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紀伊路第3弾パート31 [2025年06月06日(Fri)]
来た橋を渡らず。
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こっちの橋を行く。
P4134218.jpg

現在地はここだ。�Aの玉津島神社に向かう。そして、次は�Cの紀州東照宮だ。
昨日は�@から来たんだな!と(笑)
P4134222.jpg

玉津島神社だ。
P4134225.jpg

善太郎らはこの辺りを案内人付けてゆっくり観光巡りしたみたいだな。
これを読みびっくりする。
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ボクの解釈があっているかはわからないが、島が6つ並んでいたと。この玉津島神社も元は島だったようだ。妹背山だけは残したようだ。陸地化と‥‥。人工的変化と。
ボクは言いたい、名勝だろう!なんで壊すの!と。しかしもヘチマもあるかい!と。まあ地震、津波による被害もあった事だろう。様々な理由があるのだろうが、もし、観光地化のための開発ならアウトだな。名勝とは名前ばかりが勝つと言う意味なのかもしれないが、熊野古道でもそうだが、壊すのは簡単だが、過ぎ去った時代はもうもどらんぜよ、戻す事をしたとしても、もう価値が無いじょ!とね。
和歌山はいろいろと壊すのが得意なのか?と。

なんかウンザリウサンクサイ気分となったが、鏡山と言う少しの山に登ってみた。
P4134228.jpg

この景色だ。
P4134231.jpg

左側には妹背山(島)が見える。
P4134230.jpg

名勝が泣いとるな!と。



つづく〜(T_T)

by理事長
紀伊路第3弾パート30 [2025年06月04日(Wed)]
先端が離れて行く不思議な現象の対策法を考えたりしてたな。下を見て歩くだ(笑)。
グーグルマップを見ると今日の歩き出しから先端まで合わせると、なかなか距離があるなと。

おおっ!先端が見えてきた。
P4134199.jpg9

着いた!。
P4134200.jpg

来たからには帰らなくてはならない。
P4134204.jpg

うん。げんなり(笑)。
天気良ければ気分も違うんだれうけど。

戻ると。
P4134213.jpg

片男波に着いた時、なにやらクラッシックカーが走っているな!と思ってたら、戻ると早いっぱいになっていた。フォルクスワーゲンの愛好家らの集まりなのだろう。
お店も出ていて欲しいのも見つけたが、今のボクには買ってもリュックに入りましぇん!で(笑)。
P4134214.jpg

戻る。
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この頃は雨が上がったが、この日は降ったりやんだりを繰り返していたので、なかなかカッパは脱げなかったな。


向こうの右端は妹背山。

つづく〜( ・∇・)

by理事長

紀伊路第3弾パート29 [2025年06月03日(Tue)]
ここだ。
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入り口に有料駐車場あったが、歩くボクには関係なく。こんな時は特典だなと(笑)。
台風とかで時化ると砂が上がってくるような低い地なんだな。
P4134185.jpg5

こんなステージもあった。よく管理されていると思った。
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素敵な空気感だ。この頃になると雨がわずかだったか。
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さていよいよだ。ひたすら歩く。
P4134191.jpg

こんな風景となる。
P4134192.jpg

進んでいるのに先端がどんどん離れて行く錯覚の現象になる。不思議だった。
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紀三井寺もそうだったが、歩き疲れている時に階段でよく歩かされた。なかなか堪える。ここでも気が遠くなるぐらい歩かされたなと(笑)。



つづく〜(>_<)

by理事長


紀伊路第3弾パート28 [2025年05月31日(Sat)]
天気が良くて工事中でなかったら、それはそれは素敵な場所だろう。
橋を渡ってみる事にした。
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うん。読めない。
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なんかすごい地質みたいだ。
善太郎らも見ただろうか!と。
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道中日記には夫婦石と。
伊勢の夫婦岩を想像していた。これだろうか?。
引き潮になると現れるのだろうか?なんて考えていたな。
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次は和歌浦の先端、片男波を目指す。
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後で案内看板を読んでびっくりするのだが、このあたり地形がかなり変わってしまってるようだった。善太郎らが見た景色とは随分違うのだろうと。

