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感覚と想像広げ楽しむ絵 [2025年11月30日(Sun)]

fumihouse-2025-11-30T21_18_40-1-thumbnail2.jpg東京富士美術館(東京・八王子)で開催中の『ヨーロッパ絵画_美の400年』展にあわせ「あなたをハグしてくれる絵が、きっとある」として、絵の楽しみ方が紹介されていた(聖教新聞11月30日付)。

絵画の知識がなくてもいい。絵を前にして感じる喜びを大切にするといい。五感と想像力を駆使して観察し、どんな音が聞こえてきそうか、どんな匂いか、季節はどうか、どんな質感のある服を着ているのか、背景の描き方はどうか、画家の意図はどうか、そうした思いを馳せるのがいいと。そのうちに作品を身近に感じることができると述べる。そしてこの色が好き、表情がいい、と自分の感覚を押してみると自分なりの楽しみ方が見つかっていく。

絵画は面白い、気ままに楽しむことだ。絵の躍動感を目の当たりにして、少しでもいい、明日を生きる糧を得るのだ。

(ドウダンツツジが紅色に染まる。夕日を浴びてさらに色づく。これも楽しい観賞だ)
スマホ首夢中になるはエスエヌゲーム [2025年11月29日(Sat)]

fumihouse-2025-11-29T22_10_54-1-thumbnail2.jpg列車に乗って席に着く。隣はスマホでなにかやっている。チラリと横目で見る。シューティングゲームか、LINEの画面が出ている。ほぼ例外はない。みんな戦うゲームとSNSが好きなんだ。姿勢は悪い、スマホ首だよ。ゲームやり過ぎ、SNSのやり取りばかりだとは疲れない? 目を大切にね。気の遣い過ぎもよくないよ。

(朝露に濡れるモミジヅタが見事。深まる秋は終わりを迎え冬がやってくる)
ぬとめとゆ平仮名字源面白し [2025年11月28日(Fri)]

fumihouse-2025-11-28T07_40_16-1-thumbnail2.jpg昨日は、ぬ め ゆ ね を書き間違いやすいと書いた。字源は何だろうと思った。Geminiくんに調べさせると次の答えが出た。

ぬ = 奴
め = 女
ゆ = 由
ね = 禰

草書体を、崩しに崩して平仮名はできた。「女」から「め」、「由」を「ゆ」にするのは想像しやすいが、「奴」が「ぬ」になるのか。さらに「禰」を「ね」だなんて思いも寄らない。こうした先人たちの工夫によって今の日本語は成り立っている。

ついでにGeminiくんは、カタカナの字源も教えてくれた。

奴→ヌ(又そのものから)
女→メ(中央の二画を抜き出した)
由→ユ(左側の部分を抜き出した)
禰→ネ

ネは、禰のうち爾の右上部分を抜き出し簡略化したそうだが、よくわからん。文字とは面白きものよ。

(花とは面白きもの。シクラメンの季節がやってきた)
ぬとめとゆ平仮名書いてミスってね [2025年11月27日(Thu)]

fumihouse-2025-11-27T12_11_45-1-thumbnail2.jpg「ぬ」「め」「ゆ」、それに「ね」。メモするときに何故かよく間違える。何故だ? 特に「ぬ」を書こうとして「ゆ」と書いてしまうミス。何故だ、わからん! 

「ぬ」の一画を書いたら一度ペンを上げて二角目に入らなくてはならないのに、急ぐが故に上げずに書き続けて、流れで「ゆ」になってしまうのかもしれない、と慰めてもいる。

そんなことありません? それともわたしの老い?

