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今日の海の日

日本マンガ学会第25回大会に出席してきました!

皆さんこんにちは!
船の科学館に勤める学芸員(ペンネーム:アクエリアス)です。

6月も終わりを迎えましたが、梅雨らしい空模様の日が続いていますね。

さて今回は、先日6月20日(土)・21日(日)に開催された第25回日本マンガ学会の後日レポートです。

日本マンガ学会は、マンガやその周辺文化について研究する学会で、今年は設立25周年という節目の大会でした。
会場は学習院大学目白キャンパスで、6月20日(土)に研究発表・総会、21日(日)にシンポジウムが行われました。

日本マンガ学会第25回大会チラシ表.jpg 日本マンガ学会第25回大会チラシ裏.jpg

日本マンガ学会第25回大会 チラシ
引用:日本マンガ学会

「マンガ学会」と聞くと、少し意外に感じる方もいるかもしれません。
しかし会場では、作品研究にとどまらず、歴史、表現、教育、翻訳、ジェンダー、地域文化など、実に幅広い視点からマンガについて議論が行われていました

投稿者も、普段「海とマンガ・アニメ」というテーマで記事を書いている身として、大変興味深く参加してきました。

マンガ学習シリーズでおなじみ『マンガの認知科学』の翻訳者・中澤潤様にもお会いすることができ、とても貴重なお話を伺うことができました!

そんな今回の大会で印象に残ったのは、マンガが単なる娯楽にとどまらず、社会や文化を考えるための大切な資料にもなっているという点です。

たとえば、ある時代に描かれたマンガを読むことで、その時代の人々がどのような価値観を持ち、何に関心を寄せていたのかを知ることができます。
また、作品の舞台となった地域や、そこに描かれる風景・生活文化を手がかりに、土地の歴史や人々の営みへと関心が広がっていくこともあります。

これは、海や船をテーマにしたマンガ・アニメにも通じるものがありますね。
投稿者自身も、作品を入口にして実物資料や歴史へと関心が広がっていく瞬間がとても好きです。

今回の学会で一番印象に残ったのは、1日目に行われた「マンガを活用した伝統文化理解の促進―日本刀文化における解説マンガの導入とその効果」という研究発表です。

■発表テーマ
マンガを活用した伝統文化理解の促進
 ―日本刀文化における解説マンガの導入とその効果

■発表者
都留文科大学大学院 早野慎吾氏
マンガ家      かまたきみこ氏

■発表概要
全国刀剣商業協同組合が発行する『やさしいかたな 刀に関する法律のQ&A』を題材に、伝統文化の普及における解説マンガの役割を検証した研究です。
引っ越しや遺品整理の際に刀が発見されるケースが増加していますが、その登録手続きは一般にあまり知られていないのが現状です。
近年の刀剣ブームや愛好者層の変化を受け、マンガ『KATANA』の作者・かまたきみこ氏による導入マンガを採用し、行政手続きを分かりやすく伝えるだけでなく、伝統文化への理解と普及を促す媒体へと発展した経緯が紹介されました。

発表では、このような「解説マンガ」は、物語を楽しむためだけではなく、複雑な制度や専門知識を分かりやすく伝える媒体としても大きな可能性を持っていることが示されました。
マンガを活用することで、法律や伝統文化への心理的なハードルを下げるだけでなく、日本刀文化への理解や普及にもつながっているという点が大変興味深く感じられました。

本ブログ「今日の海の日」も、「海」について皆さんと一緒に考えていきたいという想いから、日々海にまつわる情報発信をおこなっています。

学会に参加しながら、博物館資料とマンガ・アニメは一見すると遠いようでいて、どちらも「知る楽しさ」へつながる大切な存在なのだと改めて感じました。

特に今回は、日本マンガ学会設立25周年という節目の大会でもあり、マンガ研究がこれまで積み重ねてきた歩みと、これからの可能性について考える機会となりました。

海とマンガ・アニメの関係についても、まだまだ掘り下げてみたいテーマがたくさんあります。
今後も本ブログでは、作品紹介や訪問レポートを通じて、海や船の魅力を少しでも楽しくお伝えしていきたいと思います。

今回はここまで!次回をお楽しみに!

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投稿者:アクエリアス カテゴリー:海とマンガ・アニメ コメント:0
灯台の役割を果たした九段の「高燈籠(常燈明台)」 は、明治2年6月29日に創建された「東京招魂社」の常夜灯!?

明治2(1869)年6月29日に創建された「靖国神社」(東京都千代田区)は、前身は「東京招魂社」と言い、明治天皇の思し召しによって、国家のために犠牲となった人々の御霊が祀られています。

そして、現在、九段坂公園内にある「高燈籠(常燈明台)」は、明治4(1871)年に靖国神社正面の常夜灯として、東京招魂社に祀られた御霊のために建設されたと言われています。
当時の九段坂は見晴らしが良く、遠く房総半島からも高燈籠の灯りが見えたそうで、品川沖を行き交う船の目印として、高燈籠は灯台の役割を果たしていました。

この「高燈籠(常燈明台)」は、明治初期の和洋折衷なデザインが特徴的で、明治・大正期の錦絵や絵画に描かれています。

錦絵招魂社高燈龍之図.jpg

錦絵「東京名勝図会 招魂社高燈龍之図」
作:歌川広重(三代)
寸法:370×250
所蔵:船の科学館

高燈籠(常燈明台)の高さは約17メートルで、下部には自然石が袴腰の形に積まれています。
その上には、レンガ型の切石が積まれた灯塔・ガラスの塔室・屋根が八角円筒で築かれ、屋根の上には東西南北の標識がついた風向計が設置されています。このガラスの塔室の中に、灯器が備えられていました。

