戊辰戦争の最後の戦い「箱館湾海戦」において、新政府艦隊6隻と戦った旧幕府艦隊の陣容は、「回天」「蟠竜丸」「千代田形」の3隻でした。
そのなかで、「蟠竜(ばんりゅう)丸」は新政府艦「朝陽丸」を撃沈する戦果をあげたことが知られていますが、この「蟠竜丸」は、英国ヴィクトリア女王から徳川将軍に寄贈された汽走ヨットだったことをご存じでしょうか。
軍艦「蟠竜丸」の原名「エンペラー」は、1857(安政4)年、イギリスのグリーン造船所で汽走ヨット(軍艦)として建造されました。
「エンペラー」は、横置式トランク・エンジンとトップスル・スクーナー型帆装を備え、12ポンド砲4門が搭載されていました。
そして、「エンペラー」が徳川将軍に寄贈されたのは安政5年(1858年)、日英修好通商条約に調印するために来日した使節から贈られ、7月5日(8月13日)に品川に入港しました。
この船は、天に上る前のうずくまった状態の龍を意味する「蟠竜」と命名されています。
「蟠竜丸」の概要
| 排水量 | 370トン |
|---|---|
| 長さ | 41.2メートル |
| 幅 | 6.7メートル |
| 主機 | トランク・エンジン |
| 出力 | 60馬力 |
| 備砲 | 12ポンド砲4門 |
慶応4(1868)年、「蟠竜丸」は榎本武揚が率いる旧幕府艦隊に加わり、箱館湾海戦では「朝陽丸」を撃沈する戦果をあげましたが、最後は砲弾がつきてしまい、浅瀬に擱座・退艦し、新政府軍によって焼き払われてしまいました。

絵画「雷電」
作:山高五郎
寸法:141×236
所蔵:船の科学館
箱館湾海戦後、「蟠竜丸」はイギリス人によって回収され、大規模な改修が施されました。
イギリス人は再生した「蟠竜丸」を日本に売り込み、北海道開拓使が購入すると後に「雷電」に改められ、明治10(1877)年には海軍の軍艦「雷電」になりました。
その後、明治21(1888)年に廃艦になると捕鯨船・商船に転身し、明治30(1897)年に解体。40年の生涯を閉じています。
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