(高齢者や不自由がある方には、不便な思いをさせ「ぬ」よう、席をお「ゆ」ずりください)
歳末におかしな天気雨あられ [2025年11月26日(Wed)]

fumihouse-2025-11-26T08_39_41-1-thumbnail2.jpg存分に楽しんだ三連休は天気に恵まれ、気持ちがほぐれ快適であった。うってかわって……昨日は暗くなったかと思うと轟く雷鳴、屋根とアスファルトを叩く豪雨。止んだらたちまち晴れて、喜んだのもつかの間、雲が垂れこめ小雨が降り続けた。アラレが降ることもあった。気温は急激に冷えていく。

変な天気だが、これが日本海側の冬というものだ。太平洋側ほど朝夕冷えることはないが、太陽を浴びる時間が少ないというのは少々堪える。気候だって変調な具合が続いている。歳末にも向かって忙しくなる(今年もあと4週間)。だからこそ体調管理をしっかりと。

(暑さによる葉焼けで紅葉は期待できないとされたが、今年の紅や黄に染まる木々の美しいことよ)
練習にかける時間を配分し [2025年11月25日(Tue)]

fumihouse-2025-11-25T16_42_36-1-thumbnail2.jpg米子で行われた益田展行氏のギターリサイタルのあと、茶話会で氏に問うた。次の選択肢を示し、練習時間はどう配分したらいいか?と。
 1.基礎練習
 2.新しい曲の練習
 3.今までやってきた曲の復習

氏は答えられた。1が1割、2が5割、3が4割。なるほどと思った。アマチュアギタリストが陥るのが、発表会を終えて新しい曲に取り組み始めると、今までの曲がうまく弾けなくなり、やがて見向きしなくなる。運指もあやふやになり、楽譜を見ても思い出せない……そんなことを繰り返してきたが、練習量の4割を曲復習に充てれば、レパートリーを保っていける。基礎練習が少ない気もするが、新しい曲の譜読み、暗譜、曲想付けといった楽しい練習に精力を半分を費やすことで、ギターへの情熱を薄れさせずにおける。

益田氏の演奏会では音に聴き惚れた。近代ギターの父、フランシスコ・タレガの小品やミゲル・リョベートのカタロニア民謡シリーズ。わたしがかつて取り組んだ曲が多く、もう一度練習する気になった。バッハ、ソル、ポンセの曲も合わせて、氏は丁寧にダイナミックに、初めて聞く曲や毛色の代わった編曲など興味深く奏でてくださった。

「ギターは小さなオーケストラのようで無限の色彩がある」(ベートーヴェン) ギターっていいなぁ。

(シクラメンの季節。ショッキングピンクのヒダヒダが卑猥に美しい)
会心の演奏目指し芸術よ [2025年11月24日(Mon)]

fumihouse-2025-11-24T16_11_10-1-thumbnail2.jpg三連休にはピアノとギターの発表会に続けて参加。自分以外の演奏に耳を傾けるのは面白い。会心の演奏に満足げなひとは珍しいし、傍目には完璧に見えても、本人は何らかの落ち度を感じている。それを克服するべく頑張ればよし。いい演奏については言うことはない。失敗の演奏には共通項がある。

序盤は曲を丁寧につくっている。ところが中盤になると崩れてくるのは、おそらく難しくなることにあわせて、練習量が足りない。いつも冒頭からの通し練習をしているのが原因だと思う。時間がなければ途中で切り上げなければならないし、弾けないところを繰り返していると、最後まで通せない。だから後半ほど練習量が少なくなる。

通し練習ばかりしていると、不安な箇所をそのままに通り過ぎ、弾けるところだけを楽しんでいる。弾けてるいい感じのところに到達すると、喉元過ぎれば悔しさを忘れる。気持ちよくなってしまって、全部が弾けてるような錯覚をもよおす。

独奏で楽譜を持ち込むひとの多くは、楽譜を見ていない。というか、どこが今弾いている個所なのか、わからない。安心のために持ち込むだけで役に立たない。楽譜を見て本番に臨むひとは、よほど楽譜を読んで弾き込んでいる。

