本日、5月8日は「松の日」です。
日本を代表する「松」を保護し、次世代へ引き継ぐため、(社)日本の松の緑を守る会が、創立10周年にあたる平成元(1989)年に、初の全国大会を開催した日にちなんで5月8日を「松の日」にしました。
さて、「松」と言えば、縁起物の門松や盆栽、白砂青松の松並木、松茸が生育するアカマツ林など、私たち日本人には身近な樹木ですが、今日のブログでは、隅田川西岸の浅草蔵前(東京都台東区)に生育する「首尾の松」をご紹介したいと思います。
江戸時代、その周辺には、直轄地からの米などを保管する「浅草御蔵」がありました。御蔵には8つの堀があり、その中央で川面に枝を張りだした松は「首尾の松」と呼ばれていました。
「首尾の松」は旅人や地元住民から縁起の良い木とされ、吉原や浅草に向かう船頭や乗客の目印にもなっていたそうで、その光景は錦絵の題材としても人気でした。
歌川広重(1797-1858)が最晩年に手掛けた「名所江戸百景」には、夏の宵の口の星空と、かつて浅草川と呼ばれていた隅田川が、世界を魅了した広重ブルーで描かれ、多くの渡し船が往来しています。

錦絵「名所江戸百景 浅草川首尾の松御厩河岸」(複製)
作:歌川広重(初代)
寸法:388×255
所蔵:船の科学館
そして、「首尾の松」の下には「簾を下ろした屋根船」が描かれていますが、この光景は、「首尾の松」の名前の由来とされる諸説の一つ(吉原へ向かう船や帰る船が松の陰で、遊女との首尾を語りあった)が描かれているようにうかがえます。
一方、歌川国芳(1797-1861)が描いた錦絵「東都首尾の松之図」には、絵のタイトルでもある「首尾の松」は小さく姿を見せるだけで、石垣と石垣に生息するカニやフナムシが主役のような大胆な構図で描かれています。

錦絵「東都首尾の松之図」(複製)
作:歌川国芳
寸法:251×380
所蔵:船の科学館
「首尾の松」は、明和7(1770)年頃に初代の松が枯れてから、何度も枯れたり、焼失したりしましたが、昭和37(1962)年に現在の7代目が植えられ、生育しています。

写真「首尾の松」
出典:写真AC
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