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今日の海の日

海に沈んでいく未来のヨコハマ―マンガ『ヨコハマ買い出し紀行』と変わりゆく海岸線

皆さんこんにちは!
船の科学館に勤める学芸員(ペンネーム:アクエリアス)です。

お盆期間も終わりを迎え、8月も終盤戦となってきました。

皆さんは「海岸線」と聞いて、どのような風景を思い浮かべるでしょうか。
白い砂浜や岩場、船が行き交う港など、場所によってその姿はさまざまです。

地図では、海と陸との境界は一本の線ではっきりと描かれているため、「海岸線はずっと同じ場所にあるもの」と思ってしまいがちですが、長い時間で見てみると、その形は少しずつ変化しています。

絵葉書「(横浜名所) 静々と海の女王出帆の光」.jpg

絵葉書「(横浜名所) 静々と海の女王出帆の光」
寸法:89×139
所蔵:船の科学館

今回は、そんな変わりゆく海岸線について考えるきっかけとなるマンガ、芦奈野ひとし氏作『ヨコハマ買い出し紀行』をご紹介します!

『ヨコハマ買い出し紀行』は、平成6(1994)年から平成18(2006)年まで『月刊アフタヌーン』で連載されたマンガ作品です。

まずは、作品に登場する主な人物を見てみましょう。

■主な登場人物
○初瀬野アルファ(はつせの アルファ)
  本作の主人公である女性型ロボット。
  三浦半島で喫茶店「カフェ・アルファ」を営み、
  旅に出たオーナーの帰りを待ちながら暮らしている。
○鷹津ココネ(たかつ ココネ)
  アルファと同型の女性型ロボット。
  宅配の仕事をしており、アルファと親しく交流するようになる。
○おじいさん
  カフェ・アルファの近くに暮らす老人。
  アルファを気にかけ、日々の暮らしを支える身近な存在。
○タカヒロ
  おじいさんの孫で、アルファとも親しい少年。
  成長していく人間と、歳をとらないロボットとの
  時間の違いを感じさせる人物。

■あらすじ
温暖化と水位の上昇によって、陸地が少しずつ水没しつつある近未来。
三浦半島の海辺にある喫茶店「カフェ・アルファ」では、女性型ロボットの初瀬野アルファが、旅に出たオーナーの帰りを待ちながら暮らしています。
スクーターで買い出しに出かけ、コーヒーを淹れ、近所の人々と交流する日々が、ゆったりとした時間の中で描かれています。
その一方、道路が海へ沈み、かつて陸上にあったものが水中に残されるなど、世界の姿は少しずつ変化しています。
変わりゆく自然と、そこで変わらず日々を営もうとする人々の姿を、穏やかでどこか懐かしい風景とともに描いた作品です。

■海に沈んでいく「いつもの風景」

さて、本作で投稿者が特に気になったのが、物語の背景に描かれる海岸線の変化です。
作品の世界では海面の上昇によって、それまで陸地だった場所へ少しずつ海が入り込んでいます。

しかし、それは突然の大災害として描かれているわけではありません。
昨日と今日ではほとんど変わらなくても、何年、何十年という時間で見ると、いつの間にか景色が変わっている。
この静かな変化が、作品独特の雰囲気をつくっています。

実は現実の海面も、ずっと同じ高さではありません。

気象庁によると、日本沿岸の平均海面水位には1980年代以降、上昇傾向が見られています。
もちろん、『ヨコハマ買い出し紀行』の世界がそのまま現実になるということではありません。
しかし、「もし海の高さが変わったら、私たちの暮らす場所はどうなるのだろう?」と考えるきっかけになる作品ではないでしょうか。

■海岸線を変えるのは海だけではない?