自分のことは棚に上げて書いたが、本番で満足のいく演奏をすることは難しい。精度を高め、繰り返し考えて実践するしかない。そうした学びがあった発表会であった。

(失敗して頭が白くなると、赤い薔薇も白黒化してしまうことだろう)
盤石の下半身なり烏克蘭 [2025年11月23日(Sun)]

fumihouse-2025-11-23T19_48_13-1-thumbnail2.jpg勝った関取が花道を引き上げる。付き人と抱き合った。付き人は顔を崩して泣いた。関取は一瞬相好を崩したが、すぐに冷静な表情に戻った。紅顔の美男子、飄々とした顔つきで喜びを面に出さない。

ハキハキとインタビューに応える。
優勝の喜びは?
「ありがとうございます。素直に嬉しいです」
2番勝つ必要があったが?
「自分らしく相撲をとりたい、悔いのないようにやりたかったです」
緊張したか?
「いつもと同じように緊張していたが、自分らしい相撲が取れました」
すごい歓声だったが?
「勝ったことが信じられなくて、歓声は聞こえませんでした」
賜杯を受けた感想は?
「思ったより重たかったです」
どうしてそんなに勝てるのか?
「自分でもよくわからないです」と笑いをとった。
抱負を聞かれ、
「もう一つ上の番付を目指していきたい。今場所に負けないような結果を出していきます」と語った。

ウクライナ出身では初めての優勝、そして大関へ。安青錦、おめでとう。祖国の人々へ希望を与える。

(今夕の夕焼け。地球の運行と同様に盤石な安青錦の下半身)
悪戯に時間と空間忘れたり [2025年11月22日(Sat)]

fumihouse-2025-11-22T20_32_47-1-thumbnail2.jpg忘れ物とは、時間と空間とが織りなす悪戯である。時間の移り変わりによる忘却と、空間を移動することによる錯覚が人を惑わす。

傘を傘立てに置く。仕事をする、用を済ます、懇談の席を楽しむ……。時間が経過する。場合によっては雨がやむ。その結果傘を置いたことを忘れてしまう。かくて時間の忘却に絡め取られる。置き去りしたままに忘れ物と成り果てる。

公共交通機関に傘を持って乗る。傘を手すりにかける。折りたたみ傘を席の下に置く。置いた場所は変わらないが、バスや列車は距離を移動して周囲の環境が変わる。精神状態も変わるかもしれない。空間の移り変わりによって置き去り、忘れ物と成る。

先日わたしは長柄の傘を列車の通路側の手すりに掛けた。席に座ってリュックを網棚に置き、本を読みスマホをいじった。停車駅に近づき、網棚からリュックを下ろして本を入れ、スマホを胸ポケットに収め、忘れ物はないかと座席を点検した。傘のことはすっかり忘れていた。外は朝方の強い雨から一転、よく晴れていた。

(ホトトギスは忘れない。地味だが忘れずに咲く)
大火事を鎮圧したら再起へと [2025年11月21日(Fri)]

fumihouse-2025-11-21T07_37_39-1-thumbnail2.jpg大分・佐賀関の大火。170軒もの家が焼けたという惨事となった。お見舞い申し上げたい。

昨日夕方のニュースで、大火は【鎮圧】したと報道されて、違和感があった。暴動や内戦を武力を使って鎮める(しずめる)ことが、鎮圧だと思っていたから。調べると、それだけではないようだ。

消防の世界では、火の勢いが弱まり、延焼のおそれがなくなった状態をいうようだ。要は制御できる状態にまで抑え込んだこと。すなわち【鎮火】とは、火が完全に消えて消火活動が終了した状態をいうことが分かった。成すすべがないほど炎は一面を舐め回し、すべてを燃え尽くそうとした火を制圧できた。その安心感を鎮圧は表現している。

言葉とは面白いものだ。佐賀関大火のことでそんなことは言っていられない。歳末に向けて途方に暮れる方々が多かろう。本格的に寒くなる。関鯵席鯖のブランドも心配される。わたし自身が安心して暮らせることを感謝しつつ、みなさんの再起を祈りたい。

