1600(慶長5)年に豊後(現在の大分県)に漂着し、後に徳川家康の外交顧問となって活躍したウィリアム・アダムス(日本名:三浦按針)は、家康から命を受け、静岡県伊東において日本初の洋式帆船を2艘(80トン・120トン)建造しました。
静岡県伊東市には、その帆船建造を記念して造られた公園「按針メモリアルパーク」があり、公園内には地元の彫刻家による「三浦按針の胸像」と2隻目に建造した120トンの帆船「サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号」が設置され、ウィリアム・アダムス(三浦按針)の功績が顕彰されています。

「按針メモリアルパーク「三浦按針記念碑」」
出典:写真AC
さて、この洋式帆船「サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号」は、徳川家康から前フィリピン諸島総督ロドリゴ・デ・ビベロに提供され、1610年8月1日(慶長15年6月13日)に浦賀を発ちアカプルコ(メキシコ)に向かいました。
乗船したフィリピン諸島総督ロドリゴは、1609(慶長14)年、次期総督と交代後、マニラからアカプルコへの帰国途中、千葉県御宿沖で遭難し、地元民に救助されました。 その後、家康に謁見し、洋式帆船の貸与を受け、ロドリゴはその船を「サン・ヴェナ・ヴェンツーラ(幸せを運ぶ聖なる船)」と命名しました。
また、ロドリゴと共に京の貿易商人・田中勝介他20数名の日本人が乗船しています。この田中勝介は、初めてアメリカ大陸に渡り、太平洋を横断・往復した日本人と言われています。
サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号は、アカプルコに到着後スペインに買い取られ、最古の太平洋定期航路アカプルコ〜マニラ航路に投入されたそうです。
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