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今日の海の日

隅田川の花見とレガッタ観戦

春の代名詞とも言える「桜」は、古来から特別に賞賛され、桜前線の北上とともに、各地でお花見が楽しまれています。

東京都の桜名所の一つ「隅田堤の桜」は、隅田川東岸の三囲神社付近から木母寺あたりまでの土手に、江戸幕府4代将軍・徳川家綱の頃から植えられ、8代将軍・徳川吉宗によって100本増殖され、江戸後期には江戸を代表する桜の名所として賑わうようになりました。そして、その花見の光景は、多くの錦絵に描かれています。

花見帰り墨田の渡し.jpg

「花見帰り隅田の渡し 四季の内春」
作:渓斎英泉(1790-1848)
出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所

さて、今日のブログでは、当館所蔵作品の中から、「隅田川の花見とレガッタ」が描かれている絵画をご紹介します。

次の錦絵は、明治42(1909)年3月28日に印刷されたもので、隅田堤の桜と花見客、レガッタの漕ぎ手に声援を送る人たちなどが描かれています。

錦絵 「東京名所 向嶋隅田堤桜花満開之光景」.jpg

錦絵 石版画「東京名所 向嶋隅田堤桜花満開之光景」
作:黒木 半之助
寸法:395×545
所蔵:船の科学館

「隅田川レガッタ」の始まりは、明治16(1883)年6月に、枕橋から言問間で開催された海軍端舟競漕大会が日本初とされています。
また、大学レガッタにおいては、明治18(1885)年4月に開催された東京帝国大学春季競漕会が、日本初の学部対抗レガッタとされ、三大早慶戦の一つとされる早慶レガッタは、明治38(1905)年5月から始まっています。

次の錦絵は、大正9(1920)年5月15日に印刷されたものですが、江戸の頃から始まった花見の風景にレガッタ(中央)は欠かせず、手前には屋形船や荷船等に乗っての観戦やお花見の様子が描かれています。

錦絵 彩色砂目石版画 東京名所 向嶋桜花満開之光景.jpg

錦絵 彩色砂目石版画「東京名所 向嶋桜花満開之光景」
作:土谷 博
寸法:394×547
所蔵:船の科学館

手前の簡素な屋根をつけた小型の遊興船は、江戸時代には「日除船(ひよけぶね)」あるいは「屋根船」と呼ばれたもので、現代の大型の「屋形船」とは明確に区別されていました。また、屋根が無い船は、遊漁船や荷船等が花見の時期だけ客を乗せている可能性が考えられます。

そして、レガッタの奥(上)には、大きな帆を張った「五大力船」が描かれています。大型和船「五大力船」は海船ですが、川に直接乗り入れて市中の河岸に接岸できるように造られていました。
江戸を中心とした関東近辺では昭和初期まで活躍し、特に江戸と木更津の間を結ぶ航路でフェリーの役割をしていた船は「木更津船」と呼ばれていました。

レガッタの左上・右奥には「蒸気船」が、もくもくと黒い煙を出しながら航行していますが、よく見るとハシケを引いているので曳船と思われます。

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投稿者:メル カテゴリー:イベント・行事 コメント:0

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