この写真はグーグルマップだ。
image0.jpg

右端の小さな島は妹背山だ。それから左の紀州東照宮までの間に6つの山がわかると思うが、それが昔は島だった?と。どんだけ埋め立てたんやねん!だな。




つづく〜( ̄^ ̄)

by理事長
紀伊路第3弾パート27 [2025年05月28日(Wed)]
地獄の閻魔さんと悪魔は全く別物と気付いた夜だった。悪魔は自分でもある。自分の中に悪魔はいる。しかし、閻魔さんは自分ではない。他人だな。そして閻魔さんは慈悲の心があったんだ。
うん?あの声もしかして観音様か?と思ったりするが、観音様はオメーとは言わんやろ!と。
あれはひでちゃんだったか(笑)。
一人感覚が研ぎ澄まされると頭変になってしまうんだ。

うん。神も自分の中にいる。仏は自分ではない感覚を感じる事がこれまで多々あった。

そして、もうバックパッカーを辞めようと。
老いたな、、、。これまでならこんな窮地はワクワクしてたけどな、、、。老いたなと。
今日で終わりだ。丁度ラストだしと、たそがれていたな。

和歌川だ。この地点でちょうど6時。
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帰宅してから気付いたが、紀三井寺から和歌川までは距離はあまり無ったな。でもボクはその時は遠く思った。

和歌川を渡りすぐを左折し、海に着く。
予定通りだ。妹背山もうすぐだ。海は荒れていた。
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着いた!。今ボクは善太郎だなと。そんな気分だった(笑)。ブレた写真で申し訳ない。
P4134168.jpg

妹背山とは陸からちょっと海の先にある小さな島だ。そこに橋を掛けているんだ。
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つづく〜( ´ ▽ ` )

by理事長
紀伊路第3弾パート26 [2025年05月26日(Mon)]
良い子の皆さん、こんな歩き方はしたらあかんぜよ!だな(笑)。


紀三井寺駅に見切りつけ、まずは紀三井寺まで戻る事にした。紀三井寺からは進むルートがわかりやすいためだ。さっきの横浜家系ラーメン屋を横目で見ながら通過する。そこには行列できていた。その人たちとボクは全く違う世界だなと。

もうすぐ雨になるな、浜には屋根は無いな、屋根、屋根、屋根と考えていた。

和歌浦はまだだろうか?夜なのでか全く距離感無し。疲れから無気力で歩いていた。
すると地獄の閻魔様がボクに声をかけてくれたんだ。
これ以上進むな、オメーそろそろ限界やろ、ここで良いやろ!と。

人様からは見えないわずかな空間があった。
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その状況から少しでも気持ちをプラス側に向けたいと、せめてものルールを考えた。
万が一に備え、ペグは打たず、シュラフ、枕、マット無しで寝た。すぐに撤去できるようにだ。

ウトウトし始めた時に雨がきた。
風もあり、よく降り出した。でも選んだ場所はあまり雨が当たらない場所。

寝る時は寒くなかったが、朝方寒くなった。神のダウンパーカ、ダウンパンツを着込む。救われた。

うん。ともかく地獄の気分だった。これ以上は説明できない。

朝は明るくなり始めた時を見計らいすばやく撤収し雨の中歩き出す。

振り返る。
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助かりました。ありがとうございましたと。



つづく〜m(._.)m

by 理事長
紀伊路第3弾パート25 [2025年05月25日(Sun)]
紀三井寺を後にする。目指す方向だな。この後は写真が無い。
きみいでら3.jpg


駅まではもうすぐだし、まずは腹ごしらえしておこう!と食事処を探したらすぐに見つける事ができた。横浜家系ラーメンだったか。横浜だぜ〜と呑気なボクだった。お店はとても繁盛してたな。

さて、地獄の始まりだ!。
暗い知らない街並みをバックパッカーで歩くのは急に心細くなっていた。

紀三井寺駅に着いた。座って寝るためのベンチを探した。願わくば駅舎の中を。
うん!?何処にもベンチなんてない!駅舎もない!あれ?あれ?と駅内を歩き回る。
身体がガタガタときた。不安からだ。

これまで見て来た和歌山のどんな小さな駅でも座って電車を待つ空間ぐらいはあったのだが、紀三井寺はそこそこでかいのにベンチの空間は無い。確かに紀三井寺を含めた周りは昭和を感じる世界は多々あったが、こんな駅は初めてだ。ボクの見落としもあるかもしれないが、ホームにアクリルの小さな待合室はあるだろうと入場券も買ったのだが、何も無かった、、、。

うん。今夜は寝る所ない歩くひとりぼっちのジジイと化した。そして雨予報。
笑うに笑えない。さみしいとか、不安だとか、言ってられない。これが現実だ。どうする!!。頭真っ白になってしまってたな。
まて、焦るな、焦るな、と言い聞かせる。これまでのバックパッカーでも幾度の苦難も乗り越えて来たやろ!と、勇気を奮い起こそうとしたが疲れが邪魔をしていた。

