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紙に止め浮かぶ言葉と心なれ [2026年05月20日(Wed)]

260517133704775~2.JPG【ジャーナリング】
初めて聞いた言葉だ。頭に浮かぶ思考や感情をありのままに紙へ書き記す。書く瞑想と言われるという。

効果としては、1.感情の整理(ネガティブな感情を抑制)、2.客観視(新しいアイデアや考え方に気づく)、3.ストレスの軽減。

日記とは異なる。日記が、起きた出来事の記録とその場の感情の記録であるのに対し、ジャーナリングは、今の感情や思考を吐き出すことを主眼とする。

忙し過ぎる生活を送っているうちに心が乱れる。不安や怒りを感じる・・・整然とした文章にする必要はなく、素直に思い浮かんだ単語やイメージを加工せず書き出す。自己対話的に書き記してみようではないか。

(その時の感情を忘れない。忘れな草も喜ぶさ)
通勤の所変われば品変わる [2026年05月19日(Tue)]

260516090732478~2.JPG3月までは松江まで通っていた。まる5年に及ぶ列車通勤(正確に言えば最後の半年はポリテク島根への通学だったが)。松江の光景は当たり前のものとして、平日は眼前にあった。

しかし、今は通勤距離2キロの毎日。往復自転車に乗るか、クルマの往復か、駅までクルマに乗せてもらって1キロを歩き帰りにフルに歩くか、といった通勤の態様である。列車の出る幕はなく、島根にあっては都会地・松江の風景。これを見る機会も大きく減った。

(ラフカディオ・ハーンは、この擬宝珠や欄干を見ていない。明治中期の松江大橋はどんなだったのだろう。評判はよろしくなかったと聞く)
カンコンと竹が鳴るなり夏日かな [2026年05月18日(Mon)]

260517130421847.JPGここ2週間ほど雨が降っていない。乾燥している。そのせいだと思うが、数日前から竹藪からカンカン、コツンと音が響いてくる。まるで誰かが竹や木の棒で竹を叩いているような音で、熊ではないとは思うが不気味だ。乾燥の故、竹が割れるのか? 風で竹同士が叩き合うのか? グーグルGeminiは主な原因として、以下の4つの可能性があると答えた。

​1. 竹同士が擦れ合っている音(最有力)
​天気がよくて風がないようでも、上空では微風が吹いていることがあり、​風で揺れた竹同士がぶつかったり、擦れ合って「コン」「カン」と乾いた音が響く。

​2. タケノコの成長による節の破裂音
​タケノコの急激な成長で、竹の節を覆っている古い皮が、成長の圧力に耐えかねて「カン」と弾ける音を立てる。これが周囲に響いて、叩いた音に聞こえる。

​3. 鳥や小動物の活動
​キツツキの仲間が竹を高速でつつくと、「コンコン」と聞こえることがある。竹藪の中を移動する​タヌキやキジなどが乾燥した竹の筒に体や尻尾がぶつかると「カラン」と乾いた音を立てる。

​4. 気温の変化による竹の膨張・収縮
​天気がよい日は、太陽の光で竹藪の温度が急激に上がる​ことで中の空気や竹自体が膨張し、内部の繊維がミシッと鳴ったり、乾燥して割れたりするときに「パキン」「カン」と高い音が響く。

​以上、結論として​竹藪特有の天然の楽器のような現象を楽しんでみてくださいね、と。

(路端には、オオキンケイギクが群生して光を放つかのような風情であった)
ロイヤルの気品うるわしプリンセス [2026年05月17日(Sun)]

260517132149035.JPG写真は「ロイヤル プリンセス」。今日友人宅に行ったところ、丹精を込めて夫妻で育てた、この薔薇を紹介された。

ふくよかな花房と気品あるアイボリーホワイトに圧倒された。香ってみる。ラベンダーの甘酸っぱさとバニラのような華やかでとろけるような甘さを兼ね備えている。それでいて​すっきりとして爽やか。うっとりと余韻を残した。強い芳香に誘われるのか、虫が好むようで防ぐのに苦労するという。

調べてみると、ロイヤル プリンセスは皇室の愛子さまに捧げられた品種であるという。 なるほどね、ぴったしだね。
手をつなぎ親孝行に励む日々 [2026年05月16日(Sat)]

260513183817356.JPG父はフレイルが進んでいる。半年前から週に一度のデイサービスに通ってはいるが芳しくなく、身体状態は悪化しつつあった。寝たきりにさせてはならぬと、3ヶ月前から風呂に入る前に一緒に体操をしている。

