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福元ひろこさんの講演会がありました。 [2014年06月17日(Tue)]
先のブログで、ご案内させていただきました福元ひろこさんの講演会がありました。


たくさんの皆さまにお集まりいただき本当にありがとうございました。

現代の旅人である福元さんのご意見を有効に私どもの活動に活かして行きたいと思った私でした。




はい。手前はちゃあです。ちゃあは福元ひろこさんとは以前から少し友達なのだ。DSC_0164.jpg

はい。まずは主催者を代表しての挨拶です。

講演会進行役をしてくれた、西口ぼっちゃんからマイクを渡され…。
DSC_0167.jpg

いつもはいらんぐらいしゃべる私なのに、こんな時はとても緊張しますねぇ。
気がちっちゃい私なので(笑)。
DSC_0172.jpg

はい。福元ひろこさんです。江戸っ子で、とても素敵な女性さんです。
DSC_0190.jpg

世界遺産10周年に熊野古道伊勢路を見つめなおす!との私らの想いから『熊野古道伊勢路の魅力について』語っていただきました。

ここで私の感じた部分を紹介させていただきます。

福元さんは「歩く旅をする人が増えると平和な世界に近づく」また、「歩く旅は自分にとって本当に大切なものを教えてくれる」と言う素晴らしい想いを込めて活動されております。

私も同感でした!なんでしたが、お話しを聞いてさらに同感しましたね(笑)。

歩く旅に出る前は、歩きながらいろいろ考えようとするらしいですが、いざ歩き出すと難しい事は考えられなくなるようです(笑)。

福元さんが、伊勢から熊野に歩いた時は、とても暑い時期だったので、ほとんど誰も歩いてなかったようです。

伊勢路は、まだまだ歩きやすい路と言えないところで歩いておりますので、本当に今伊勢路を歩いているか?心配になったとの事。

そんな時、小さな看板があるだけで安心できるのだとか。
でも、素晴らしい看板や施設があるよりも、小さくても統一された目印があるべきと。
また、さりげない伊勢路の旅人へのもてなしがあるとよいとおっしゃってました。
もてなしとは、軒下にでも自由に座れるベンチのようなものがあればよいのだとか。
また、人それぞれ歩く距離は違うので、やっぱり泊まる場所が少ないとの事ですね。

会場からは、福元さんの本を読んで歩き出した人が増えている!と、嬉しい意見がたくさん聞こえてきましたね。

そして、伊勢路の魅力はやっぱり『人』なのだとか。

まあ、この地域の人は、かなりお人好し世話好きのところがありますからね。
それが、熊野古道の旅人にならなおさらです(笑)。

はい。私の一方的な想いですが、福元さんとはかなり意見が合うと思った私だったかな(笑)。

私は、以前から言ってますが、伊勢路には無限の可能性があると思っています。

それは一言で言えば、弱い庶民の道だからです。

昔、庶民が旅ができたのは、江戸時代になってからだと聞いております。
それまでは、弱い庶民は旅どころでなかったですね。

弱い庶民と言っても様々です。西国三十三観音様巡りのちゃんとした旅もありますし、死出の旅もあった事でしょう…。
今の時代のようななまっちょろい世の中ではなかったのですね。

それでも旅を続けられたのは、各村々の助けがあったからです。
でも、それは決して暖かいもてなしではなくて、ギリギリの助けであったと事と思います。この地域は貧しいからですね。

でも困っている人をほっとけない性格は、昔も今も同じではないかな(笑)。

弱い者どうし助け合う精神文化とでも言いましょうか…。派手を控え、真面目にコツコツと助け合いながら頑張る姿かな。

はい。私の思う無限の可能性と言うのは、現代の日本人が忘れてはならいそんな大切な心が、伊勢路には昔から今も引き継がれているのではと思っているからなんです。

だからこそ、この路を現代の旅人に歩いてほしいのです。もちろん、歩いてみよう!と言う仕掛けは大切。

とは言え、まだまだ整備も遅れてはいるので、まだ胸を張って歩きましょう!とはよう言わん私(笑)。

そんな中、福元ひろこさんの残してくれた歩く旅の本はとても意義深いと思います。

現代の道中記第一号やね♪。

福元さんの旅は、ハラハラドキドキの旅でしたが、こんな道中記が、さらに第二、第三と増えて行ったら本当にすごいなと思います。

本を出すのは予算のかかる事なので、なかなかできませんが、福元さんの言う通り現代はインターネットがあるからね。

はい。世界遺産より10年が経ちましたが、サンティアゴの道も、ある一人の神父さんが、巡礼道を復活させよう〜としてから、たくさんの人が訪れてくれる今になるまで50年の歳月が流れているとの事。
まだまだこれからやで〜ですが、私はまだ50年も生きておれんでな(笑)。


はい。第二部のご縁づくり交流会では、美し国三重のプロデューサーさんが、福元さんの想い、皆さんの想いをうまく聞き出してくれました。DSC_0233.jpg

はい。滞りなく閉幕し、記念撮影をさせていただきました。
クソガキチビのおとんが、また悪さしてますね(笑)。
DSC_0253.jpg


はい。そんな事を振り返りながら今日ブログを書いておりましたら(月曜日)私の職場になんとびっくり!血だらけの自転車ツーリングの若者が飛び込んできました。

一人旅で県外の男性で、大内山ぐらいで油断しててこけたらしい。

ハンドルがひん曲がりブレーキも壊れてた。

どっかで直してもらえるところはないですか?と聞かれたのだけど、高価な自転車で、曲がったアルミハンドルは力任せに直しすのは無謀だと考え、海山に一軒しかない引本のオリエンタル自転車屋に電話した私。

親方は快く引き受けてくれたので、私らが作った銚子川マップを渡し、行ってこいま〜と傷だらけの若者を送り出した。

本当は、自転車を積みオリエンタルまで連れてってあげようとも頭をよぎったが、私はそうはしなかった。

たぶんそれは男の子だったから。
同じ男として、男たるものメソメソするな〜ガッツだぜ〜と、ライオンのような気持ちがあったからだと思う。

女性なら異性として、守ってあげなくてはと言う気持ちが芽生えてたと思う。

また、私は頭のどっかには過剰な親切にブレーキをかけたのも事実。

その若者が、旅を終え振り返った時に、相棒の自転車が、車に乗せられた事が、どう消化できるかだ…。

自転車乗りには自転車乗りの気持ちがあると思う。
それを直感的に感じた私だった。

私も若い頃はバイクを彼女以上に可愛がっていたからね(笑)。

とは言え本当に送り出してから、仕事に暇をもらい後を追いかけようと思ったぐらいのジレンマの私だった(笑)。

一時間後、腰が抜けた!!。

なんと若者が、薄暗くなる時にもかかわらず、進む方向とは逆の私の職場にわざわざ、直してもらえた〜ありがとうございました〜とお礼を言いに来てくれたのだ。

瞬間、目頭が熱くなった私。よく頑張ったな〜やった!。
最後の見送りには深々と頭を下げた私…。

二度と会うこともないだろう?自転車のガッツな若者に乾杯〜やで〜\(^o^)/。






はい。ともかくなんちゅうタイミングやねん(笑)。

なんだか、福元ひろこさんのパワーが下りてきじょ〜でしたわ。

by 理事長
Posted by ふるさと企画舎 at 14:25 | 理事長 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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