観自在菩薩〜と、冷静になる。ボクの目指す場所は和歌山城だな!と言い聞かせた。今夜は他の駅に行くぐらいなら、目指す方向に行くべしだ、その道中に願わくば何かあるやろ!とわけわからん理屈を考えた。
そうだ、明日一番で行く予定の和歌浦の浜を目指そう!善太郎らがゆっくり回った和歌浦だ!とデカいリュックを背負ったジジイが車がバンバン走る広い道の歩道をトボトボと歩きだしたのだった。

アーメン。




つづく〜(`_´)ゞ

by理事長


紀伊路第3弾パート24 [2025年05月24日(Sat)]
駅に行く前にまずは紀三井寺に行こうと考えた。
駅は紀三井寺の向こうにあるので本来なら行く予定がなかったんだ。この時点で6時半近く。すると、ボクの頭上には不気味な雲がある事に気付く。
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雲は意外と低い。もし雲に薄く赤紫の色なんか付いていたら地震雲だなと思ったが、色は無く。
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しかし不気味だった。もし万が一バックパッカー中に地震でもあったらどうする!?と考えていたな。
山に逃げるしかないな!と。なので山側方向は意識しておこうと。

着いた。紀三井寺だ。
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ボクは紀三井寺はこれで二度目だな。
ブレた写真で申し訳ないが、この階段見て青くなった。
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段数は数えたのだが忘れてしまった。100段ちょっとあったかな。
確か道成寺の階段は60段ぐらいだった。
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西国霊場第二番札所だ。
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うん、いろんな感情を感じるような空気感がそこにはあった。
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これか?
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バカな事言っては叱られるな。

しかしやっぱり、神社と寺では空気感が違うな!と。




つづく〜(゚∀゚)

by理事長

紀伊路第3弾パート23 [2025年05月23日(Fri)]
熊野一の鳥居跡地より、ボクは海を目指す方向に進路を取る。こう言うとかっこいいが、冷や汗タラタラ(笑)。この地点ではまだ方向はイメージできていた。
まずは線路をくぐる。
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そして、ルート135を右折し、橋を渡ればすぐを左折し、NTTを右折したらひたすら真っ直ぐで黒江村だ!と。そこまでは迷わずにいたのだが、黒江村の手前に小さなトンネルがあったのには事前に気づいていなかったため、トンネルにびっくりして迷ったか?と思いトンネルの手前で犬連れの若いご夫婦さんに道を尋ねたボクだった。
すみません〜黒江村ってご存知ですか?なんてバカなように聞いていた(笑)。
今は黒江なんだ。旦那さんはキョトンとして黒江ですね、黒江はトンネル出て左折ですよ!と親切に教えてくれた。
これが地獄への入り口だったか。
ボクがバカなだけ。グーグルマップからは黒江と言う地名は進む右側上方向にあったのだが、トンネルを見落としていたし黒江をご夫婦さんに聞いた時点で方向が抜け落ちてしまったんだ。

黒江塗りか〜頑張ってる町だなぁと時間も忘れ観光客化していたボクだった(笑)。
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すると、何故気付いたか忘れたが、方向間違っているんじゃないか?と。
慌てて携帯を!と言うところだが、ボクはコピーしていた道路マップを見た。それでわからなければ、携帯とボクにはボクのルールを作っていた。本当面倒くさいヤツだ(笑)。
あかん!反対へ向かっとるじょ!と。
その地点で四時を過ぎていた。
 
これは歩く者にはかなりの痛手だった。トンネル出て右折だったのだ。ボクがトンネルの存在と黒江塗りの存在を見落としていたからだ。それにしても黒江村はなかなか広いんだなと。


なんとかここまで来た。
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踏み切りを渡る。この時点で、あぁ今夜は紀三井寺駅駅舎で寝るとするか、、、とあきらめモードとなっていた。
駅舎では寝不足になるけどな!と。




つづく〜( ゚д゚)

by理事長
紀伊路第3弾 パート22 [2025年05月22日(Thu)]
先に見た景色はまさしく目指す方向だが、これからのルート上にある道中日記にも出てくる黒江と言う町は山と山の間を行くので峠越えはなかったのだが、そんな事忘れていたし、目指す和歌山城ははるか彼方にある。
どこを野宿地とするか!なんて考える余裕なく進むしか考えていなかったな。

