こちらは、初代南極観測船“宗谷”です。
だんだんと寒さもやわらいで、東京では3月19日に桜の開花が発表されました。
"宗谷”が係留されている青海北ふ頭公園には、桜の木も植えられています。数は多くないですが、花が咲くとこんな風景も見られます。ぜひ桜の季節の“宗谷”にも会いに来てくださいね。
主機のある機械室からも軸のごく一部を見ることができますが、その先は壁の向こうとなっており、機械室から直接出入りできる道もないため、その先がどのようになっているのか、いつも気になっていました。
展示船となってからは軸室に立ち入ることはほとんどないため、送風機を使っての換気や酸素検知等、事前の安全対策をしっかりと行いました。
密閉された場所では発生した錆で酸素が薄くなっている場合があり、船内のこうした区画に入る際には十分な注意が必要です。
軸室の中はこのような様子でした。
密閉された場所のおかげか思いのほか状態がよく、壁の塗装も十分きれいです。
前回入ったときにしっかりと手入れを行ったそうで、ホコリ等もほとんどありません。
また、「とても狭い」と聞いていたので覚悟していましたが、実際に入ってみると、想像していたよりは広く感じました。
とはいえ腰をかがめないといけないほど天井は低く、足元にも段差がたくさんあり、移動には注意が必要です。そして回転する軸に巻き込まれることを想像すると、軸が回っている時は、あまり入りたくないな…と思うほどには狭い空間です。
この軸がスクリュープロペラに繋がり、船を力強く動かしていたかつての雄姿を思うと、今はしんと静かな空間になっているのが不思議な気持ちになりました。
"宗谷”はもともと軸が1本の船でしたが、南極観測船への大改造の際に主機関が1基から2基になり、軸も2本になりました。
そのため軸室も両舷に1カ所ずつあります。今回入ったのは右舷の軸室でした。
蒸気機関をディーゼル機関に換装するのも大工事のように思いますが、軸を増やすなんて驚きの改造ぶりです。
ところで、その1軸だった時代の名残を見られる場所があるのをご存知でしょうか?
兵庫県芦屋市にある海技大学校には、”宗谷”が1軸だったころに使っていたスクリュープロペラが保存されています。
銘板には次のように刻まれています。
「このプロペラは、主機関として蒸気往復動機関(1450馬力・毎分90回転)を使用していたときの推進用プロペラである。」
現在“宗谷”船内に展示中の南極観測船時代のスクリュープロペラをご覧になったことがある方は、その見た目の違いに驚くかもしれません。
南極観測船時代のものはブレード(羽根)が非常に肉厚で、直径も約3mと、以前のものと比べて1mほど小さくなりました。素材も鋳鋼製となり、南極での航海に対応するための仕様に変更されています。
この砕氷船らしいスクリュープロペラについても、いずれまたお話ししたいですね。
ご来船の際は“宗谷”係留岸壁に展示中の青函連絡船“羊蹄丸”のスクリュープロペラと見比べていただくと、違いがよくわかっておもしろいと思います。
また、ゆりかもめ「芝浦ふ頭駅」近くの埠頭公園では、初代"しらせ”のスクリューブレードを間近で見られます。
こちらはプロペラ全体ではなくブレード1枚のみではありますが、その大きさと迫力は圧巻です。お時間のある方はぜひこちらも訪れてみてください。
ここは日本で初めて南極へ赴いた白瀬南極探検隊が木造船“開南丸”で出港した場所で、その記念碑やペンギンの像もあり、南極観測の歴史を感じることができますよ。
今回の【宗谷通信】は、ここまで!
