文久3年6月16日、徳川14代将軍家茂が海路で江戸へ帰る
徳川14代将軍家茂は、朝廷の求めにより文久3(1863)年2月に江戸を出発し、陸路で上洛しました。上洛の目的は、激化する尊王攘夷運動への対応であり、家茂は非常に苦しい立場に置かれていました。
孝明天皇への拝謁や、賀茂・石清水への行幸など、約3ヶ月の滞在を終えた家茂は、帰路については、陸路より海路の方が安全と判断し、同年6月13日に船で大坂を出発し、6月16日に江戸湾へ入り、芝浦沖から江戸城へ帰還しました。
この将軍帰府の際の芝浦沖の様子は、歌川芳虎の錦絵「東都芝浦之風景」に描かれています。
歌川芳虎は歌川国芳の門人で、天保から明治20年頃にかけて、武者絵・役者絵・美人画・横浜絵・開化絵などで活躍しています。

錦絵「東都芝浦之風景」
作:歌川芳虎
寸法:354×710(3枚続)
出版年:文久3(1863)年
所蔵:船の科学館
錦絵「東都芝浦之風景」には、芝浦沖に現れた将軍の御座船を中心に、多数の警護船や供奉船など、江戸湾(現在の東京湾)を埋め尽くす壮大な船団が描かれています。
幕末のこの頃、すでに将軍権威が揺らぎ始めていたので、この錦絵には、「将軍家茂が無事に帰府した」ことを広く人々に印象づけ、幕府の威光をアピールする意味も込められていたのでしょう。
また、錦絵の上部には、徳川家の守護神として信仰された「千代田稲荷」が、空中に浮かぶように小さく描かれており、幕末の世相や当時の流行もうかがうことができます。
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