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今日の海の日

6月29日は佃煮の日。佃煮のルーツは家康が摂津国佃村から漁師を呼び寄せたことが始まり!?

小魚・貝・海藻などを醤油や砂糖で甘辛く煮詰めた料理「佃煮」。
佃煮の発祥の地、東京都中央区佃に鎮座する住吉神社の創建が正保3(1646)年6月29日であることから、全国調理食品工業協同組合が平成15(2003)年に6月29日を「佃煮の日」としました。

佃住吉神社は、住吉三神、神功皇后、徳川家康の御神霊を奉遷祭祀し、海運業をはじめとする多くの人から海上安全、渡航安全の守護神として信仰を集めたそうです。

アミの佃煮.jpg

「あみ佃煮」 出典:写真AC

佃島は、現在は埋め立てられて陸続きになっていますが、昔は江戸湊の入口、隅田川河口付近の島でした。
徳川家康が江戸に入城した直後、摂津国(大阪府北西部兵庫県南東部)佃村の漁師33人を江戸に呼び寄せ、宅地を造成して移住したのが「佃島」の名前の由来とされています。
漁師たちには江戸湾内での漁業権が与えられ、魚市場に魚を卸していました。

そして「佃煮」は、佃島の漁民が売り物にならない小魚、江戸城に納めた魚の残り、魚河岸で売れ残った魚を煮詰めて保存食とし、佃煮として売り出したことが始まり、と言われています。

住吉神社で祭祀があった時には、お神酒と一緒に佃煮のような食べ物が振る舞われていた記録もあるそうですよ。

ところで、「冨士三十六景 東都佃沖」には、佃島の葦原と弁財船が描かれています。
弁財船には帆が張られていないので、出港前か帰港後なのでしょうか。 富士山の手前の小船では、漁師が投網をしているようですね。

東都佃沖(広重).jpg

錦絵「冨士三十六景 東都佃沖」
作:歌川広重
寸法:360×240
所蔵:船の科学館

「東都名所 佃島入船之図」では、帆が張られた弁財船が描かれています。

佃島入船図(歌川広重).jpg

錦絵「東都名所 佃島入船之図」
作:歌川広重
寸法:240×360
所蔵:船の科学館

茶色の帆は莚帆(むしろほ)で、安価なため小型商船・漁船・川船に人気がありました。
白い帆は木綿帆で、16世紀後期から軍船で使われていたものが17世紀中期に商船に普及しています。
戦国時代末期に関東から太平洋・瀬戸内海沿岸で木綿が栽培されるようになり、価格が下がったのが普及の要因です。

また、佃島には、対岸との間に渡し船が置かれていたそうです。
昭和2(1927)年に曳舟渡船が開始されるまでは、手漕ぎ渡船が交通手段でしたが、昭和39(1964)年に佃大橋の完成に伴い、300年ほど続いた渡船は幕を閉じています。

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投稿者:メル カテゴリー:自然 コメント:0

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