• もっと見る
ペリー艦隊の第1次来航、1853年2月18日にモーリシャス島到着

日本開国の交渉の任に就いたペリーを乗せた蒸気フリゲート「ミシシッピ」は、1853(嘉永6)年2月3日にケープタウンを出港し、1853年2月18日に4番目の寄港地モーリシャス島に到着しました。

E3839FE382B7E382B7E38383E38394E888AAE8B7AFE59BB3-769d9-thumbnail2-thumbnail2.jpg

「ミシシッピの航路図」
所蔵:船の科学館

ケープタウンからモーリシャス島に行く航路は、ヨーロッパのほとんどの蒸気船がそうしているように、「ミシシッピ」も強い風を上手く利用する曲線航路を取り、15日間で航行しました。
サスケハナは直進航路をとり、2日多い17日間で航行しています。

モーリシャス島では石炭船から無煙炭262トン、街から瀝青炭208トンの合計470トンの石炭、水と食料を積み込み、次の寄港地セイロン島(現在のスリランカ)のポアン・ド・ゴールに向けて2月25日に出港しました。

ところで、モーリシャス島は、1638年(寛永15年)にオランダが入植した際、当時のオランダ皇太子マウリッツ(Maurits)の名前にちなんで、ラテン語でマウリティウス島と名付けられましたが、フランス領を経てイギリス領になった時に、英語の「モーリシャス」に変わっています。

珊瑚礁で囲まれた2島で構成され、面積は東京都とほぼ同じだそうですが、その美しさから「インド洋の貴婦人」と呼ばれています。

モーリシャス国旗.jpg

「モーリシャスの国旗」
出展:写真AC

国旗の赤は独立のために流された血と犠牲、青はインド洋、黄は太陽と未来、緑は国土とサトウキビ等の農業を表しているそうです。

あわせて読みたいおススメの記事

この記事をシェアする

投稿者:メル カテゴリー:歴史・人物 コメント:0

カレンダー

このブログについて