すってんころりんに気を付けながら下っていくとゲストハウスがいっぱいあるのに気付く。

あるゲストハウスにちっちゃい池があったので、何がいるかな〜?とちょっとのぞいたのだ。
そして通り過ぎたら、後ろからお兄さん〜と声がした。
振り返るとおばあちゃんが。
おばあちゃんは、お兄さん泊まるところを探してないかい?と。私に宿の勧誘をしてくれたのだ。
うん。みんな一生懸命生きている!。若いお姉さんではなくおばあちゃんだよ。
私は、おばあちゃんありがとう!でも先を急ぐんだと。
このおばあちゃんの一生懸命さに勇気をもらえた。三重県の伊勢路もこうなってほしい。
ここは高原熊野神社の集落。
ゲストハウスでは、他所から来た人の経営が多いと聞くが、中辺路に人が来るから商売につなげている精神は素晴らしいと思う。そして人が来ることで、寂しい集落に活気に出る。そりゃ生活がおびやかされると言う人もいるだろうが、人が集まると言うのは人類として大切なことではないだろうか。
頑張ろう伊勢路!で。
展望場所や熊野古道客もてなしのお店やトイレもある。本当素晴らしい場所だ。
展望では八経が見えるか?と思ったが、そこまでは見えないらしい。見えてもよい位置関係だと思ったのだが…。

この時期の特権だな。
落ち葉の上をサラサラと気持ち良く歩く。

意外やいっぱい分れ道がある。


森の中は本当に暗かった。

ここまで来た。

確かこの辺りから下り続けた。
ひどい下りだ。八経の下りを思い出していた。逆から来た私も確かにこのぐらいは上がって来たが、暗さもあり足運びにかなり難儀した。
するとこの風景が目に飛び込んできた。

わぁ!これはかなり標高ある、あの富田川まで下らないとならない!と。ちとヤバイなと。明るいうちに車まで着けるか?で。
私の悪い頭でちょっと考えた。中辺路のこのルートはなんのための道なのか!?と。伊勢路のように地元の人でも歩く道ではなくてナンジャラ上皇らが通るためだけに作った道ではないだろうか?と。地元なら富田川沿いに集落あるから、わざわざこんな高い場所を歩く必要はないのではと。そう、先に紹介した尾根筋の細い道では、あれは盛り土して作った道では?。何故?それはナンジャラ上皇らが通りやすくすためにわざわざ作ったのではないやろか?と。
尾根筋だから水を塞き止めることにはならないし。元はナンジャラ上皇のために作った道だとしたらイケズな道やわ。村人らは道に苦しめられたのでは?と。
確かに山のてっぺんは上がるまでは苦労するが、上がってしまえば距離が短く歩けるし、まあ集落の事情もあった事だろう。
ナンジャラ上皇らが歩いた時代は庶民は旅はできなかったんだ。庶民が公に旅をできるようになったのは江戸時代からで、その時にはここを歩いていたのは確かだ。
まあいろいろ真相はわからないが、疑問がいっぱいになった。
ともかく私は庶民を苦しめる権力者はいつの時代も好きではないのだな。
古代語研究者が私に言っていたこと、史実を知れ!勉強せえ!と。研究者の話はここでは言えないこといっぱいだが、一般的に言われている事ばかりでなく本当のことを知りたいなと。
はい。シーシーゼーゼー言いながらここまで来た。

こんな場所や時間でも大学生のサークル?の学生ら10人ぐらいとすれ違う。どこまで?と聞くと高原までと。ゲストハウスに泊まるのだろう。着く頃は暗いのちゃうか〜と私。かなり無茶なスケジュールと思ったが、若いって本当素晴らしい。
人の心配するより自分の心配せえなあかんやろ!と(笑)。
そうなんだ、八経行きでもわかったんだが、私のようなヤセヤセノッポは登山に不向きだと言えるのかと。
カヌーでも一緒だ。カヌーでは身長があり体格がよいと重心が高くなるから横揺れ激しく転覆の可能性が高くなるんだ。
私の場合は急に重いリュックを担ぐから重心が高くなるんだ。まあ足腰が強ければよいだけなんだが、普段の動きが重いリュックのため動きに変化がおこる。なので足に負担がかかる。体力勝負の上りよりも下りの方が辛いんだ。
下りが厳しいからこそ八経では杖が割れてしまったんだ。この下りも厳しいものがあった。
どんどん暗くなり焦りもあったが、ここで怪我でもしたら元もこもないとゆっくり慎重に下った。
こんな所を通り過ぎ。

神様を見た気がした。神様とは素朴なものだと思ってる私。もとは自然崇拝だったからだ。
このお地蔵様は埋まっているのだろうか?かなり小さい。
それとも、こどものお地蔵様だろうか。

胎内くぐりがあるのは知っていた。ここか〜?これはクマさんの穴やろ〜と。

ありましたありました。胎内くぐり。


さすがにもう遊んではいられない。
先を急いだ。
するとこの紅葉が迎えてくれた。

起点だ。

やっと来た、滝尻王子。ここで4時40分。

そう。後日尾鷲市にある熊野古道センターの橋本さんに聞いたのだが、何故ここ滝尻が起点なのかだ?。ここから先は世界遺産ではないからとの事。なるほど、ここから田辺市までのルートはもう道が開発によりアスファルトなんだと聞かされた。しかし、江戸道の潮見峠は世界遺産追加登録したのだとか?。まあ潮見峠も昔の道はちょこっとだけらしいが。また、蟻の熊野詣でと言う場面はナンジャラ上皇らが通る姿なんだと。本当勉強になった。
さて〜今度はどこを歩こうか?。
いろいろ話が長くなり申し訳ありませんでした。
このブログでは、あの時私は何を感じ何を考えていたかを記録するためにも書いてます。
しょーもない事ばかりですが、お付き合いのほどをよろしくお願いできましたら幸いです。
by 理事長