“日本のへそ”「日本橋」(東京都中央区)は、江戸時代、東海道や中山道(木曽街道)、甲州街道、奥州街道、日光街道の五街道の起点に定められ、江戸の経済や文化を支えました。
「日本橋」は徳川家康の江戸城入城の直後、慶長8(1603)年に木造の太鼓橋として建てられ、その後何度も改修が行われましたが、明治44(1911)年に石造りに建て替えられ、4月3日に開通式が行われたことから、4月3日は「日本橋開通記念日」となっています。

「日本橋」 出典:写真AC
徳川家康は、海辺を埋め立てて土地を拡張し、水路を造り、江戸の都市計画に着手しました。
日本橋が架かる日本橋川もその一つで、平川の流れを変え、人工的な運河となり、東京湾に通じる物流の大動脈、陸路と水路が交差する江戸の表玄関となりました。
トラックがない時代、重い荷物を運ぶには「船」が効率的だったのですね。

錦絵「名所江戸百景 日本橋雪晴」(複製)」
作:歌川広重
寸法:400×266
所蔵:船の科学館
上の錦絵は、雪の朝の日本橋が描かれています。
下に並んでいる小屋は江戸の台所「魚河岸」で、日本橋の魚河岸は江戸で一番大きい規模でした。
佃島の漁民が江戸城に納めた残りの魚をここで売ったことが始まりとされ、後に三河出身者にも販売権が与えられた、と言われています。
当時の川柳に「ふる雪の白きをみせぬ日本橋」という句が詠まれていますが、橋の上には人が、魚河岸・日本橋川には船が賑わっていますね。
現代も「日本橋」には「日本国道路元標」が置かれ、国道一号線などの起点になっているほか、明治44年竣工の石造2連アーチ橋としての技術、及び土木技術・建築・彫刻が協同した装飾橋梁の代表作として評価され、平成11(1999)年に重要文化財指定を受けています。
また、日本橋川の上空には、第18回オリンピック東京大会の前年、昭和39(1964)年に首都高速都心環状線が開通しましたが、現在、2040年の完成に向けて、日本橋区間を地下化する事業が進められています。





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