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今日の海の日

大阪商船・別府航路の客船「すみれ丸」は、昭和4年2月5日から就航

大阪商船(現・商船三井)の別府航路は、明治45(1912)年に「紅丸」によって開設され、その後、別府温泉の発展とともに乗客が増加しました。
大正10(1921)年以降には紫丸・屋島丸・紅丸(2代目)が配船され、阪神方面から別府に向かう観光客は増加の一途をたどり、更に新造船2隻が建造されました。

その1番船「みどり丸」は昭和3(1928)年に、2番船「すみれ丸」は翌4(1929)年2月5日から夜便として就航し、5隻による昼夜2便体制で運航されました。

今でこそ、海外旅行・新婚旅行と言えばハワイが人気ですが、当時の新婚旅行といえば、東京からは熱海、関西からは別府・南紀白浜が定番だったそうです。

すみれ丸2.jpg

絵葉書「すみれ丸(別府温泉名勝)」
寸法:89×139
所蔵:船の科学館

客船「すみれ丸」の概要

総トン数 1,724.78トン
全長 78.02メートル
型幅 11.58メートル
型深 5.97メートル
主機 ディーゼル機関×2基
出力 2,314馬力(連続最大)
速力 16.26ノット(試運転最大)
旅客定員 670名(1等46名、2等133名、3等491名)

すみれ丸絵葉書.jpg

絵葉書「別府出港の菫丸」
※昭和9年に平仮名に改名
寸法:91×141
所蔵:船の科学館

その後、「すみれ丸」は、関西汽船(株)の設立に伴い昭和17(1942)年に移籍し、太平洋戦争がはじまると、軍用船としてジャカルタ〜シンガポール間を往復していました。

戦後、昭和21(1946)年7月から別府航路に復帰しましたが、4年後の昭和25(1950)年8月、GHQの命によって、賠償としてオランダ政府に接収され、その後の消息は不明となりました。
ジャカルタ〜シンガポールの主要航路は、オランダの植民地支配と関係していたため、オランダに接収されたと考えられています。

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投稿者:メル カテゴリー:船・潜水艦 コメント:0

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