船は船主からの注文を受けて造船所で造られますが、ほとんどの船は受注、設計、資材発注の後、鋼材を溶接技術によって加工してブロックを製造し、船台やドック内でつなぎ合わせる「ブロック建造方式」で船の形に仕上げます。
さて、青森から函館間の津軽海峡で活躍した青函連絡船「羊蹄丸U」は、船主は国鉄で、競争入札の結果、日立造船(株)桜島工場で造られることになり、昭和39(1964)年10月8日に起工ました。
船名は進水式の時に命名されるので、それまでは「第4068番船」と呼ばれていました。この呼び名は、日立造船が大坂鉄工所から数えて4068番目に契約した新造船ということを意味しています。
しかし日立造船にとって、青函連絡船を建造するのは初めてで、一般商船とは異なる難しさがありました。

絵画「羊蹄丸(U)」
作:梶田達二
寸法:710×890
所蔵:船の科学館
羊蹄丸Uのブロック数は主なもので90個余りありました。
完成したブロックは船台に積み上げられ、船底中央部分から前後へ、上へと積まれ、溶接によってつなぎ合わせられていきました。
造船に欠くことができない「溶接」には、高温に熱せられた箇所が、冷えるにつれて縮む、変形する、という難点があります。
そして、青函連絡船の最大の特徴は、列車を積荷のまま積み込んで海を渡ることで、羊蹄丸Uの場合は、海面から2メートルのほど上のところに、船の幅いっぱい、高さ2階分、長さは船尾から船主を見通せるほどの広々としたスペースが設けられ、そこに4列の線路が敷かれ、12両、14両、10両、12両の合計48両の車両が連結されたまま積み込まれる特殊な構造でした。

船舶模型「青函連絡船「羊蹄丸U」 (1/87)」
寸法:2390×495×510
所蔵:船の科学館

写真「青函連絡船「羊蹄丸U」車両スペース」
所蔵:船の科学館
桜島工場の従業員一同、細心の注意を払いながら工事が進められたことによって、計画通りの寸法に仕上がり、後日、進水の日を迎えます。
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