ヘリコプターで上空から氷上偵察を行った後、1957(昭和32年)1月16日初代南極観測船「宗谷」はついに氷海に突入、砕氷前進を開始しました。
20日にはさらに厚く固い定着氷の外延部まで到着し、氷の爆破やチャージング(体当たり)を繰り返して、さらに奥へと進みます。
1月24日、「宗谷」はこれ以上の前進は不可能と判断され、南緯69度東経39度の地点に接岸しました。
ただちに犬ぞり隊による偵察を開始、翌25日には観測基地建設地点をオングル島と決定、荷物の陸揚げが始まります。
そして、1月29日、オングル島に公式上陸して、ここを「昭和基地」と命名しました。

写真:公式上陸したオングル島で日の丸を掲揚する観測隊員(※)
所蔵:船の科学館
南極の1月は日本と季節が反対で夏になります。
南極大陸の大地には雪が残っていますが、地表も見えています。
日の丸が掲揚され、日本では「号外」が発行されました。
昭和基地建設。プレハブ工法を採用、断熱材はドイツ製発泡スチロール

写真:プレハブ工法で建築された昭和基地(※)
所蔵:船の科学館
昭和基地建設ではプレハブ工法が採用されました。
赤い箱のように見えるのがパネルをくみ上げたユニットで、これを通路で連結させて基地が作られました。

写真:昭和基地の全景(※)
所蔵:船の科学館
この時に使用されたパネルが当館に残っています。
第一次南極観測昭和基地は1981(昭和56)年にそのうちの1棟が解体され、使用された居住棟材は日本に運ばれました。
次の写真は「床材」として使われていたものです。
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南極観測用建物(昭和基地 床パネル)
寸法(mm):450×450×120
所蔵:船の科学館
次の写真は「壁材」です。
断熱材として発泡スチロールが使われました。
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南極観測用建物(昭和基地 壁パネル)
寸法(mm):450×450×100
断熱材に使われた発泡スチロールはドイツからの輸入品で、日本で初めて用いられたものです。
なお、第一次南極観測は「予備観測」という位置づけで、当初の目標は「南極観測基地として適当な地域を決定し、基地建設を行って次年度の越冬観測に備えよ」というものでした。
しかし、観測隊内部ではこの時に「日本初の南極越冬隊を成立させよう」と全観測隊員の総意で決めていました。
この決断ができたのも、過酷な南極の冬を乗り越えることができる新しい技術の支えがあったからでしょう。
建築技術、食品保存技術など、南極観測を機に開発された新技術はその後、私たちの暮らしに根付いていくことになります。
(※)の写真は「宗谷」乗組員だった三田安則氏が撮影し、その後船の科学館に寄贈されたものです。
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