藤白坂からどんどん下り、町になった地点でまず迎えてくれたのは阪和自動車道の海南インター下のガードだった。くぐる。
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そして善太郎の道中日記に出てくる藤白神社(権現)に入ったのだが、これしか写真は無い。人がたくさんで、圧倒されていたんだな(笑)。
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そして道中日記に出ている鈴木屋敷だ。
P4124129.jpg

何故、善太郎らはこの鈴木屋敷をわざわざ書いたのかはわからない。
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ボクの推測では、西国三十三所二番札の紀三井寺を目前に風光明媚な地に着いたと言うハイな気分になっていたのではないか?と(笑)。
不思議なのは王子社の存在が一度も道中日記には出て来ないのはなぜか?を考える。わからないが、もしかしたら当時は皇族の威厳が入った場所は話題にするべきではないかと考えていたのか?。

その後は旧道をひたすら歩き道中日記にも出ている熊野一の鳥居に着いた。今は跡地と言う事で。
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そう、この鳥居跡地が本来の熊野古道のコースと
和歌山城へ向かうボクのコースとの分岐点なのだ。平安の時代には西国三十三所観音巡礼の紀三井寺はコースではないのだ。
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と言う事で、ここからは何も熊野古道の道標なんか無い。
見放された想い(笑)。
いや、現代の道路標識が道標となる。
はてさてどうなることやら。



つづく〜(°_°)

by理事長
紀伊路第3弾パート21 [2025年05月20日(Tue)]
ブレた写真で申し訳なかった。

現実に戻ろう。
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竹林を通り抜けると素晴らしい展望が。
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先の展望より目線が下がった。それだけ下ったのだなと。
タンカーが止まっている。

この湾は海南の入り口付近かな?和歌浦かな?なんてトンチンカンな事を思っていたな。
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おおっ!車道に出た。
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振り返る。
P4124118.jpg

この地図を見てなるほど!と勝手な推測を始めていた。
熊野古道が2本あるみたいだ。やっぱり道と言うのは時代により、また、災害等により変わったりするものだろうと思ったし。

うえっ!これが海南の町だな。あの山また越えるのか!と。
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これはハンパなく手強いじょ!。
和歌山城まだまだやんけ!と。



つづく〜(°_°)

by理事長
紀伊路第3弾パート20 [2025年05月18日(Sun)]
藤白王子より車道からの下りが素晴らしいかった。車道より崖を下るように熊野古道に突然突入した。
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わずかな距離だが石畳階段が現れた。
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写真ではわかりにくいが、この階段は一枚岩を削っての階段だと思った。

ボクは熊野古道を長く歩いてきていろんな事に気付く事ができたと嬉しく思っている。

熊野古道を歩くと言うと石畳の峠道を想像すると思うが、ボクは石畳道を求めてるものではないな!と言う気持ちに変わっていた。

熊野古道と言う参詣道の世界遺産。その事情には景観(文化的)が大切であると言うのは理解できるが、長く歩いていると景観なんかちっぽけなこだわりだな!と思えてくる。

そう、大切なのは時代や目指す神仏が違うとしても巡礼と言う世界が世界共通ではないかな。

神仏への参詣が許された時代も去る事ながら、庶民と言う存在は高中下に分けて考えたいと思う。ボクの言う庶民とは弱い下の人たち。そりゃお金持ちの商人のような人ならいつの時代も巡礼ができたとは思う。善太郎らもそうだが、お金があるからこそ旅ができたのだ。ましてや権力に物を言わせる巡礼にはボクは興味出ない。
偉い人、偉くない人、巡礼にはそんな事は関係ないな。今の政治家こそ歩いてほしいなと思う時が多々あったな(笑)。

また、地域のもてなしの心等、巡礼を感じ得る熊野古道であってほしいと願う。その魅力があれば人類の世界遺産に本当にふさわしく、世界からたくさんの人が熊野古道に集まる事だろう。
巡礼と言っても明るく楽しく歩いてもらいたいし、もちろん他人さんに迷惑かけないマナーだけは守ってもらいたい。

ボクには、次に出てくる集落の方が楽しかったな。ある意味ボクは巡礼者になった瞬間の気持ちと言うのはそんな時だったなと思う。
峠あり、集落ありをタイミングよく繰り返し歩く事ができるのが熊野古道の魅力だな!と。

紀伊路、石畳道こそわずかだが、熊野古道と言う本質を強く感じることができる道だなと思えた。

江戸時代、五ヶ月にも及ぶ長い旅をした前川善太郎一行。詳しく道中日記を書いてくれた事は本当に素晴らしく、それを無駄にしたくないと思っているし、楽しませてもらっている。感謝。
ボクには善太郎が目指す神仏になってるようだ(笑)。

