旧日本海軍に採用された「二式大型飛行艇(通称:二式大艇)」は、現在、海上自衛隊鹿屋航空基地史料館で保存展示されていますが、現存する二式大型飛行艇は世界でこの1機だけです。 そして、その保存展示への道のりは、船の科学館による受け入れと帰還事業なしには実現しませんでした。
今日のブログでは、日本の航空・造船技術の粋を集めて開発された「二式大艇」が未来へ受け継がれる契機となった、昭和54(1979)年7月13日の出来事を振り返ります。

写真「鹿屋航空基地史料館で展示中の二式大艇」
撮影:船の科学館
さて、現存する「二式大艇」の返還は、戦後30年経過した昭和53(1978)年6月、米国バージニア州ノーフォーク海軍基地で保管していた「二式大艇」の処分が表明されたことから始まります。
この報を受けた船の科学館(初代館長 笹川良一)は、米国側に対して輸送・返還に必要な費用負担を申し出るとともに、受け入れ意志を表明し、国内に「二式大艇里帰り実行委員会」を発足させ、受け入れ準備を始めました。
同年10月に米国議会で返還が承認されると、早速、「二式大艇」の輸送に関する調査・調整を行い、昭和54(1979)年7月13日、コンテナ船に船積みされた「二式大艇」が東京港大井コンテナふ頭に到着しました。

写真「大井コンテナふ頭に到着した二式大艇」
所蔵:船の科学館
当日、船上では「二式大艇帰還歓迎式」と記者発表会が開催されました。 35年ぶりに祖国へ戻った「二式大艇」を一目見ようと、多くの報道関係者が集まり、その帰還は全国ニュースとして報じられました。

写真「「にゅーじゃーじ丸」船上で行われた記者発表会」
所蔵:船の科学館
その後、「二式大艇」は、艀(はしけ)に移されて、船の科学館(当時:東京都江東区有明地先)に向かいました。
「二式大艇」の巨大な機体は、主翼・尾翼・フロートなどが分解されていました。

写真「船の科学館に向かう二式大艇」
所蔵:船の科学館
船の科学館に接岸すると、フローティング・クレーンによって吊り上げられ、35年ぶりに再び祖国日本の地に降り立ち、ついに帰還を果たしました。

所蔵:船の科学館
一方、国内に発足した「二式大艇里帰り実行委員会」は「二式大艇委員会」となって復元への調査・検討を実施し、翌55(1980)年には「二式大艇復元実行委員会」が組織され、本格的な復元作業が始動しました。
「二式大艇」の返還は、単なる航空機の輸送ではなく、日本の航空・造船などの技術を未来へ残すための取り組みの始まりでもありました。
こうして、昭和54(1979)年7月13日は、世界最高水準の「二式大艇」が祖国へ帰還した日であると同時に、その技術と歴史を未来へ受け継ぐ歩みが始まった日でもありました。
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