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浪速生まれの青函連絡船「羊蹄丸U」は、昭和40年2月20日に進水

船の誕生日は船が進水した日とされ、進水した日から船齢が数えられます。
青函連絡船「羊蹄丸U」は、昭和40(1965)年2月20日に進水式を迎え、日立造船(株)桜島工場の第4068番船は「羊蹄丸」と命名され、2代目羊蹄丸が誕生しました。
「羊蹄丸」の由来は、蝦夷富士と呼ばれる北海道・羊蹄山にちなんでいます。

絵画「青函連絡船羊蹄丸U」.jpg

絵画「青函連絡船  羊蹄丸U」
作:西村慶明
寸法:350×450
所蔵:船の科学館

船の進水には、船の重力を利用して傾斜した船台から水面にすべり降りる方法と、海岸線近くに掘ったプール状の水を抜いたドックの中で船を建造し、水を引き入れて船を浮かばせる方法がありますが、羊蹄丸の進水は、前者の船台をすべり降りる方式でした。

全長132メートル、幅17.9メートル、深さ7.2メートル、当時3,200総トン(竣工時8,311.48総トン)の羊蹄丸は、スロープに敷かれた2本の滑り台の上を船尾からすべり降り、しぶきを上げながら無事に水の中にすべり降りました。
なんと、この滑り台は、幅80センチ、長さ97メートルの巨大スキー板のような木台で、緻密な計算によって傾斜や反りが決められ、よく滑るように調合された動物油が塗られたそうです。

また、進水の最大の難関は、水面が川であることでした。
すべり降りるスピードが早過ぎると、対岸まで行ってしまうので、船の両サイドに135メートルのワイヤーをつけ、滑分り台の両脇に置いた25トンの鎖を引かせる、というブレーキをつけて、次第に船の動きを止めたのです。

無事に進水を終えた羊蹄丸は、造船所の艤装岸壁に係留され、航海機器をはじめとする各種機器類の設置・調整、船内各部の整備、内装工事など、艤装工事が行われました。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0

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