まずは足首を強く柔らかくするため、つま先を上げて下ろすのを30回。両手を組んで上に伸びして、左右にストレッチ。ガチガチに硬いが、ゆるりと焦らずに毎日やる。前屈を20秒ほど。膝に胸を付けたところから速いバンザイを10回。片腕ずつパンチを計30回。ケツを上げるスクワットを20回。ほとんど上がらないが、太ももに力が入るだけでもいいリハビリだ。これらは全ての椅子に座った状態でやる。床に腰を落とすと立ち上がりがしんどいから。

毛色を変えて、笑いヨガ。幸せホルモンを分泌させようとする試みだ。セロトニンやドーパミン、オキシトシンが出て3時間は持つということではないか。無理やり笑って20秒ほど。わたしもウソ笑いが上手になった。

立ち上がり、向かい合って手をつなぐ(父と手をつないだなんて子ども以来だ)。かかとを5秒ほど上げて、ストンと落とすこと6、7回。最後は太ももを出来るだけ上げてその場で足踏み。ざっと百歩。鍛錬の甲斐あって歩みが改善されたように思う。父も喜んでいる。この親孝行を当分は続けることにする。

(温州みかんの花が咲いた。去年は大豊作。今年の花の数は少ないので期待できない)
官能の香り立つ薔薇晴れ晴れと [2026年05月15日(Fri)]

1778815981268.jpgばらの聖地・福山では、香りを嗅ぎ続けた。土づくりや消毒、挿し木や接ぎ木の手法、花殻の除去など薔薇栽培家にとって不可欠な情報には目もくれず、ひたすら見て嗅いだ。

名前は眼中になく(看板を見ても忘れる)、花に鼻を近づけ続けた。まず息を吐く。鼻の中を空にするためだ。花に鼻を近づける。一息目が勝負。静かに集中して嗅ぐと分かる。同じ株でも花によって異なることがある。新鮮度の違いか、爛熟かは分からないが、花によって異なるというのは面白い。

わたしが感じ取ることができた香りは、大きく4種。バニラのような甘い香りが一つ。一様ではなく段階があるように感じた。沈丁花の酸っぱい感じの甘さが香り立つのもある。これも段階的だ。野菜のような生っぽさを感じるものもあった。そして無香。

香水の官能試験をする敏感さを持つ人が香っていけば、もっと多種の香りを感じられるかもしれないが、わたしにはこれが限度だった。

(暖気の中に寒気が混入して強い雨が降った地域もあったが、幸いに私たちが歩き回っている時間帯は、天気が良い備後行きの旅であった)
備後バラ心尽くしにときめいて [2026年05月14日(Thu)]

260514143326635.JPG福山・備後の国へ。荘原コミセンで薔薇を育てる活動をされる『Showバラの会』の面々と「ばらの聖地福山」を訪れた。

訪問したローズガーデンは次のところ。山陽道福山サービスエリア(サービスエリアで薔薇観賞とはラッキー)、緑町公園(ローズヒルに彩られて香り立つ公園)、ばら公園(福山のばらの発祥の地でシンボル的存在)、Jardin des Roses(クリニック兼住宅の周囲を薔薇で埋め尽くす)、ローズガーデン江草(郊外の古民家に日本庭園とマッチした薔薇園)、ガーデン富谷(農業用溜池に映り込む青空と薔薇のコントラストがすばらしい)。

福山では毎年コンテストを開催して、花の美しさ、香り、樹勢などを競う。一般参加の投票も得て、愛好家同士がレベルを​高めていく。ローズガーデンだけでなく、各家庭に植えられた薔薇の数は推計100万本だという。ばらの聖地というにふさわしい。

終戦直前の大空襲で市街の8割を焼失したが、その痛手や戦後の混迷から抜け出そうと有志がばらの苗千本を植えたのが「ばらのまち福山」の始まりだ。以来70年、福山の心・ローズマインドを育んでこられた。それは、思いやり・優しさ・助け合いの心。ばらガイドさんや庭主さんのホスピタリティ溢れる案内にそれをつぶさに感じた。

Showバラの会の皆さんは、ケタ違いの薔薇栽培の様子を見聞きし、それぞれの薔薇への取り組みを点検し、昨日よりきょう今日より明日へと新たな決意に燃えておられた。わたしも薔薇を植えてみようかなぁ。
人間と人とを結ぶ基地なりて [2026年05月13日(Wed)]