善太郎の道中日記のこの部分。
image0.jpeg


爪書き地蔵より藤白峠から。大きな石地蔵には気づかなかった。開山の石塔も気づかなかった。それらは見てるのだろうけど、なかなかわからないものだ。

次、筆捨て松、同所に硯の石あり  と。
これだ!。
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善太郎と会えた気がした(笑)。
P4124108.jpg

ここが筆捨て松。松はもう無い。
P4124109.jpg

確か鈴鹿峠にも筆捨てがあったなと。
P4124110.jpg

この場所は昔むかし、大雨により崩れ硯石が流れ見失い、掘り起こしたのだとか。いつの時代も災害はあるものだなと。

ともかく、ボクの頭の中は善太郎に会えた気分で嬉しくこんな世界になっていたな(笑)。
P4124111.jpg



つづく〜(^∇^)

by理事長
紀伊路第3弾パート19 [2025年05月17日(Sat)]
さて、いよいよ藤白王子と言う所で女性二人組とすれ違い振り返る。
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たぶん親子さんだろうか。王子巡りをされているのかな?と。

この貯水池はグーグルマップで確認してた。
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フナがたくさんいた。金魚か?鯉か?も。
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やっと着いた!藤白王子塔下王子?。
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こちらは藤白王子塔下王子跡。
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この違いボクにはわからない。
説明書き読んだらさらにわからない(笑)。
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素晴らしい休憩所があった。
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これは来訪者のためにと言うより催し事のためにあるのかはわからないが。ボクのような者には畏れ多く外から見るだけにした(笑)。

ソメイヨシノが?まだ咲いていた。
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この時点で12時15分。
昼だ。さちこさんのパンを食べた。
P4124103.jpg

このさちこさんのパンには思うところたくさんある。
ボクは最初熊野古道伊勢路を歩き出した時は夜はほとんどカップラーメンとコンビニおにぎりだった。歳を重ね、食べる物が変わっていった。近年はコンビニパンが多かったな。コンビニパンは食べても腹持ち悪いんだ。熊野古道館のさちこさんと出会ってから、さちこさんは手作りのパンをボクに持たせてくれている。いつもではないが本当ありがたい。

ボクにはパン作りの事はよくわからないが、さちこさんのパンは小さくても腹持ちが素晴らしくかさばらず良い。これはボクのようなバックパッカーには本当ピッタリなんだ。また、おにぎりに比べたらパンは温度からも傷みが少ないかな?。なので、インバウンドの人はもちろん、熊野古道館でこのようなパンが手に入るなら凄い重宝されると思うんだ。バックパッカーにはさちこさんのパン!と話題になれば素晴らしいなと。

よく飴やおやつを持つかと思うが、さちこさんのパンなら少しづつかじりながら空腹を満たせるし、主食にもなる。食料が手に入りにくい地域なら本当安心だ。パンは傷みにくいからクーラー持たなくともなんとかなるし。まあビール飲む人にはクーラーは必要だけど、少しでもリュックを軽くしたいから本当さちこさんのパンはありがたいんだ。

うん。そこまでは良かったのだが、いつもながらボクのスケジュール変でないか?とこの地点で気付き始める(笑)。
P4124104.jpg

見えるは海南の入り口だろう。
なんとボクは今回のバックパッカーは全体距離数から一泊でも行けるやろ!ぐらい呑気に考えていたんだな。今頃になって誤算に気付き始めてる。電車に乗ってた時間もあったし。さらに厳しい峠道に時間を取られていた。

ともかく、このまま進めば和歌山市の町中での野宿となる。二泊目野宿地はなんも想定していなかった。ただ、ダウンパンツは持っていたから、悠長に最悪また駅舎だな!ぐらいは頭の片隅にあったのは確かだ。

この藤代での野宿は無いな!前に進むじょ!と山から出ることになる。これが地獄の始まりには全く気付く想定は無かった。






つづく〜(°_°)

by理事長
紀伊路第3弾パート18 [2025年05月16日(Fri)]
先のブログでは山路王子と書いていたが、山路王子神社の間違いである。また、一壷王子とは山路王子神社の場所にあったのだ。写真に一壷王子と見たので、そう書いてしまったが同じ場所である。私には何故同じ場所に王子神社と王子があるのか、何故そうなっているのか、違いがわからない。申し訳ない。





