現代の貨物船は、貨物の種類によって専用船で運ばれていますが、その代表格の「オイルタンカー」は、19世紀後半に出現しました。
その昔、1861(文久元)年に帆船「エリザベス・ワッツ(224トン)」が、フィラデルフィアからロンドンへ、3,000バレルの石油を運搬したのが、大西洋を横断した最初の石油輸送で、当時は、木製の樽(Barrel:原油等の単位の由来)に石油が詰められ、その樽を船艙内に積み重ねる方法で運ばれていました。
しかし、樽詰めによる輸送方法は不経済であるだけでなく、樽の破損による漏洩や引火の危険を伴う輸送方法だったことから、様々な試行錯誤が重ねられ、1886(明治19)年にイギリスの造船所で、現代のオイルタンカーの原型とされる「グリュックアウフ(2,300総トン)」が竣工しました。
この船は、船体を直接石油タンクとして使用し、機関を船尾に配置し、パイプラインとポンプを用いて12時間で荷役をこなすことができました。
さて、日本では、明治初期からランプ用燃料として石油が若干輸入されていましたが、明治26(1893)年にシェル社による石油輸入開始以降、石油需要と消費が高まり始めました。
実業家の浅野総一郎は、明治29(1896)年に東洋汽船会社設立に続いて、明治38(1905)年には南北石油会社を設立し、外国原油の輸入精製に乗り出します。
イギリスの造船所にオイルタンカー「総洋丸」「武洋丸」(いずれも7,000重量トン)を、三菱長崎造船に「紀洋丸」を発注しました。

進水記念絵葉書「紀洋丸」
所蔵:船の科学館
「紀洋丸」は日本初の外航オイルタンカーであっただけなく、当時の世界最大級のオイルタンカーとして明治40(1907)年6月21日に起工し、明治42年12月3日に進水しました。
しかし、艤装中に原油の輸入事情が変化したことにより貨客船に改造され、船倉には500人を超える大部屋が設けられました。
明治43(1910)年10月に竣工すると、南米航路の移民船として11年間稼働しています。
「紀洋丸」の概要
| 総トン数 | 9,287トン | 重量トン数 | 10,820トン |
|---|---|
| 垂線間長 | 143.26メートル |
| 型幅 | 17.2メートル |
| 主機 | 3連成汽機1基 |
| 出力 | 5,900馬力 |
| 航海速力 | 14.2ノット |
| 旅客定員(貨客船時代) | 554名(1等10名、2等30名、3等514名) |
その後、大正10(1921)年にオイルタンカーに復元され、日本〜北米間の石油輸送に従事しましたが、昭和10(1935)年1月、船舶改善助成施設に基づき、「天洋丸(2代目)」の見合船として解体売却されました。

船舶模型「オイルタンカー「紀洋丸」(1/100)」
寸法:1450×178×290
所蔵:船の科学館
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