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今日の海の日

初代南極観測船「宗谷」、昭和19年6月16日に運送業務に従事する特務艦「宗谷」として改装工事完了

昭和14(1939)年11月に日本海軍に買収され、測量業務を主体とする特務艦になった「宗谷」は、北方・南方の測量業務に従事していました。

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イラスト「特務艦「宗谷」」
所蔵:船の科学館

ところが、昭和16(1941)年12月8日、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲し、太平洋戦争(当時の日本政府は大東亜戦争と呼びました)が始まると、「宗谷」は戦地に運ぶ物資を満載し、戦時下の南洋に向けて横須賀を出港しました。

翌17(1942)年1月には、「宗谷」は連合艦隊・第4艦隊に編入され、戦時下の南洋方面の測量業務を行いながら、時には陸戦部隊の輸送を行いました。
同年6月にミッドウェー海戦、8月にガダルカナル戦が始まると、「宗谷」は、一旦横須賀に帰着しましたが、再び第8艦隊に編成され、9月にラバウルに戻りました。

その後、戦況は激しくなり、「宗谷」も激しい攻撃にさらされましたが、奇跡的に生き残った「宗谷」は昭和19(1944)年4月に横須賀に戻りました。

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イラスト「特務艦「宗谷」(改装後)」
所蔵:船の科学館

横須賀に戻った「宗谷」は、運送業務を主体とする特務艦に改装され、昭和19年6月16日に工事が完了しました。

この改装工事では、10メートル測量艇4隻が撤去され、艦橋上部に25ミリ連装機銃2基(計画のみ)・端艇甲板後部に25ミリ連装機銃2基が増設され、測量部関係装備が撤去されています。

昭和20(1945)年に入ると、「宗谷」はアメリカ軍の攻撃をかわしながら、室蘭・八戸と横須賀を往復して石炭や軍需品の輸送に従事しました。
共に行動する船には、魚雷攻撃等を受けて沈没・擱座が度々起きましたが、ここでも「宗谷」だけは難を逃れ、無事に任務を果たすことができました。

そして、最前線で戦い続けた「宗谷」は室蘭で終戦を迎え、8月23日に横須賀に帰着し、30日にアメリカ軍に接収されました。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0

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