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今日の海の日

元和2年4月17日、徳川家康の死因は鯛の天ぷら!?

今年のNHK大河ドラマ『どうする家康』は、新たな視点で徳川家康が描かれるそうで、その波乱万丈の生涯を松本潤が演じ話題を呼んでいます。

徳川家康.jpg

「徳川家康」 出典:イラストAC

さて、徳川家康は元和2年4月17日(1616年6月1日)に75歳の生涯を閉じました。その死因については、いくつかの説が語られていますが、最も有力な説として「鯛の天ぷらを食べ過ぎて亡くなった」とのエピソードがあります。

家康の趣味は鷹狩で、晩年になっても鷹狩に出かけていました。
鯛の天ぷらを食べた日も田中城(静岡県藤枝市田中)に出かけ、鷹狩を楽しんだそうです。

その折、家康が京都の豪商・茶屋四郎次郎(NHK大河ドラマ『どうする家康』では、中村勘九郎が演じています。)に最近の珍しい話を問うたところ、「京では鯛を榧(かや)の油で揚げたものが流行っております」と答えました。

すると家康は、その鯛の天ぷらを所望し、あまりの美味しさに食べ過ぎてしまったようです。
翌朝未明に腹痛を起こし、療養生活を送るも病状は回復せず、3ヶ月後の4月17日、駿府城で亡くなりました。

家康は胃がんを病んでいた、との説もあるので、「鯛の天ぷら」が直接的な死因かどうかはわかりませんが、御年75歳で脂っこい天ぷらを所望するのですから、さすがグルメで知られる家康ですね。

そして、その時の鯛がマダイだったのか、アマダイだったのか、気になるところですが、駿河湾と言えばマダイ・アマダイの宝庫ですから、さぞかし美味しかったことと思います。

ところで、船の科学館では、元和元(1615)年の徳川家康譜代大名による船遊びの様子を書いた絵巻を所有しています。
元和元年と言えば、まさに徳川家康が亡くなる前年にあたります。

伊豆沖船遊び絵巻(家康).jpg

「絵図 元和賢人大船遊絵巻 (伊豆沖船遊び絵巻)」
製作者:遠山七郎次国次
寸法:370×2,515
製造年:明治
所蔵:船の科学館

※絵図の拡大版はこちらからご覧下さい。
絵図 元和賢人大船遊絵巻 (伊豆沖船遊び絵巻)

この絵巻は、元和元年(1615)7月、駿河湾および渥美湾において徳川家康譜代の大名たちが、多数の遊女たちを集めて大掛りな船遊びを行った時の記録です。
小田原から岡崎までの地図や船遊びの編成図が描かれており、巻末には各大名船の乗員人数が記され、制作年は元和2年と書かれています。

ちなみに、船遊びが行われた2ヶ月前の慶長20(1615)年5月には、大阪の陣で家康は豊臣秀頼に勝利しています。
そして家康が亡くなった1616年と言えば、欧船の来航を平戸・長崎に制限した「鎖国」が始まった年でもあります。

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投稿者:メル カテゴリー:歴史・人物 コメント:0

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