以上、“宗谷”から整備係兼学芸員のアデリーがお伝えしました。
だんだんと寒さもやわらいで、東京では3月19日に桜の開花が発表されました。
"宗谷”が係留されている青海北ふ頭公園には、桜の木も植えられています。数は多くないですが、花が咲くとこんな風景も見られます。ぜひ桜の季節の“宗谷”にも会いに来てくださいね。
さて、今回は“宗谷”の「軸」に注目してみたいと思います。
先日、船体点検の際に「軸室(軸路)」に入る機会がありました。
「軸室」は文字通りプロペラ軸(シャフト)と主機(フライホイール)をつなぐ中間軸が収められている細長い空間です。船体中央にある主機と船尾隔壁の間に設けられた軸室は、船尾管(プロペラ軸から海水の侵入を防ぐ重要な装置)の検査や注油などの作業を容易にします。また、万が一船尾管が破損した場合にも、船内へ浸水することを防ぐため、水密構造となっています。
軸の場所はこちらです↓
『南極観測船「宗谷」精密解剖図』に加筆
作:谷井建三
所蔵:船の科学館
作:谷井建三
所蔵:船の科学館
主機のある機械室からも軸のごく一部を見ることができますが、その先は壁の向こうとなっており、機械室から直接出入りできる道もないため、その先がどのようになっているのか、いつも気になっていました。
"宗谷”機械室
主機関から軸が船尾方向へ続く様子
主機から生まれた力が、この軸を通して船尾のスクリュープロペラまで伝わり、船を動かします。
主機関から軸が船尾方向へ続く様子
主機から生まれた力が、この軸を通して船尾のスクリュープロペラまで伝わり、船を動かします。
展示船となってからは軸室に立ち入ることはほとんどないため、送風機を使っての換気や酸素検知等、事前の安全対策をしっかりと行いました。
密閉された場所では発生した錆で酸素が薄くなっている場合があり、船内のこうした区画に入る際には十分な注意が必要です。
軸室の中はこのような様子でした。
密閉された場所のおかげか思いのほか状態がよく、壁の塗装も十分きれいです。
前回入ったときにしっかりと手入れを行ったそうで、ホコリ等もほとんどありません。
手持ちライトで撮影。明るく補正をしています。
また、「とても狭い」と聞いていたので覚悟していましたが、実際に入ってみると、想像していたよりは広く感じました。
とはいえ腰をかがめないといけないほど天井は低く、足元にも段差がたくさんあり、移動には注意が必要です。そして回転する軸に巻き込まれることを想像すると、軸が回っている時は、あまり入りたくないな…と思うほどには狭い空間です。
この軸がスクリュープロペラに繋がり、船を力強く動かしていたかつての雄姿を思うと、今はしんと静かな空間になっているのが不思議な気持ちになりました。
"宗谷”はもともと軸が1本の船でしたが、南極観測船への大改造の際に主機関が1基から2基になり、軸も2本になりました。
そのため軸室も両舷に1カ所ずつあります。今回入ったのは右舷の軸室でした。
蒸気機関をディーゼル機関に換装するのも大工事のように思いますが、軸を増やすなんて驚きの改造ぶりです。
ところで、その1軸だった時代の名残を見られる場所があるのをご存知でしょうか?
兵庫県芦屋市にある海技大学校には、”宗谷”が1軸だったころに使っていたスクリュープロペラが保存されています。
南極観測船“宗谷”のプロペラ
製造年月日:1952年 直径:422cm
場所:海技大学校(兵庫県芦屋市)
撮影:船の科学館
製造年月日:1952年 直径:422cm
場所:海技大学校(兵庫県芦屋市)
撮影:船の科学館
銘板には次のように刻まれています。
「このプロペラは、主機関として蒸気往復動機関(1450馬力・毎分90回転)を使用していたときの推進用プロペラである。」
現在“宗谷”船内に展示中の南極観測船時代のスクリュープロペラをご覧になったことがある方は、その見た目の違いに驚くかもしれません。
“宗谷”のスクリュープロペラ
“宗谷”船内にて展示中
“宗谷”船内にて展示中
南極観測船時代のものはブレード(羽根)が非常に肉厚で、直径も約3mと、以前のものと比べて1mほど小さくなりました。素材も鋳鋼製となり、南極での航海に対応するための仕様に変更されています。
この砕氷船らしいスクリュープロペラについても、いずれまたお話ししたいですね。
ご来船の際は“宗谷”係留岸壁に展示中の青函連絡船“羊蹄丸”のスクリュープロペラと見比べていただくと、違いがよくわかっておもしろいと思います。
また、ゆりかもめ「芝浦ふ頭駅」近くの埠頭公園では、初代"しらせ”のスクリューブレードを間近で見られます。
こちらはプロペラ全体ではなくブレード1枚のみではありますが、その大きさと迫力は圧巻です。お時間のある方はぜひこちらも訪れてみてください。
ここは日本で初めて南極へ赴いた白瀬南極探検隊が木造船“開南丸”で出港した場所で、その記念碑やペンギンの像もあり、南極観測の歴史を感じることができますよ。
砕氷艦しらせ(初代)のスクリュープロペラ
場所:埠頭公園(東京都港区)
撮影:船の科学館
場所:埠頭公園(東京都港区)
撮影:船の科学館
今回の【宗谷通信】は、ここまで!
以上、“宗谷”から整備係兼学芸員のアデリーがお伝えしました。
あわせて読みたいおススメの記事