260512090534400.JPGわたしの仕事は人間関係で出来ている
荘原コミュニティセンターでの仕事
自主事業を企画する
関連団体と共催する事業も多々
会議に出席することも多い
施設を利用してもらって出迎える
連絡や調整業務で奔走する
人間を介した人同士の関係
人間関係、全ては肯定する事から始まる
それが、幸せ発信基地としてのコミセンの使命
忙しい毎日にあって
そう思っている
この一週間毎日五月晴れで気持ちがよい
週末はギター三昧の一日が過ごせたら嬉しいなぁ

(赤紫色の芍薬の上にチョコンと矢車菊が乗って可愛らしい)
異なって違ってやっぱ面白い [2026年05月12日(Tue)]

260507072115256.JPG人はそれぞれ異なることばかり。性別、出身地、住んでいる場所、家族構成、卒業した学校、考えること………。だからこそ、他人との間に共通項が見つかると嬉しい。初めて出会った人と共通の話題で盛り上がるとなおさら嬉しい。意気投合する。類似した心身の事柄がなければ盛り上がれない? そんなことはない。異なることに頷けばよい。違いを面白がって聞けばきっと楽しい。

(朝の光にたたずむマンテマもまた、かわいらしくて楽しい)
驚くよ人にも物にも楽しめる [2026年05月11日(Mon)]

260511072947021.JPG「驚く力」は必要だ。新しいものや情報に触れて驚く。他人の意外な真実や特技に触れて驚く。飲み会をして初めての人と語り合うとそれがある。初めてでなくとも、驚きはある。驚くとは、楽しむことだ。

(初めて見た薔薇の美しさにも目を凝らす。これもまた驚き、そして楽しめる)
風薫る連休過ぎて良き天気 [2026年05月10日(Sun)]

fumihouse-2026-05-10T12_23_14-1-thumbnail2.jpg風が薫ってきた五月。春の第三章を迎えた(わたしの独断)。第一章は西から吹く風が東風に変わる、クロッカスが花芽を大きくする頃。第二章は桜花爛漫とその後の百花繚乱、そして木々が萌える春もみじの頃。第三章は最も生命力に溢れた清々しい季節(今年は各地で早い真夏と冬逆戻りがあった模様だが)。緑が日々深まり、日向と花の匂いが薫る頃。柔らかな風が肌を包む春の香り。ここで春は完結する。

第三章では青臭いものが降ってくる。消毒のハイターの臭いか、男の放つジェルの臭いに似た芳香。スダジイ(シイノキ)である。細かな花が大きな木の上方部を覆い尽くし、今日のように晴れた日には、第二の新緑の趣で山々から光源として光を放つ。春は頂点に達すると言っていいだろう。来月になるとよく似た栗の花が匂う。そうなると、もう夏だ(梅雨を含め)。

(雲一つない五月晴れのもと、スダジイが照り輝く)
土曜朝荘原駅に風が吹く [2026年05月09日(Sat)]

fumihouse-2026-05-09T20_32_11-1-thumbnail2.jpg今朝はボランティア。JR荘原駅をキレイにする活動を行った。荘原コミュニティセンターに関わる方々が、6年前に荘原駅が新装オープンした際に自発的に一念発起。春から秋にかけて土曜日朝の計14回。7班に分けて2回ずつ担当する。時間は負担にならないように7時から30分間、集中してやる。わたしもコミセンに勤めるようになったのを機会に、ボランティアに参加するようになった。

壁や軒下の蜘蛛の巣を払う。トイレの便器をしっかりと磨き、待合室(狭いが)やコンコース(ごく狭い)も含めて、床や壁をキレイにする。この3月まで毎日通勤列車を使っていたものだが、気持ちよく使うことができたのも、この活動のおかげであった。感謝の気持ちも込めてわたしも作りかけのツバメの巣を取った(親鳥くん申し訳ない)。

(グラハムトーマスという薔薇が荘原コミセンに咲いた。今朝の参加者には、薔薇のボランティアに参加される方もいらっしゃる)
くたびれた免疫弱しマスクかな [2026年05月08日(Fri)]

fumihouse-2026-05-08T19_13_57-1-thumbnail2.jpgくたびれたマスクを掛ける人がいる。鼻の先が毛羽立っている。きっと何日もおんなじ物を使い回しているのだろう。白いはずが、薄汚れてさえ見える。

