1914(大正3)年8月4日、のちに連合艦隊所属となる金剛型巡洋戦艦「比叡(ひえい)」が竣工しました。
当時、すでに第一次世界大戦は始まっており、我が国は日英同盟により同23日ドイツに宣戦布告、竣工後1ヶ月で東シナ海方面へ出動しました。
戦時の緊迫感が伝わってくる逸話ですね。

船の科学館所蔵
戦艦模型「比叡」
縮尺 1/700
さて、「比叡」は「金剛型戦艦」の2番艦と紹介されています。
日本にはまだ最先端の軍艦を作る技術がなく、まず同型巡洋艦「金剛」を英国の造船所で建造しました。
「金剛」の技術を導入し、横須賀海軍工廠(跡地は現在「コースカベイサイドストアーズ」になっている)で建造されたのが「比叡」です。
船の科学館が所蔵している下の絵葉書は、「比叡」の進水記念に作られたもので、
「大正元年十一月横須賀ニ於テ進水」という文字が見えます。
大改造する前ですので、船舶模型と比べると船影が全く違うことがわかります。

次の絵葉書には「明治四十四年十一月四日起工」とあります。
建造時、進水時の様子が伝わってきます。

「比叡」は巡洋戦艦として竣工しましたが、第一次大戦後の軍縮条約により練習艦への改装、昭和天皇の御召艦として改装・利用されたのち、1922(大正11)年に「戦艦」へ艦種変更されました。
「戦艦」への大改造は、のちに建造される大和型戦艦のテスト艦の役割も担いました。
艦橋構造物は大和型戦艦と似た塔型構造を採用、艦橋トップの方位盤も大和型で採用予定の九八式射撃盤と九四式方位照準装置を、大和型と同様に縦に重ねています。
姉妹型とは艦影が大きく異なることが特徴です。
「比叡」は海軍の主力艦として重要な役割を担ったほか、大和型戦艦につながっている、という点で、歴史的にも注目すべき艦船です。
絵葉書は現在展示していませんが、船舶模型は別館展示場に展示している連合艦隊模型の中で静かにその威容を誇っています。





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