設置物は古くなってこそいるが素晴らしい配慮だ。ゆっくり休憩させてもらった。
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読めるだろうか。
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江戸時代の図絵だ。まさしくこの場所だ。茶屋もあるし、釣りをしてる人もいる。お殿様?の籠も橋を渡ってる。ヤリを持ったような付き人もいるし、善太郎ご一行みたいな旅人もいる。そして説明が平安の話しに逆戻りしている(笑)。

この三界萬霊碑と言うのは寛政五年1793年代だから善太郎らの少し後だな。善太郎らは寛政元年だ。
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後に見えるシルバーのトラックは魚屋さん。まあ車なんて通らない細い旧道だからしばらくそこで営業してたな(笑)。

土橋と言うのはボクにはわからないが、土を乗せていた橋なんだろうな?と。何故土を乗せたかだ。馬やゲタの音がうるさいからだろうか?すべらないようにするためだろうか?。土を乗せたら橋が痛むだろうと。いや、橋が流されないために重くするためだろうか?なんて考えていたな。そんな説明書きをボクは望むな。

さてここからはすごくいっぱい変化のある道だったか。
橋を渡り図絵のような町並みをどんどん上っていった。
目指すは藤白峠?。藤白王子だ。
またみかん山になる。
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広い道になり。道標がしっかりしていて助かる。
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すると。
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こんな道を上がる。
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こんな道にもなり。
P4124081.jpg

道なのか水路なのかわからないような道となる。
P4124082.jpg

こんな所に上がってきた。道標が倒れており直したりしたな。
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またまたこんな所から土道となる。
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するとボクには宝物が落ちていた。
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タマムシの羽だ。まだタマムシ居るんだな!と嬉しくなる。

おおっ!ヤタゲタな道となる。冒険心しかない(笑)。
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やっと出た。文明の道だ。
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やっと集落に着いた。藤白の集落だ。
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つづく〜(^∇^)

by理事長
紀伊路第3弾パート17 [2025年05月13日(Tue)]
さて、一壷王子ではゆっくり休憩した。朝食にとパンも食べたな。その時点で9時半。

歩き出すと。
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国道42号方面でよいのか?迷ったが、道標が無いと言う事は真っ直ぐなんだろうなと進んだ。

すると分かれ道が。
P4124067.jpg

どう見ても左側が旧道だ。道標無いなぁと思っていたら、真ん中のガードレールの角を見逃さないボクだった。
P4124068.jpg

ありがたい。ボクは逆からだと言うのに。意外とこの地域はどちらからにも道標があったかなと。
進んで行く。
P4124069.jpg

道標では本当に勉強になる。ただ和歌山は地域性が多い。活動家さんらの違いなんだろうなと。ガードレールの赤い小さい矢印。なるほどシールね!と。まあ色あせは早いだろうが。
分岐点で自分と逆の方向からの指示だけの場合、ボクは自分の向きを道標の向きに合わせるとわかるな!と考えてる。この場合もボクと反対側から来たと向きを変えると、どの角度から来て見た指示なのかなんとなくわかると言うものだ。
また、この大きさでも歩く人には目に付くんだ。一人たがらこそ気づくのかもしれないが。

風情ある町並みに熊野古道と書いた白いちょうちんがところ所にぶら下がっていた。素晴らしい取り組みだ。
P4124070.jpg

またも分岐点。
P4124071.jpg

皆さんならどちらに行くかな。ボクは迷わず右だな。右側の家にちょうちんがあったからだし、右側が旧道だなと判断した。この広さが当時の熊野古道の道幅だろう。

おおっ!ここだ、ここだ!と喜んだ。
熊野古道土橋跡。
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つづく〜(*゚▽゚*)

by理事長
紀伊路第3弾パート16 [2025年05月12日(Mon)]
記録に残すため、写真見ながらブログ書きながら二度目を歩いているんだな。
ワクワクするんだ。しかし、これからのバックパッカーにテンションは上がらない。そう紀伊路終わってしまったんだな!と、、、。
目的達成するとこれ程淋しいものか(笑)。


どんどん下り、10メートルぐらいの川幅を挟んだ素晴らしい風情の町並みを歩いていた。
写真が無え!!。携帯でも撮っていなかった。
なんとも不思議。あの素晴らしい風情を写してない。川を覗くと魚は見かけなかったな。みかん山からの川なので、消毒が入り生き物にはかなり厳しいのだな。しかし、下流になるにつれタカハヤは確認した。