3年前の大型連休明けから新型コロナは、感染症法上の5類となった。インフルエンザと同様の扱いとなったわけで、外出自粛要請や行動制限はなくなった。もちろんマスクを掛ける義務はない。

ところが、他の感染症も含めて恐れる人はマスクを掛け続ける。わたしは暑苦しいマスクには我慢がならないので、病院や介護施設へ行くとき以外は掛けない。掛けるか掛けないかは個人の好みであり、あれこれ言う必要はない。

それでも思うのである。感染を恐れるならば、徹底して菌やウイルスから防御しないと意味はない。マスク内側を汚染した可能性があるならば直ちに捨てるべきだ。菌まみれの手で付けたり外したりすれば、感染源が自分自身となってしまうではないか。

ではどうするか。免疫力を高めることに傾注すればよろしいと思う。何もしない。あえて言うなら危なそうな場所からは直ちに離れることだ。

新型コロナが蔓延した3年間に染みついた習慣としてマスクを付けるのはナンセンスだ。同調圧力ではなく、習俗と化してしまったかのようだ。

(荘原コミセンの庭に薔薇が乱舞し始めた。香りと色と形で楽しめるこれからの2週間)
生きるとは音楽するとしかるべし [2026年05月07日(Thu)]

fumihouse-2026-05-07T13_08_21-1-thumbnail2.jpgブログ『小原聖子のひとり言』の2026/03/17付け「言葉の前に踊り、音楽があった!」に、次の言葉があったので、引用させていただく。

≪加藤登紀子さんが言ってました。
 第二次世界大戦の時、シベリアに抑留されていた
 親戚のおじさんが、彼女が歌い手になった時、
 いい仕事に就いたね、
 シベリアではみんなで歌を歌った人達が、生き残ったんだよ!と言ったそうです。
 生きる力が湧くのでしょうか。≫

シベリアでもそうなんだ、なるほど。ホロコーストの収容所でも、隠れて歌を歌い、ユーモアを忘れなかった人が生き残る確率が高かったと聞く。歌で厳しい状況を紛らわす、心静めて良き過去を思い出す、リズムに合わせて指をたたく、詩を交えて心を満たす、未来への希望を絞り出していく……。

ということは生きるとは、歌うこと、そして踊ること、まずは音楽することなんだなぁ。カラオケでも鼻歌でも、運転中の口ずさみでも何でも、音楽しよう。幸いにわたしにはクラシックギターがあるぞ。心を満たすよう奏でよう(難しいけど)。

(ヤマボウシも歌っているさ、きっと)
偏見は何の気なしに湧いてくる [2026年05月06日(Wed)]

fumihouse-2026-05-06T07_10_42-1-thumbnail2.jpg偏見だった
到着して下りになって折り返すJR米子駅発の最終列車
気持ちよく酔っ払って座るところを物色
席に財布が忘れられていた
じきに乗務員が来て対処してくれるだろう
とぼんやりした頭で考えて別の席に腰を下ろす
インド系の風貌をした若い外国人カップル
わたしの席横を通り過ぎる際
男性は財布に気がついた模様
自分たちの席を確保したようだ
男性は引き返してきて財布を手に取った
あっ持っていかれる! 盗まれる
自分が直ちに乗務員に届ければよかったと後悔
20秒後、彼は乗務員を連れてきて
ここだ!と指差した
ちゃんと届けていたんだ
わたしの偏見だった
そんな偏見は持っていないと思っていたのに
偏見にまみれている
外国人、なかでも西洋系以外への偏見
わたしにもあるんだ、と認識
心澄ませて生きねばならぬ

(2026年5月5日の澄んだ夕方、鳥取・米子新加茂川べりの風景)
夢希望忘れる間もなく現実に [2026年05月05日(Tue)]

fumihouse-2026-05-05T22_18_48-1-thumbnail2.jpg≪きのうの夢はきょうの希望、そしてあしたの現実≫
とは、近代ロケット工学の父と呼ばれる米国科学者、ロバート・ハッチングズ・ゴダードの有名な言葉である(日曜ドラマ『GIFT』で初めて知った)。

元は The dream of yesterday is the hope of today and the reality of tomorrow. だそうだ。

1920年前後における博士の信念。周囲からはロケットを打ち上げるなんて夢でしかない……と冷笑され、孤独になっても信念を貫いた。あきらめずにとうとう1926年に世界初の液体燃料ロケットの打ち上げに成功。きのうの夢があしたの現実になったのだ。夢を追うことを忘れてはならない。