(コキアが紅色に染まる。今年は紅葉で山々が鮮やかに染まっているらしい)
滑稽に化ける武士なりおじじさま [2025年11月20日(Thu)]

fumihouse-2025-11-20T07_34_24-1-thumbnail2.jpg朝ドラ『ばけばけ』。いつもクスッと笑っている。しんみりとシリアスも適度にブレンドされて、実にいいドラマだ。特に昨日はケラケラ笑った。見終えて忽然と思い浮かんだ。武士階級への、この上ないリスペクトがあると。

おじじさまの松野勘右衛門(小日向文世)は、旧時代の遺物たる武士にこだわり続ける。時代に捨て去られた武士階級に固執し、家格だの、額に汗して働くのは卑しいだの、髷と刀を武士の魂とするなどの馬鹿馬鹿しさ。それを揶揄(やゆ)されるばかりの存在で、江戸の昔にすがりつく滑稽さを笑われている。昨日のばけばけは違った。

西洋人がウキウキする時にするというスキップを、ヘブンに教えられたが誰も出来ない(下手くそに演ずるのはさぞや難しい)。おときがいくら練習しても習得出来ないスキップを、おじじはヘブンの所作を一度見たでけで苦も無くやった。

わたしは鍛錬の賜物だと見る。観察して動きを真似る、さらに磨き上げて、自分らしい動きを体得して、一流の域に達する。そうした武道の神髄を会得していることの凄みを表現したのではないかと、感じたのだ。

殺生の禁で刺す蚊すら叩かせないヘブン、そして化けもの話がこの上なく好きなおとき。この2人が気づき合い、物語を紡いでいくようになるのはいつだろう。

(小菊が咲く。行く秋を惜しんで咲く)
均衡しワークとライフ共に生き [2025年11月19日(Wed)]

fumihouse-2025-11-19T18_31_24-1-thumbnail2.jpg精神的に疲れない働き方50選が、フェイスブックのタイムラインに出てきた。思い当たるところがたくさんあり、自ら実践したこともあるが、なかなか思いどおりにいかない事柄もある。心身ともに健康でありたいと願うのは誰しも同じ。50選から気になるものを、抜き書きしてみた。

「休憩をこまめに取る」 これはやってきた。が、事務職場で周囲を見ると実に際限なくパソコンに向かう者が多いこと。気になってしょうがない。わたしは窓から外を見てぼーっとし、ストレッチをするのがお気に入りだ。

「定時で帰る」 意外と難しい。気になることを片付けてしまいたい、区切りのつくところまでやっておきたい気分が勝ると、定時は難しい。勝負は午前10時半までにある、と思ってやってきた(何かで中断しがちだが)。

「苦手や難しい仕事は先にやる」 苦手意識があると後まわしになりがちだ。乗り気にならないと着手しない悪い癖がいつも悩みのタネだった。

「仕事の優先順位を明確にする」 上記に同じく、手のつけやすい得意なことからやってしまう傾向がある。

「休日に仕事を持ち帰らない」 持ち帰って少しでも進めておこうと決意するのだが、安心料みたいなもので、十中八九、手を付けることはなかった。

「デスク周りを整理整頓する」 これはいかん。デスクの上などそのままにして、じゃあまた明日!と飛び出すことが多かった。すぐに翌朝着手できるというもんだが、ご時世で情報漏洩が心配される。