海岸線が変わる理由は、海面の変化だけではありません。
波によって砂が運ばれたり、川から流れてきた土砂が堆積したり、反対に海岸が削られたりすることでも、その形は変わります。

そして、海岸線を大きく変えるもう一つの力が人間の活動です。
『ヨコハマ買い出し紀行』のタイトルにもなっている横浜は、その代表的な場所の一つです。

安政6(1859)年に開港した横浜港では、その後、船舶の大型化や取扱い貨物量の増加に対応するため、本牧ふ頭や大黒ふ頭など、海を埋め立てて新たな土地を造成する大規模な港湾整備も行われました。

こうした港の発展と共に、横浜の海岸線や海辺の景色も大きく姿を変えてきたのです。

つまり作品の世界では、「海」が「陸」へ広がっていく。
一方、現実の横浜では、「陸」が「海」へ広がっていった。

同じ海岸線の変化でも、正反対なのが面白いところですね。

絵葉書「横浜港波止場全景(明治42年当時の大さん橋)」.jpg

絵葉書「横浜港波止場全景(明治42年当時の大さん橋)」
寸法:91×141
所蔵:船の科学館

■海と陸の境界を考える

海面が上昇すれば、陸だった場所が海になる。
人間が埋め立てれば、海だった場所が陸になる。
さらに砂浜では、波や潮の満ち引きによっても海と陸との境目は変化します。

そう考えると海岸線とは、地図に描かれた一本の動かない線ではなく、自然と人間の働きによって変化し続ける場所なのかもしれません。

そして、その変化は人間だけの問題ではありません。
砂浜や干潟、磯、藻場など、海と陸が接する場所には多くの生き物が暮らしています。
海岸線について考えることは、自然環境だけでなく、人間が海とどのように付き合ってきたのかを考えることにもつながります。

皆さんが住んでいる場所も、もしかしたら昔は海だったかもしれません。
100年後には、今とは異なる景色となっているかもしれません。

静かな日常を描いた『ヨコハマ買い出し紀行』ですが、その背景に広がる海に注目すると、海面の変化、海岸地形、埋立、港湾など、さまざまな「海の学び」が隠れている作品でした。

投稿者も、アルファさんのように海辺でコーヒーでも飲みながら、のんびり海を眺めたくなってきました。

今回はここまで!次回をお楽しみに!

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投稿者:アクエリアス カテゴリー:海とマンガ・アニメ コメント:0
【海の学び】石巻市博物館 特別展『石巻化石トラベラー ―太古の海をめぐる― 』は2026年10月18日まで開催

石巻市博物館(宮城県石巻市)では、2026年8月1日から10月18日まで、第16回特別展『石巻化石トラベラー ー太古の海をめぐるー 』を開催しています。
本展では、三陸の海で見つかった魚竜の化石をはじめ、国内外の恐竜や古生物を紹介しています。

特別展『石巻化石トラベラー ー太古の海をめぐるー 』のチラシ

画像提供:石巻市博物館

この特別展は、古生代・中生代・新生代・現代の4つの時代に分けて展示が構成され、時代ごとに参加型の体験展示が設けられています。
石巻の海を舞台に太古へタイムトラベルし、海や陸で暮らしていた各時代の古生物や恐竜を観察することで、太古から現在へと続く三陸の海の豊かさや、その価値を感じられる内容となっています。
また、場内にはパズルやクイズ、化石に触れるなど体験展示が充実し、フォトスポット用のコーナーもあり、お子様との思い出づくりにもおすすめです。

開催期間: 2026年8月1日(土)から 10月18日(日)
※休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
会  場: 石巻市博物館 企画展示室
展示内容: 第1章 古生代
第2章 中生代
第3章 新生代
第4章 現代

第1章「古生代」では、ストロマトライトの標本や、地球上で最初に登場した大型の捕食者であるアノマロカリスのロボット模型が展示され、生命の源は海から始まったことが紹介されています。

アノマロカリスの泳ぎ方

「アノマロカリスの泳ぎ方(ロボット模型)」
画像提供:石巻市博物館

第2章「中生代」では、石巻周辺で発見された海洋生物の化石が展示され、当時の石巻の海が豊かだった様子が紹介されています。
南三陸町から発掘されたウタツサウルスやクダノハマギョリュウなどの魚竜化石、石巻市雄勝町から発掘されたウタツサウルス(当時は「オガツギョリュウ」と呼ばれた)、南三陸町で発見された新種の嚢頭類(のうとうるい)、アンモナイトなど、多様な古生物の存在から、自然環境の豊かさを知り、現在に続く海を守ることの大切さについて思いをめぐらすことができます。
また、海の生き物を題材にした「シルエットめくりクイズ」や「 アンモナイト・フラッシュフォト」「恐竜マグネット骨格パズル」の体験展示も用意されています。