そうこう歩いて行くと山路王子があった。
しばし休憩〜!。
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枝垂れ桜が満開だった。
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すると、ばあちゃんがやって来た。
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お参りした。
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ばあちゃんは階段を上がらずお参りした。もう足が悪くゆっくり歩いていた。
毎日の事なのだろう。ボクにも動じる事なく、お参りしたらその場から去って行った。ばあちゃんは何か思い詰めたような雰囲気してたんだ。でもボクには素敵な時間だった。繁栄と衰退を感じながらも、王子社が大切にされている紀伊路も世界遺産になってほしいな!と。
本当素朴が一番ボクには感動だ。

すると、土俵があった。
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幼児の泣き相撲行事があるらしい。その時は賑わうんだろうな!と嬉しくなる。
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ボクは階段を上がる事にした。
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右見て〜左見て〜下見て〜。
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いや〜素敵な空間だな〜なんて思っていたら、川辺に何かいる事に気づく。
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ヘビだ!アオダイショウだな。日向ぼっこしてた。
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神様の使いだろう。ボクに会いたかったんだな!と都合良く解釈したな(笑)。
確か、伊勢路の滝原宮でもヘビと出会った事を思い出した。山中で出会ったら飛び上がるだろうが(笑)。




つづく〜( ´ ▽ ` )

by理事長
紀伊路第3弾パート15 [2025年05月11日(Sun)]
するとこんな場所が現れた。もしこの道が石畳道だったらと想像するとワクワクした。
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こんな場所だ。
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大阪夏の陣の時代らしい。なかなか面白い話だった。
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蕪坂王子に着いた。ここにはトイレがあった。
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おお!ここが蕪坂峠か?。
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素晴らしい景色があった。
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なだらかな道を下り続けまた少し上がったりをしたな。
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要注意場所。ここだ。突き当たり右折からすぐを左折。
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すぐ左折場所。
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おお、細い道だ。この先はもしやと期待した。
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土道になったが、石畳道はなかった。
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農道に突然下り振り返る。
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拝ノ峠はイマイチわからなかった。突き当たった場所がそうなのだろう。
あの一番低い所が今来た峠だなと。
蕪坂王子からここまで歩いた道があまり記憶無いんだな。

今度は、町中をゆっくり下っていく。
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素敵な石積み塀にびっくりした。
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先の太刀の宮の石垣とよく似た積み方かなと。
この同じ厚さに石を割るにはなかなか大変な事だろうなと。

素晴らしい門構え。
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下る下る。
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つづく〜( ̄▽ ̄)


by理事長
紀伊路第3弾パート14 [2025年05月09日(Fri)]
あの足を痛みなんやったんやろ??。気分的なものもいろいろ左右するな。人間の身体の不思議さか。

歩き出せばもう足が痛かった事なんかケロッと忘れてた。歩く旅と言うのは先の事が先決で余裕ないと言うか、前に前に考えないとどうしようもない現実がある。特に山中ではもしあのまま歩けなくなると、どうするか?考えただけでも気が滅入る。携帯の電波が繋がらなければ最悪だ。また、まさかタクシーなんか来れるような場所ではないし。軽トラのあのおばちゃんに会えたら荷台に乗せてもらうしかないな(笑)。

登山なら割り切るしかない。歴史街道としての熊野古道には山中あり町中もある。長く歩いていると町中が待ち遠しくなる(笑)。この感覚面白いな。

ともかく、文明から切り離されている感があるのが歩く旅だ。歩くスピードだな。現代人の無力さを感じてしまう。いや、逆にその方が楽しい一面あるな。

実は爪書き地蔵様より、海南手前まであまり記憶が戻らないんだ。写真見るとある意味鮮明に思い出すのだが。気分的にやっぱり余裕なかったのだなと。

こんな山中に生活していたのか?とびっくりした。電気は来てるだろうが水道は無いと思う。道も狭い。
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うん。道は狭くともこの時代のこの車なら大丈夫だな。
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この車の年代でボクは中学生ぐらいからの車だろうか?と思った。3輪ではなく4輪だし。ともかく小さい。

おおっ人家近くなってきたか!?と。
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するとこんなものがありギョッとする。
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たぶんケヤキだろう。かなりの大木だ。長く道行く人を見てきた事だろう。台風かなんかで折れたから伐採したのだろうか?それとも虫が入り枯れてしまったのだろうか?。死んでしまったのかはわからなかった。

うえっ!。瞬間なにかを感じたように撮影した。撮影の角度、トリミングによりまるで髪の長い女性が木に抱きついているようにも見えた。清姫さんか中将姫さんだな!と(笑)。
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今来た道を振り返る。
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人家こそあったが空き家だろう。