「定期的に有給休暇を取得する」 これは大事だと思う。先に予定を立ててさっさと休みを取る。その日に向かってやりくりして仕事を進めることが大切だ。

「ポジティブな言葉を使う」 ダメだーと自分に対して落ち込むことは多い。頭を捻らせて、ネガティブ言葉からポジティブ言葉に入れ替えよう。

「マルチタスクを避け、集中力を分散させない」 焦るとマルチになりがちだ。どっちつかずで中途半端に終わるのが関の山。一つ一つ片付けていくことだ。

「気になったことはすぐにメモをする」 そう、メモしないと、どんなアイデアでも忘れてしまう。必要な重要事項も頭から消え去る。メモしたことを忘れないように、メモは一定の方法に固めよう(スマホのメモ帳とか、業務ノートの日付順)

(湧き上がる冬の暴れ雲のように変幻自在に生きる)
目まぐるし神在月と冬天気 [2025年11月18日(Tue)]

fumihouse-2025-11-18T16_28_34-1-thumbnail2.jpgさて、神在月がやってくる。神在月の十月が今年は11月20日(木)から始まり、出雲大社では神々を迎える神迎神事がある。初日は、十月十日(新暦11月29日)。

神々がどこにいるのかは知らないが、観光客が増える。ぼちぼち松江・出雲​ではカートを引く旅行客が目についてきた。朝ドラ『ばけばけ』効果も相まって、この神在月は多くの人が島根県を訪れてくれることであろう。

冬将軍がやってきた。まだ寒波と言うほどのことではないが、明日はぐっと冷え込むらしい。西高東低の冬型の気圧配置。神在月は来る客にとって(住む者もそうだが)、天気対応が目まぐるしく変わる。

(乃木駅で捉えた冬の天気。晴れたり曇ったり、雨が降る。時々雪になって人々を困らす)
そうだもしたらればなくせばどうなるの [2025年11月17日(Mon)]

fumihouse-2025-11-17T16_40_06-1-thumbnail2.jpg≪そうだ、「もし」なんて、仮想の話ほどくだらないものは、ない。もし、あいつと同じ力があったら。もし、あのときこうしていたら。もし、別の生き方を選んでいたら・・・・・・くだらない。百万回唱えても、何一つ変わらない。≫(あさのあつこ著『バッテリーX』)

と、主人公の原田巧(ニヒルな中学一年生)は言う。そのとおり、100%正しい。文句のつけようがない。しかしねぇ、誰しも、特に大人になると「タラレバ」が増えてくるんだよ。タラレバの感傷にひたり、「もし」の空想に身をやつすんだ。それもまたストレス解消の手段かもね。

(柚子が秋空に輝いて見える。今年は豊作なり)
建前と本音を使い分けるのか [2025年11月16日(Sun)]

fumihouse-2025-11-16T16_05_59-1-thumbnail2.jpg【建て前(たてまえ)】とは、表向きの意見や基本的な方向性を意味し、「本音」とセットになって人間や社会の表と裏のドロドロした情念を表すことがある。

建築用語の【建前(たてまえ)】から出た言葉だが、本来建て前とは、主要な柱や梁を組み上げる過程のことを指す。建て前が完了すると家の全体像が見えてくることから、物事の基本方針や表向きの考えを指すようになった。

わたしがこの10月から通うポリテクセンター島根の住宅CAD・リフォーム技術科での実習も、建て前を終わり、床下地施工に入った。根太や荒床を敷き、畳寄せまでを終えた。建設の槌音高く、住宅が立ち上がるのは気持ちがよい。これ、本音。

(皇帝ダリアが、青空の下、3メートルを超える高さに立ち上がる)
冬木立ふつうの月はどう見える [2025年11月15日(Sat)]

fumihouse-2025-11-15T12_35_19-1-thumbnail2.jpg映画『平場の月』を見た。主演は堺雅人(青砥役)、井川遥(後藤役)は中学の同級生で何十年後かに再会し惹かれ合った相手。50代の大人が面した切ないラブストーリーといえば、あまりに平凡であるが、誰にもプライドがあり、無理をするなと言われても、そうはいかない大人の事情というやつが描かれる。観る立場からすればハッピーエンドを望んでもそうはいかない、悲話の宿命だ。

