太平洋戦争開戦の直前、太平洋航路の女王「浅間丸」は昭和16年11月30日に海軍に徴傭
昭和16(1941)年12月8日、日本はハワイのアメリカ海軍基地を急襲し、太平洋戦争に突入しました。
開戦の8日前の11月30日、太平洋航路の女王「浅間丸」は海軍に徴傭され、輸送任務に就きました。大量の弾薬を積み、12月2日に横浜港を出港し、輸送先のサイパン島で太平洋戦争の開戦を迎えました。

船舶模型「 徴傭船「浅間丸」(1/1250)」
寸法:145×21×38
所蔵:船の科学館
横浜に帰港後、次は高雄に向かい、現地で日海軍1001部隊を(横須賀第3特別落下傘部隊)を乗せて1月5日に出港し、ダバオ(フィリピン)を経て1月16日にタラカン島(インドネシア)に到着し、部隊を降ろしました。この部隊は、後日、ティモール島に降下しています。
その後、昭和17(1942)年5月18日に徴傭を一時解除されるまで、輸送・補給任務に就きました。
さて、戦時中、陸海軍から依頼を受けて従軍した「従軍画家」が、戦地の様子を描いた作品を残しています。
当館が所蔵する従軍画家の作品の中から、浅間丸が描かれた作品2点をご紹介します。
海軍従軍画家・小林清栄は、ダバオ港を航行する浅間丸を描いています。

絵画「浅間丸 (ダバオ港にて)」
作:小林清栄
寸法:228×340
所蔵:船の科学館
海軍従軍画家・村松乙彦は、浅間丸の監視哨を描いています。

絵画「監視哨(浅間丸)」
作:村松乙彦
寸法:650×725
所蔵:船の科学館
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