紀伊路では同じように歩く人と会ったのはあまり記憶にない。土日なら会うのだろうが。
また、道が狭い山中では家があっても人の生活感がかなり少ない。人がまだ住んでいた賑やかな頃を想像しながら歩いている。




つづく〜( ´∀`)

by理事長


紀伊路第3弾パート13 [2025年05月07日(Wed)]
夜は二度程起きたか。起きても疲れからかすぐまた寝てしまう。
なんか怖いような倉庫も気にはなっていたが、やっと朝を迎える事ができて、テントをさっとたたみ倉庫を横目で見ながら爪書き地蔵様から続く熊野古道まで戻った。
この時点で6時48分。
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不思議な事の始まりだ。
心配していた右足膝裏側の痛みはまだ多少あったが歩くのには心配なさそうで良かった。
ゆっくりアキレスを伸ばす程度でストレッチしていたら、左足膝にドヨンとイヤな痛みがきた。
うん?どうしたん?。あれ、なんか変やじょ!と焦り始める。あかん!これじゃ歩けんやろ!と目の前が真っ暗になる。異様な痛みに座り込む。何か外部からの圧力に思えたな。冷静に冷静にと自分を落ち着かせようとした。最近は落ち着かせるために般若心経をあげたりしてたから、爪書き地蔵様〜助けてれ〜と願いながら立ち上がり膝をさすりながら、観自在菩薩〜行深般若波羅蜜多時〜と般若心経をあげた。
すると摩訶不思議!痛みがす〜と消えた。キツネにつままれた気分とはこの事だろう。あれっ?夢やたんか?なんて気分。 

これは単なる偶然と思ってはいるが、あの異様な痛みは思い出すだけで気持ち悪い。ワサワサワサと触られるようにきた。ズキーンッではないんだ。痛過ぎるような痛みでもないんだが、経験の無い痛みだ。

これまで熊野古道を歩いて来て、不思議な事は何度かあったが、みんななんらかの偶然が重なっただけの事であると考える事にしている。その中で今回の事は、これが事実なんだと言う事だけが事実なんだ。
ただそれだけのこと。別に大したことやおまへん。ただそれだけのこと。なんだけど治って本当に良かった。

もし江戸時代ぐらいの事であればますます神仏の存在を意識する事だろう。昔の人は神仏に対して信じ深いことはこんな事からなんだろうなと感じたボクだった。

爪書き地蔵様ありがとう!と言い、また歩き出せるボクがいた。




つづく〜(^-^)

by理事長
紀伊路第3弾パート12 [2025年05月05日(Mon)]
今日は行ける所まで行こう!。山の中だ、なんとかなるやろ!と勇気をふりしぼっていた。

またまたみかん山の細い車道になり、イヤと言うぐらい急坂道を上がる。するとこの風景が。
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宮原の町だ。左側向こうに見えるのは歩いて来た宮原橋でその向こうが糸我の町だな。

あの山を越えて来たんだな。また山を越えようとしてる。こんな時間にだ(笑)。さっきのおばちゃんもおじちゃんも心配にはなるわな!とバカなボクを痛感してたな。
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本当嬉しい。いろんな道標が励ましてくれた。
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やっと着いた爪かき地蔵。
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ブレた写真で申し訳ないが、ここが善太郎の道中日記に出ているんだ。

デンっと座りしばし休憩。
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祠の裏側はこうなっていてビックリしたな。
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こんな場所にある。
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読めるだろうか説明書き。
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さて、ここからだ。
この翌日不思議な体験?をする。
この時点でちょうど5時。これ以上歩くのはよそうと、リュックを置いたまま周りを偵察することにした。

自然の中では斜面の方向、時間、樹木等によりカラッと明るくしてたり湿気があったりするものだ。ここには小さな谷もあるし樹木茂りちょっとじめっとしていたな。なのであまり好む環境ではなかったが、ちょっと車道を上がると、なんとこんな場所にでかい工場?倉庫?の廃屋?があった。比較的まだ新しいか。
ボクの本能がこれは何かあるな!と判断していた。しかしあまり気持ち悪がらずにしておこうと。すぐそこには立派な爪書き地蔵様もいらっしゃる事だしと。
すると近くにビックリ野宿に適地があった。もう迷わず野宿地とした。
さっとテントを張った。
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この撮影でデータから6時41分だ。ともかく飲んで寝てしまおうと自販機で買っていたビールをがぶ飲みして、さちこさんのパンをゆっくり食べた。

ラジオをつけ、クマ鈴、クマホーン、クマスプレーをパッとわかる所に置いて寝た。すぐに寝てしまう。




つづく〜(°_°)
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