日本開国の交渉の任に就いたペリーを乗せた蒸気フリゲート「ミシシッピ」は、1853(嘉永6)年3月15日にセイロン島(現在のスリランカ)のポアン・ド・ゴールを出港し、マラッカ海峡を通過して1853年3月25日に6番目の寄港地シンガポールに入港し、4日間滞在しました。
シンガポールは、ポアン・ド・ゴールと同様にイギリスの支配下にあったので、石炭の供給を受けられるかどうかが心配されましたが、イギリスのP&O汽船会社から、香港で返却するという条件で230トンを借りています。
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「ミシシッピの航路図」
所蔵:船の科学館
マラッカ海峡では、英国艦から「ミシシッピ」に対して礼砲が発射され、敬意が表されています。下の絵画にはその時の様子が描かれていますが、右側に描かれているのが英国艦です。

所蔵:船の科学館
ところで、ペリー艦隊も航行した「マラッカ海峡」とは、どのような海峡なのでしょうか。
マラッカ海峡は、マレー半島とスマトラ島を隔てる海峡で、南東端で接続しているシンガポール海峡とあわせて、太平洋とインド洋を結ぶ最短距離の航路で、国際海峡として重要な航路の一つです。
| マラッカ海峡 : | 長さ:約970km 幅:西口 396km 東口 20km |
|---|---|
| シンガポール海峡: | 長さ:約90km 幅:西口 20km 東口 35.7km |
出展:(公財) マラッカ協議会
マラッカ・シンガポール海峡(以下、マ・シ海峡)は、全長約1,000キロメートル、最小航路幅は600メートルと狭く、水深は主航路筋において23〜40メートルで、潮流の変化が激しく、浅瀬が点在する航海上の難所ですが、年間12万隻以上の船舶が通航する世界で最も混雑している海峡の一つで、分離通行帯(右側通行)が設けられています。

「船舶が輻輳するマ・シ海峡」
提供:日本財団
マ・シ海峡は、日本にとっても輸入原油の約8割、鉄鉱石の約4割のほか、液化天然ガスや貨物などを運ぶ船が年間約14,000隻通航し、「日本の生命線」と言われています。
国連海洋法条約に基づくならば、航路標識の維持・整備など海峡の安全管理は沿岸国の責任において行われるものと考えられていますが、日本財団がマ・シ海峡の安全確保を訴え続け、昭和44(1969)年から半世紀以上にわたって、沿岸国のインドネシア、マレーシア、シンガポールに対して水路測量、沈船除去、航路標識整備、海賊対策等の支援が続けられています。

「航行安全に欠かせない浮標(ブイ)」
提供:日本財団
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