「光線画」で知られる木版浮世絵師 小林清親の錦絵には、九段坂上から東の方向を見下ろした夜景が描かれています。

錦絵九段坂五月夜.jpg

錦絵「九段坂五月夜」
作:小林清親
寸法:235×356
所蔵:船の科学館

現在の「高燈籠(常燈明台)」は、道路の改修に伴い昭和5(1930)年に道路反対側に移設されていますが、平成元(1989)年には、老朽化に伴う復元整備が行われ、往時の姿を見ることができます。

千代田区 常燈明台.jpg

写真「九段の高燈籠(常燈明台)」
出典:写真AC

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投稿者:メル カテゴリー:灯台・建築物 コメント:0
日本のエネルギー安全保障を支えた超大型オイルタンカー「日精丸」は、昭和50年6月26日に竣工

現在、中東地域をめぐる情勢の変化により、原油輸送を支える海上輸送の役割が改めて認識されています。原油の多くを中東地域から輸入している日本では、エネルギー安全保障への関心も高まっています。

そして、原油の安定供給を維持するためには、安全かつ大量に輸送するオイルタンカーの存在が欠かせません。
今日のブログでは、高度経済成長期の日本のエネルギー供給を支え続けた超大型オイルタンカー「日精丸」をみていきましょう。

大型タンカー日精丸.jpg

絵画「大型タンカー 日精丸」
作:野上隼夫
寸法:93×217
所蔵:船の科学館

さて、オイルタンカーに関わる世界的な出来事が、半世紀前にも起こっていました。

昭和31(1956)年、第2次中東戦争(スエズ危機)では、エジプトがスエズ運河の国有化を宣言をきっかけに、スエズ運河が閉鎖されました。これにより、各国のタンカーは喜望峰周りの長距離ルートを航行せざるを得なくなり、輸送効率向上のためタンカーの大型化が進みました。
その結果、後に20万重量トンを超えるVLCC(Very Large Crude Carrier)や、30万重量トン超えのULCC(Ultra Large Crude Carrier )と呼ばれる超大型タンカーが登場します。

その頃の日本は、高度経済成長による石油需要の急増を背景にオイルタンカーの大型化が進み、昭和37(1962)年には当時世界最大の「日章丸」(132,332重量トン)、昭和41(1966)年には世界初のVLCC「出光丸」(209,302重量トン)、そして昭和50(1975)年6月26日には、載貨重量48万トンを超える当時世界最大級のULCC「日精丸」が竣工しました。

船舶模型「日精丸」.jpg

船舶模型「オイルタンカー 日精丸」(1/500)
寸法:1115×215×169
所蔵:船の科学館

オイルタンカー「日精丸」の概要

総トン数 238,517トン
載貨重量 484,337重量トン
全長 379メートル
62メートル
深さ 36メートル
喫水 28メートル
主機関 蒸気タービン1基
出力 45,000馬力
航海速力 14.7ノット
建造所 石川島播磨重工業呉造船所

全長(379メートル)は東京タワーより46メートル、戦艦「大和」より116メートル長く、甲板の広さ(21,000平方メートル)は、サッカーコートが2面もしくはテニスコートが79面とれる大きさでした。
また、1航海で58万立法メートルの原油を運搬でき、2航海で東京ドームの容積にほぼ匹敵する量を運ぶことができたので、いかに巨大な船であったかを想像いただけると思います。

こうして、「日精丸」はペルシャ湾と日石グループの喜入基地(鹿児島県)を結び、25年間にわたって日本の石油需要を支えました。その原油輸送量は、当時の日本の年間石油消費量に換算すると約3年半分に相当したと言われています。

その後、平成元(1989)年にアラスカ湾で起きた大型タンカーの重油流出事故を契機に、船体構造のダブルハル化などの規制が強化され、「日精丸」は静かに引退しましたが、その姿は戦後日本の経済発展とエネルギー安全保障を支えた海運・造船技術の象徴として、今なお語り継がれています。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0
6月25日は海上輸送を支える船員に感謝する「船員の日」

本日6月25日は、国際海事機関(IMO)が定める「船員の日(Day of the Seafarer) 」 です。

「船員の日」は、世界の海上輸送を支える船員の貢献を広く社会に認識してもらうことを目的として制定されました。
2010年、フィリピン・マニラで開催されたSTCW条約(船員の訓練・資格証明及び当直基準に関する国際条約)改正のための外交会議において、毎年6月25日を「船員の日」とする決議が採択され、翌2011年のIMO総会で正式に承認されました。

以来、世界の海上輸送を支える船員への感謝と敬意を表す日として、世界各国で認知活動が行われており、日本では2026年4月から、「船員の日 」を国内に定着させるためのプロジェクトが始動し、船の科学館もこの活動に後援団体として参加しています。

船員の日ポスター.jpg

四方を海に囲まれた日本では、暮らしに欠かせない食料やエネルギー資源、工業製品の原材料などが日々海上輸送によって運ばれています。
日本の輸出入貨物の約99.6%(重量ベース)は海上輸送によるものであり、国内物流においても貨物輸送の約4割、産業基礎物資輸送の約8割を内航海運が担っています。
私たちの暮らしや産業活動は、こうした海上輸送に携わる船員の皆さんによって支えられているのです。

東京港絵画.jpg

絵画「みんなの海、東京港」
作:西村慶明
寸法:373×530
所蔵:船の科学館

今日のブログでは、「 船員の日」にちなんで、当館所蔵作品の中から、国内最大の国際貿易港「東京港」が描かれた作品をご紹介します。
海上には、コンテナ船や客船、巡視船、浚渫船、タグボート、水上バスまで多種多様な船が行き交っています。

「船員の日」を機に、私たちの暮らしを支える海上輸送と、その最前線で活躍する船員の方々に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

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