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今日の海の日

我が国で3番目に点灯した「品川灯台」は、明治3年3月5日に点灯

黒船の来航を皮切りに開国に向った日本は、慶応2(1866)年にイギリス・フランス・アメリカ・オランダと「江戸条約」を交わし、横須賀製鉄所(造船所)建設のために来日していたフランス人技師ヴェルニーに、観音埼、野島埼、品川、城ヶ島の4灯台の建設を依頼しました。

こうして「品川灯台」は、東京湾品川沖の第二台場西端に、我が国3番目の西洋式灯台として建設され、明治3(1870)年3月5日に初点灯しました。
明治期に歌川広重(三代)が描いた錦絵「「東京三十六景 品川沖蒸気船」には、煉瓦造りの円形灯台「品川灯台」と、国内で初めて海外定期航路(横浜〜上海)に就航した木造蒸気船「東京丸」が描かれています。

「品川灯台」の灯器はフランスから輸入されたもので、地上約5.8メートル、海面上約16メートルの高さから約18メートル(約9.7海里)まで光を放ち、航行の安全を守っていたそうです。

品川沖蒸気船.jpg

錦絵「東京三十六景 品川沖蒸気船」
作:歌川広重(三代)
寸法:367×246
所蔵:船の科学館

ところで、品川灯台が建設された「品川台場」は、外国船の襲来を脅威に感じた幕府が、江戸を守るために江川英龍に命じて築造した人工島の海上砲台で、嘉永7(1854)年に竣工しました。
当初は、品川から深川にかけて11基の台場が造られる予定でしたが、築造されたのは6基で、その第二台場に品川灯台が建設されました。

しかし、役割を終えた「品川台場」は、明治から昭和にかけての東京港整備のため、第一・第五台場は品川ふ頭に埋没、第二台場・品川灯台は航路拡張により昭和32(1957)年に廃灯・解体され、第三台場は台場公園、第六台場は史跡として保存、第四台場は天王洲アイルに石垣の一部が残されています。

第六台場.jpg

写真「第六台場」
出典:写真AC

その後、「旧品川灯台」は昭和39(1964)年に博物館 明治村(愛知県犬山市)に移築・再建され、現存する最古の洋式灯台(国の重要文化財)として保存展示されています。

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投稿者:メル カテゴリー:灯台・建築物 コメント:0

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