本日、6月1日は「鮎の日」です。
回遊性淡水魚の「鮎」は、秋に川で生まれ、冬の海で育ち、川の水温が高くなる春に川を遡上して夏は中・上流域で過ごし、一年で一生を終える魚です。
早い地域では、5月中旬頃から鮎の漁や友釣りが解禁されますが、全国的に6月1日を鮎釣りの解禁日としている地域が多く、全国鮎養殖漁業組合連合会が平成26(2014)年に6月1日を「鮎の日」に制定しました。
さて、日本の鮎の生息地は、北海道から沖縄までの河川に広く分布していますが、特に清流として知られる長良川・四万十川・球磨川などが名所として知られ、飼い慣らした鵜を使って遡上後の鮎を狙う伝統的な漁法「鵜飼」は、夏の風物詩になっています。
なかでも「長良川の鵜飼」は、その起源は古く1300年以上前から伝承されていると言われていますが、織田信長によって保護され、鷹匠と同じく鵜匠の名が与えられたことが知られています。
現在は、宮内庁式部職に属する鵜匠(6家)によって伝統的技法が保持・継承され、皇室への鮎献上と観光鵜飼を担っています。

「長良川鵜飼」 出典:写真AC
舟には鵜匠・中乗(なかのり)・艫乗(とものり/船頭)の3人が乗り、一体となって操船します。
鵜匠は布を烏帽子形にかぶり、胸当て、腰蓑、足半(あしなか/草履)で舟に乗り、舟の舳先に焚いた松明「鵜篝(うかがり)」に集まる鮎を鵜で獲り、鵜から鮎を吐かせます。
夜間、鵜篝を焚いた6艘の鵜舟が川面を下る「総がらみ」の光景は、「長良川の鵜飼」の見どころになっています。
そして、この「鵜飼」は古くから俳句に詠まれています。
江戸初期の俳人 松尾芭蕉は、
おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな
江戸中期の俳人 与謝蕪村は、
夜やいつの 長良の鵜舟 かつて見し
明治時代の俳人 正岡子規は、
うしろより 月になりぬる 鵜舟なり

「海鵜」 出典:写真AC
ところで、「鵜」はウ科に属する水鳥の総称で、世界には40種前後いると言われています。
初代南極観測船「宗谷」を係留展示しているお台場や、東京上野の不忍池に繁殖している鵜は「川鵜」ですが、長良川の鵜飼では、岩礁や海岸の絶壁で見られる「海鵜」が使われています。
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