恐竜の骨格マグネットパズル

「恐竜の骨格マグネットパズル」
画像提供:石巻市博物館

第3章「新生代」では、新生代のクジラと大型動物をテーマに、世界で東京都昭島市でしか発見されていないアキシマクジラの化石複製と現代のクジラの骨格標本が比較展示されています。
また、メガファウナと呼ばれる大型動物に関しては、パレオパラドキシア・ダイアウルフ・スミロドン・パラミロドンの生態復元模型のほか、実物の歯の化石に触れるコーナーもあります。

アキシマクジラの展示

「アキシマクジラの展示」
画像提供:石巻市博物館

第4章「現代」では、三陸海岸における化石調査の最前線が紹介されています。南三陸町から発掘された日本最古のエビ類の化石、世界最古のべレムナイトの化石など、「新種」や「最古」といったキーワードがちりばめられています。
場内には化石発掘現場を再現した体験コーナーが設けられ、本物のアンモナイトの発掘体験を楽しむことができます。

親子アンモナイト発掘

「親子で楽しめるアンモナイト発掘体験コーナー 」
画像提供:石巻市博物館

そのほか、関連イベントも用意されています。

講演会 内容:「恐竜博士が語る!読み解け、恐竜時代の海と陸」
講師:筑波大学生命環境系 准教授 田中 康平 氏
日時:2026年9月5日(土)13時30分〜15時30分
場所:マルホンまきあーとテラス 小ホール
定員:300名(先着順)
費用:無料
申込:ホームページから事前予約。8月31日締切り
ワークショップ 内容:「ホネからみる石巻の動物」
日時:2026年8月9日(日)  ※終了
ワークショップ 内容:「多様性からみるベントス(底生生物)の世界」
講師:石巻専修大学 理工学部生物科学科 海洋ベントス学研究室
阿部博和 准教授と学生
日時:2026年8月22日(土)10時〜15時
場所:マルホンまきあーとテラス 市民ギャラリー
定員:開催時間内に自由参加
費用:無料
イベント 内容:日本遺産みちのくGOLD浪漫関連イベント「砂金採りゲーム」
講師:天平ろまん館 大崎敬明 氏(世界砂金掘り大会ジュニア部門チャンピオン)
日時:2026年9月13日(日)・20日(日)10時〜12時・13時〜15時
場所:マルホンまきあーとテラス アトリエ
定員:開催時間内に自由参加
費用:700円
その他:砂金はお持ち帰りできません。
連携展示 場所:石巻市図書館本館2階 展示室
内容:「めざせ!恐竜博士 はじまりは石巻の海」
会期:2026年7月28日(火)〜10月18日(日)

ワークショップの様子

「石巻専修大学動物生態学研究室によるワークショップの様子」
画像提供:石巻市博物館

夏休みから秋にかけて開催される本特別展では、見るだけでなく体験しながら太古の海や生きものについて学ぶことができます。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

船の科学館では、2015年度から全国の博物館・美術館・水族館等が行う「海の学び」の活動を支援しています。

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投稿者:メル カテゴリー:海の博物館活動 コメント:0
初代南極観測船「宗谷」で出会える青い鳥「イソヒヨドリ」を知っていますか?

初代南極観測船「宗谷」では、ときどき鮮やかな青い鳥を見かけることがあります。
その鳥の名前は「磯鵯(イソヒヨドリ)」。名前に「磯」とあるとおり、もともとは海岸の磯や崖などを好む鳥ですが、近年は市街地でもその姿が見られるようになりました。

宗谷とイソヒヨドリ1.jpg

「宗谷で羽根を休めるイソヒヨドリ(オス)」
撮影:船の科学館

イソヒヨドリは、スズメ目ヒタキ科の鳥で、俳句では夏全体を表す「三夏」の季語とされていますが、実際は年間を通して同じ場所で暮らす留鳥で、日本全国の広い範囲に分布しています。

全長は25cmほどで、雌(メス)は全身が褐色ですが、雄(オス)は頭部から背中にかけて鮮やかな青色をしており、その美しい姿から「幸せを運ぶ青い鳥」を連想する人もいらっしゃるかもしれません。

