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今日の海の日

8月1日は「水の日」。江戸で発達した上水道!?

本日、8月1日は「水の日」です。

「水の日」は、水資源の有限性や重要性について理解を深めるため、昭和52(1977)年に閣議了解により定められました。その後、平成26(2014)年に施行された水循環基本法では、「水の日」および「水の週間」が法律に位置付けられています。

8月1日から7日までの一週間は、「水の週間」として全国各地で様々な啓発行事が行われています。
今日は「水の日」にちなんで、江戸の水事情を見ていきましょう。

徳川家康が江戸に入った頃、現在の皇居外苑付近までは海が入り込み、江戸湾沿いには多くの汐入が存在しました。当時の井戸水には海水が混ざり、良質な飲料水を得にくい環境だったため、家康は江戸の飲料水確保を進め、その基盤となったのが「神田上水」でした。井の頭池(東京都三鷹市)を水源とする水が、江戸城内や神田・日本橋一帯へ供給されました。

初代 歌川広重が描いた錦絵「東都名所 御茶之水之図」「富士三十六景 東都お茶の水」には、江戸城の外堀と、城内に「神田上水」を引き入れる上水道(懸樋(かけひ)) が描かれています。

東都名所お茶の水(広重).jpg

東都名所「御茶之水之図」
作:歌川広重(初代)
出版年:天保3〜10(1832〜1839)年
出典:国立国会図書館「錦絵と写真でめぐる日本の名所」

外堀には、釣りを楽しむ人たちや、様々な荷を載せて往来する舟が描かれ、当時の様子を現代に伝えてくれています。
富士三十六景「東都お茶の水」の上水道(懸樋)の奥に架かる橋は、地名「水道橋」の語源となる橋と言われています。

東都御茶の水.jpg

富士三十六景「東都お茶の水」
作:歌川広重(初代)
出版年:安政5(1858)年
出典:国立国会図書館「錦絵と写真でめぐる日本の名所」

その後、江戸の人口が増加すると、「神田上水」だけでは飲料水の供給が追いつかず、承応3(1654)年に「玉川上水」が開削されました。
多摩川の羽村取水口から四谷大木戸までの約43キロメートルの流路を、わずか8ヶ月の工事で通水し、多摩川の水が江戸城や大名屋敷、京橋より南側の町人地に供給されました。

そして、江戸時代中期に入ると、鉄棒を用いた掘削技術の普及によって、深層の地下水を汲み上げる「堀抜井戸(ほりぬきいど)」が登場しました。より清浄な地下水を得られる堀抜井戸は次第に普及し、多くの人々に利用されるようになりました。

歌川広重が最晩年に出版した「富士三十六景 武蔵小金井」には、緩やかに蛇行する「玉川上水」と桜並木が描かれています。この桜並木は、この時代から名所として知られています。

富士三六景武蔵小金井.jpg

富士三十六景「武蔵小金井
作:歌川広重(初代)
出版年:安政5(1858)年
出典:国立国会図書館「錦絵と写真でめぐる日本の名所」

こうして、江戸市中の水需要は上水道によって賄われましたが、現代のような浄水・消毒設備はなく、水が汚染されると飲料水を通じて感染が広がり、コレラ流行の被害を大きくしたと考えられています。
歌川広重(初代)の死因は諸説ありますが、安政5(1858)年に大流行したコレラが最も有力とされています。

江戸の上水道は、人々の暮らしを支える重要な社会基盤でした。一方で、安全な水を維持することの難しさも教えてくれます。「水の日」を機会に、私たちの暮らしを支える水の大切さについて改めて考えてみてはいかがでしょうか。

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投稿者:メル カテゴリー:灯台・建築物 コメント:0

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