位置に熊野古道があった。先の人家よりゆっくり下りながらこの位置に道があったのでは?と、ちゃらんぽらんの私が推測した。
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ひでちゃんがそこを歩くか〜?と言ってくれたけど、かなり繁っていたので首を横に振った私。

距離感はアスファルト道と山中の道とは全く違う。
本宮までなかなか距離はあるのだが、ぐんぐん進んで行く。
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するとビックリ!横を通り過ぎる車の中で、まりちゃんと同じ車がスピードダウンした。
あらま、まりちゃんだった(笑)。大笑いしながら通り過ぎ、私らの前方に止まる。
駆け寄り写真を撮ってくれた。
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ひでちゃん、理事長のお世話大変だったでしょう!お疲れ様でした。ありがとうございました!と。うん大変だったろう。大きな子供のお世話を本当にありがとうございました!です。
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熊野本宮が元あった場所には大木な鳥居がある。もう直ぐ本宮だ。
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いよいよ町中。マスクをつける。
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やっとここまで。
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狛犬君もマスク着用。この案内はとてもよいな。
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登勢まりちゃん、私の杖を横取りしてひでちゃんを追いかけ歩く。なんちゅう罰当り者か!。登勢とは前川善太郎の母親のこと(笑)。
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最後の登り。
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ふりしぼり歩く(笑)。
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着いたー!!。
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はい。二人一緒に聖域へ。
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二人無事手を合わすことができた。
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伊勢からここまで4年かかってしまったようだ。月日の流れは本当に早い。一番怖がっていた二つの山をキャンプインのお客さんでもあるひでちゃんと越えられたのはビックリ本当に嬉しい。よかったら4年前の伊勢の旅立ちからもここで見てもらえたら嬉しい。キャンプイン到着から熊野の大泊までがアップしていないのが申し訳ないのだが。
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はい登勢まりちゃんも二人の無事を…。
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皆様、この度はいろいろ心配お掛けしました。また、応援メッセージをたくさんありがとうございました。

新宮市の観光案内の女性さん、親切に小口自然の家への連絡を本当にありがとうございました。あれでテンション上がった私でした。

小口自然の家の若い男性スタッフさん、電池等いろいろありがとう。
近いうちにお礼に行くからね。

また、飛雪の滝キャンプ場の女性スタッフさん、いろいろ配慮をありがとうございました。嬉しかったです。

小口自然の家での若い女性さん、酔っ払いの私の相手をありがとうございました。また出会えることを楽しみにしております。伊勢路を歩く時があるとしたら是非連絡ください。

ひでちゃんの奥様、先にはmont-bellの素敵キャップをありがとうございました。今回のバックパッカーでは汗が多いので、ハチマキにしてました。キャップは持っていたのでしたが。

まだまだお礼を言いたい出会い等たくさんなのですが申し訳ありませんがこの辺で。

はい。思い起こすと、いつものことながらちゃらんぽらんな私には自分でもビックリしてた(笑)。ひでちゃんには本当にお世話になりました。

このちゃらんぽらんはまだまだ続きます。四年後にくる熊野古道世界遺産20周年に向けて三重県の私としては何かアクションを起こしたいと思います。
そのためには、もう少し和歌山の熊野古道の取り組みや現状を見たいので近々また歩きたいと思ってます。本宮から近露ぐらいまでかな。本当は田辺まで行きたいところ。いや白浜のりゅうちゃんちまでにしようかと(笑)。まあスケジュール次第なのではありますが。お伴はまりちゃんか。

ともかく、私のその気力体力があるうちにと思います。
三重県の熊野古道伊勢路をもっとメジャーにしたい気持ちいっぱいです。そして次の世代が熊野古道に夢を描いてもらえるようにしないと様々な継続がむずかしくなるかと。

前回の新宮市から今回の熊野本宮までの和歌山の範囲から和歌山の取り組みや熊野古道の現状を少し感じることができました。特に和歌山は巡礼と言う雰囲気があるかなと。

三重県の伊勢路は時代背景が違います。私は伊勢路は明るく楽しく歩けました。特に海の存在ですね。熊野市の七里御浜の直線的な浜街道の林の中を歩いている時なんかは地元の人には当たり前の世界でわかりずらいと思いますが、左側には太古からの海の音が聞こえる。右側からは現代の音が聞こえる。不思議な素晴らしい空間と言うか感覚にかられました。うん、おもろい世界やで(笑)。

伊勢路としては、伊勢神宮と言う神様から熊野本宮の神様を結んでいると言うかつながっている道。こんな世界無いで。素晴らしいコースではないでしょうか!。なので三重県としては、歴史的に伊勢から熊野への方向になりますね。江戸時代には伊勢神宮を目指し参拝を済ませたそのコースが盛んになったのですね。時代背景が違うのです。なので参詣道熊野古道は全部一緒と考えない方がよいのかと。また、その時代は熊野本宮を目指して終わりではなく、西国三十三観音巡礼の一番札がある那智の青岸渡寺を目指し本宮に参り、西国三十三寺に向けて歩き出したのです。

いろいろ話が長くなりましたが、四国八十八巡礼の雰囲気も見てみたいので、早いうちにちょっと歩きたいね。



はい。小雲取越では今後の人生を受け入れる気持ちで歩きました。ここは百間ぐら。70歳ぐらいの私か(笑)。
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70歳になっても飛んでいたいね!と。いやこの時は道端で鳥の羽を拾った私で、ひでちゃん〜わしゃ鳥になりたいよ〜ま〜歩きたぁない!飛んで行きたいじょ〜と、手拭いハチマキに鳥の羽を差したのでした。途中ですれ違うハイカーさんらが私を見てぎょっとしてたのはこのせいで、私は羽を差してたのを忘れてたのだ(汗)。いくつになってもアホやね〜わしゃアホで良いわ〜と。恥をすぐに熊野古道沿いに捨てた(笑)。


まるちゃんがねぇ、出発前にこれを聞きながら行っておいでと、永ちゃんのCDをプレゼントしてくれたのだ。
久しぶりの数々の名曲に鳥肌が立った。
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はい。しめは那智のお山で見た夕陽で。
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矢沢永吉の「いつの日か」を聞きながら…。







長いブログにお付き合いありがとうございました。



by 理事長


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