(ビオラも花もまた、諦めるなと言っている)
重厚に不思議な響き光あれ [2026年05月04日(Mon)]

fumihouse-2026-05-04T07_44_52-1-thumbnail2.jpg晴れの特異日といえば、10月10日や11月3日が有名だが、5月3日も晴れていた印象が強い。きのうは大荒れ。東日本では特大の雹が降って春の大嵐を招いたり、こちらでも寒々と雨が振り続いた。きょうもすっきりしない天気となる模様。

山陰ギターコンクールの初日となった。わたしはシニア部門に参加する。演奏曲は、ヴィラ=ロボス『前奏曲第三番』。「バッハへの讃歌」と副題されたこの曲は、対位法の構造を持ち、悲痛な哀歌のようであり、ブラジル的な強い情熱や精神性も感じさせる。

ゆっくりと、そして重厚に激しく、この物語をいかに語れるか。あふれる哀愁とともに、曲に漂う『光』を表現できるよう高めていきたい。

(紫蘭が数日前の夕陽に映えて咲いていた。こんな花は知らん!なんて言わないで、目を凝らしてご覧なさい)
エイプリル嘘を重ねて18年 [2026年05月03日(Sun)]

fumihouse-2026-05-03T07_23_00-1-thumbnail2.jpgエイプリルフールでは、毎回ブログやフェイスブック投稿で嘘をついてきた。今年はバナナだけを毎日38本食べていると。年年の投稿を振り返ってみた。

2025 『ブリブリ・ボックス』1億2千万円を所有中
2024 わたしは嘘をついたことがない
2023 わたしの誕生日は4月1日
2022 五輪カーリングにエキシビションを設置
2021 10年間全く眠れない
2020 ブログ投稿をやめた
2019 東京五輪から開催国準決勝参加特典
2018 神在月来集神数が出雲の人口と同数
2017 米大統領選でクリントン復活当選
2016 テロ防止政策でイスラム教改宗方針
2015 箱根駅伝で歩道を走行
2014 東京が冬季五輪に立候補
2013 中国が領土の強硬路線を転換
2012 野田首相が魔法習得
2011 島根県議会選挙で候補者乱立
2010 島根県庁に1兆円の寄付
2009 センバツ高校野球で島根県代表が決勝進出

さて、来年は何を書こうか。今のうちから考えていけば、いいアイデアは浮かんでくるさ。

(何かしらウソっぽい花。秋にはポポーの甘い実が食べられるだろう)
青紫の南半球花見かな [2026年05月02日(Sat)]

fumihouse-2026-05-02T11_56_03-1-thumbnail2.jpgジャカランダの木の苗に芽が出てきた。ホームセンターで昨秋に買って、冬の間苗ポットに入れたまま室内で保管していた。2月後半に庭に植えたのだが、シダの葉をうんと小さくしたような葉枝はすべて落ちてしまった。枯れたのだと諦めた。ところがさっき観察してみると、なんと葉が出ている。生きていたのだ。

木が大きくなると、ごく小さな釣り鐘状の薄青紫の花が集まって春に無数に咲く。10月から11月。四半世紀前にオーストラリアのブリスベンで見た。街路樹の高さが10メートルをはるかに超える巨木がたくさんあって、木全体をパープルで覆っていた。人びとはこの花で花見をするらしい。亜熱帯の植物ではあるが、暑くなりすぎた日本でも咲くらしい。何年か経てば春に楽しめるだろうか。

(ジャカランダではない。これはネモフィラ。同じように爽やかな薄青紫色をしている)
階段は巧まず力満ちていく [2026年05月01日(Fri)]

fumihouse-2026-05-01T21_15_13-1-thumbnail2.jpg階段に縁がなくなった。3月までJRで通勤している頃は、駅、事務所、歩道橋など階段を上り下りする機会に恵まれていた。巧まずして運動ができた。1段飛ばしで階段を上るのはなかなかにいい運動だった。その機会が途切れなかったから、食べ過ぎてもカロリーは立派に消費できていた。

ところが通勤距離2キロを自転車で通ったり、雨が降ればクルマを使う。事務所や関係先を動き回る機会は多くても、平屋の建物ではカロリー消費はたかが知れている。こんな生活では太ること間違いない。まずはオヤツの量を減らそう。自転車を少なめて、通勤でなるべく歩こう。歩こー歩こーわたしは元気に・・・。

(ウインターコスモスは、艶やかで元気の出る黄やオレンジ色)