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戦後の南米移住船隊の主力となった2代目「あるぜんちな丸」は、昭和33年2月8日に進水

第二次世界大戦後、GHQ の許可という制限のなか、昭和22(1947)年から計画造船が行われ、海上輸送の増強が始まりました。

大型外航船の建造が認められたのは、昭和24(1949)年公募の第5次建造計画からで、外航航路の再開は、サンフランシスコ講和条約発行後、昭和27年の大阪商船・南アメリカ東岸航路(南米移民船)と、昭和28(1953)年の日本郵船・アトル航路(氷川丸)からでした。

その南米移住船隊の主体は、2代目「ぶらじる丸」(昭和29年竣工)と姉妹船2代目「あるぜんちな丸」で、その「あるぜんちな丸」は新三菱重工 神戸造船所で昭和33(1958)年2月8日に進水しました。

二代目あるぜんちな丸進水絵葉書@.jpg

二代目あるぜんちな丸進水絵葉書.jpg

絵葉書「あるぜんちな丸 進水記念」
寸法:97×164
所蔵:船の科学館

「あるぜんちな丸」の概要

総トン数 10,864トン
載貨重量 10,480トン
垂線間長 145.00メートル
型幅 20.40メートル
型深さ 11.90メートル
主機 蒸気タービンx1基(連続最大出力 9,000SHP)
航海速力 16.4ノット
旅客定員 1,054名(1等12名、2等82名、3等960名)
乗組員 121名
   

「あるぜんちな丸」は「ぶらじる丸」の姉妹船でしたが、要目面が変更されています。最大の変更は主機で、「ぶらじる丸」がディーゼル機関であるのに対し、「あるぜんちな丸」は蒸気タービン機関が搭載されました。

南米移住船隊の主体となった2代目「ぶらじる丸」と2代目「あるぜんちな丸」は、この2船だけで、戦後の南米移住者の約43%にあたる27,000人を送り出しています。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0

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