浅田次郎の小説「シェラザード」は、第二次世界大戦中に起きた「阿波丸事件」という悲劇を素材として創作されています。
金塊を積んだ沈没船が我々を夢へと誘う
昭和20年、嵐の台湾沖で、2300人の命と膨大な量の金塊を積んだまま沈んだ弥勒丸(みろくまる)。その引き揚げ話を持ち込まれた者たちが、次々と不審な死を遂げていく――。いったいこの船の本当の正体は何なのか。それを追求するために喪われた恋人たちの、過去を辿る冒険が始まった。日本人の尊厳を問う感動巨編。
引用:講談社BOOK倶楽部
「阿波丸事件」とは
「阿波丸」は三菱長崎造船所で建造された、当時の高性能貨客船です。
日本郵船がオーストラリアへのメインルートである豪州航路に就航させるため、一等船室の設置も計画されていました。
しかし、起工した年に太平洋戦争が勃発したため、資材不足等もあり艤装は簡略化され1943(昭和18)年3月に竣工します。商業運航されることはなく、戦争に駆り出されました。
そして1945(昭和20)年、「阿波丸事件」が起こります。
日本とアメリカは「捕虜および拘束民間人への救援物資を交換する協定」を結びます。「阿波丸」は病院船に準じた安導権(あんどうけん、Safe conduct)を与えられ、船体は灰白色、緑十字の識別マークが描かれ、夜間には照明も灯されていました。
安導権:交戦国が通行することを許可するための通行証または通行文書を発行することで得られる保護のこと
任務を終えた「阿波丸」は3月28日にシンガポールを出港し日本への帰途につきますが、4月1日、アメリカ軍の潜水艦「クイーンフィッシュ」の雷撃を受け沈没してしまいます。
この時に乗船していた2,000人以上の乗客乗員(商船員480人、三井物産支店長以下の商社員、技術者、大東亜省次官以下の公務員など非戦闘員600人、軍人および軍属820人と乗員)のほとんどが死亡しました。
日米間の協定で安全航行が保障された「安導権を持つ阿波丸」に対して「クイーンフィッシュ」には攻撃禁止命令書が出ていましたが、日本が協定違反となる「軍事物資」を塔載していることが確認されたため、多数の非戦闘員が乗船しているにもかかわらず「阿波丸」は攻撃されたのです。
シェエラザード
「シェエラザード」とは「千夜一夜物語」〈アラビアンナイト〉で夜ごと王様に面白い話を聞かせた王妃の名前です。
この物語をもとにリムスキー・コルサコフ(ロシアの作曲家)が作った交響組曲「シェエラザード」が「弥勒丸」の船内で流れています。
日本人が抱く喪失感はこれだったのだ!
弥勒丸引き揚げ話をめぐって船の調査を開始した、かつての恋人たち。謎の老人は五十余年の沈黙を破り、悲劇の真相を語り始めた。私たち日本人が戦後の平和と繁栄のうちに葬り去った真実が、次第に明るみに出る。美しく、物悲しい「シェエラザード」の調べとともに蘇る、戦後半世紀にわたる大叙事詩、最高潮へ。
引用:講談社BOOK倶楽部
1945(昭和20)年2月17日は、「捕虜および拘束民間人への救援物資を交換する協定」に基づく任務を遂行するため「阿波丸」が門司港を出港、経由地を経てシンガポールに向かった日です。
現実に多くの国民が忘れてはならないことを忘れてしまったからこそ、戦後五十年を経た今日でもなお、さまざまの問題が起きているのではないか。(中略)われわれが勝手に忘却したものは、余りにも多すぎる。
引用:シェエラザード「あとがき」より
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