巡洋艦「愛宕」が戦没した日。レイテ沖海戦で大日本帝国海軍の巡洋艦を中心とした第二艦隊の旗艦「愛宕」にアメリカ海軍の潜水艦が発射した魚雷が命中
1944年(昭和19年)10月23日は、大日本帝国海軍第二艦隊旗艦「愛宕」が戦没した日です。
帝国海軍には常設艦隊として、戦艦を中心とした第一艦隊、巡洋艦を中心に編成された第二艦隊がありました。巡洋艦「愛宕」は1932(昭和7)年3月30日の就役からほぼ第二艦隊の旗艦の座にありました。
太平洋戦争では東南アジア、ソロモン諸島を主戦場とし、レイテ沖海戦においてアメリカ海軍の潜水艦が発射した魚雷が命中、沈没しました。
下の写真は船の科学館が所蔵する愛宕の船舶模型(竣工時を再現)です。
高い艦隊指揮能力を持たせるために、塔型艦橋が大型化されています。
軍縮条約において、戦艦(※1)の建造が制限されていた時代、各国は保有比率制限を受けない巡洋艦(※2)の建艦競争にしのぎを削っていました。
このため、巡洋艦を中心とした第二艦隊が編成されたのですが、愛宕は建造計画時から旗艦とすることを念頭に置いて設計されました。
(※1)大規模な砲撃戦で強力な相手に打ち勝つことを目的に設計された軍艦。第二次大戦ころまでは、
砲撃戦主体の大規模な海戦の勝敗で戦争の帰趨が決まるため主力艦として見なされた。
(※2)8インチ以下の艦砲を搭載する10,000トン以下の艦種(1930年ロンドン軍縮条約)。
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