宗谷とイソヒヨドリ2.jpg

「宗谷で羽根を休めるイソヒヨドリ(オス)」
撮影:船の科学館

宗谷スタッフの話では、「宗谷」を訪れるのは1組のつがいで、オスのお腹のオレンジ色が「宗谷」とお揃いなので、スタッフの間では親しまれており、「ピーちゃん」と呼ばれています。
縄張り意識が強く、他の鳥を追い回す姿もたびたび見られますが、「ピーちゃん」は愛嬌があり、寄ってくるようなそぶりも見せてくれるそうです。

イソヒヨドリ.jpg

「イソヒヨドリ(オス)」
出典:写真AC

イソヒヨドリのさえずりは、「ツツピーコー」と聞こえるような、澄んだよく通る声なので、すぐに見つけられると思います。
初代南極観測船「宗谷」にお越しの際は、少しだけ立ち止まって、耳を澄ませて「幸せを運ぶ青い鳥」を探してみてください。

70周年企画_横長バナー.jpg

初代南極観測船「宗谷」では、8月30日(日)まで「南極観測70周年 特別企画」(参加費無料)を開催しています!
夏休み最後のお出かけにいかがでしょうか。

皆さまのご乗船・ご来場をお待ちしております。

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投稿者:メル カテゴリー:自然 コメント:0
複雑な経歴をたどった貨客船「敦賀丸」の前身は、慶応2年8月16日に江戸幕府が購入!? 

日本の沿岸に汽船の定期航路が設けられたのは、慶応2(1866)年から翌年にかけて、江戸幕府の運送船「奇捷丸(きしょうまる)」(鉄製・517総トン)が江戸〜大阪間を数回往復したのが、最初であるとされています。

実は、この「奇捷丸」が、後に貨客船「敦賀丸」として知られる船の前身でした。 幕府が海軍力を強化するために慶応2(1866)年8月16日に購入した外国製蒸気船でしたが、その後、船主・船名が変わり、明治7(1874)年には「敦賀丸」となりました。
今日のブログでは、複雑な経歴をたどった貨客船「敦賀丸」について見ていきましょう。

敦賀丸(セピア).jpg

絵画「敦賀丸」
作:山高五郎
寸法:153×250
所蔵:船の科学館

本船の前身は、元治元(1864)年にイギリスの造船所で竣工した貨客船で、慶応2(1866)年8月16日に幕府が購入して「鵬丸」と改名し、同年11月19日に「奇捷丸」と改名されました。

明治元(1868)年に静岡藩の所有となりましたが、明治3(1870)年には北ドイツの船会社に売却され、「TA PANG NYO」と改名されました。さらに同年、アメリカの船会社に転売され、「 LUZON 」と改名されています。
その後、明治7(1874)年の台湾征討に際して、明治政府が110,000ドルで買い戻し、「敦賀丸」と改名されました。

明治8(1875)年以降は郵便汽船会社(後に日本郵船)の所有となりましたが、明治27(1894)年には陸軍に徴用されて兵員等の輸送任務に就き、個人所有を経て、大正4(1915)年に北洋商船の所有になりました。

上の絵画の左下には「敦賀丸 ex. TA PANG NYO, LUZON S.S.TSURUGA MARU(北洋商船所属当時の写真による)」と書き込まれています。前身となった外国船時代の船名まで書き添えられていることから、山高五郎がこの船の複雑な船歴を重視していたことがうかがえます。

敦賀丸.jpg

絵画「S.S.TSURUGA-MARU」
作:山高五郎
寸法:174×247
所蔵:船の科学館

貨客船「敦賀丸」の概要

総トン数 1,006.13トン
純トン数 736トン
垂線間長 67.66メートル
型幅 8.83メートル
型深 6.72メートル
主機 三連成レシプロ機関×1基
出力 330馬力(連続最大)
速力 11.5ノット(試運転最大)、9.0ノット(満載航海)
旅客定員 428名(2等74名、3等354名)

大正9(1920)年には鉄道省に傭船され、青函連絡航路に就航しましたが、昭和に入ると個人所有となり、昭和6(1931)年には中華民国に売却されています。
その後も長く使用され、約90年にわたって世界の海で活躍した長命船でした。

幕末から昭和まで、国や船主、船名を幾度も変えながら激動の時代を生き抜いた「敦賀丸」。その数奇な船歴は、幕末から近代日本への歩みを映し出していると言えるでしょう。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0

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