英語題は A moon in the ordinary 、普通の月って何だろう。月は月、特別も普通もない。しかし、悲しむ者には陰影の浮き沈みが悲哀を増し、喜ぶ者には栄光の象徴として胸にすかっと来て、忙しく行き過ぎる人には目にすら入ってこないのが月というものだ。地球から38万キロメートルの彼方で猛烈な勢いで回っている月は、地球から見れば平穏でごく当たり前の天体でしかない。

強烈なプライドを抱えて生きていたとしても、傍目から見れば特別なことじゃない、ごく当たり前のこと。ならば楽しく気の向くままに生きればいい、というわけにはいかない。後藤と青砥は過去と現在のせめぎ合いの中で、日々もがいていた。

互いを「後藤」「青砥」と呼び捨てし合う仲のまま、惹かれて結ばれる2人。しかし病魔が2人を切り裂く。頼ってくれていい、いや頼って欲しいとする一方に対し、もう一方は首を縦に振らない。自己の死すら明かそうとしなかった。中学の同級生の2人がやはり惹かれ合い、少しだけ心を許しあったあの経験。残された一人はその記憶を思い浮かべながら悲痛の涙をこぼすのであった。

逝った者は平場の月ではなく、特別な月を求め、残された者とともに歩んでくれればよかった。しかし納得しえなかった。でんでんが青砥の同僚の役で出演していたが、納得できる相手に出会えてその人がいなくなってしまってもそれは幸せだ、そんな意味の台詞が心に残る。

(平場の月の物語のオープニングは、2025年12月1日月曜日。染井吉野の葉は鮮やかに染まっていただろうか、それとも落ちたのか)
晴朗が糞にまみれて週末朝 [2025年11月14日(Fri)]

fumihouse-2025-11-14T16_50_13-1-thumbnail2.jpg天気よし、風は晴朗、歩く気分は気分は爽やかだ。明日は土曜日。金曜の朝をゆく足取りは軽い。晴れ渡る空に高くマガンの編隊が六、七羽。東に向かって飛んでいった。あー冬だなあ。

ふと帽子と肩に落ちた雨。天気雨か? 上空にまったく雲はない。胸が騒いだ、帽子を取った、白い斑点。リュックを下ろした、これも白いもの。白い雨?なわけはない。あのマガンが落としていったのだ。文字どおり私は、空に向かって毒づいた。「クソったれ!」

(晴朗たる涼やかな空は気持ちがよい。それにひきかえ、なんだこの経験は!)
住宅を売りたし買いたし人の常 [2025年11月13日(Thu)]

fumihouse-2025-11-13T17_06_35-1-thumbnail2.jpg『中古住宅、マンション/お売りください/買取もいたします』という不動産事業者の看板に違和感があった。売るのは客側、買い取るのは会社側。立場が異なるだけで、行うことは同じだよな、と思った。グーグルGeminiくんに聞いてみた(要約)。

ごもっともな違和感ですね。​不動産の看板でよく見かける「お売りください」と「買取」という表現は、一見すると同じ行為(不動産を売却すること)を指しているように見えますが、不動産業界においては、売主と不動産会社との関係性や取引のスキームにおいて、明確に使い分けられています。

■​売る■と◯買取◯の違い
■「お売りください」(仲介)
◯「買取もいたします」(直接買取)

不動産会社との関係
■仲介者 (売主と買主の間を取り持つ)
◯買主 (不動産会社自身が直接購入)

契約の形態
■媒介契約 (売買のサポート)
◯売買契約 (直接的な売買)

メリットとデメリット
■市場価格に近い価格で売れる可能性がある。一方、買い手が見つからないリスクがある。
◯売却が確実、現金化が早い、仲介手数料が不要だが、市場価格より安くなる

​「買取も」と添えることで、「まずは市場で高く売れるようにお手伝いします。万が一売れなくても、当社が直接買い取りますからご安心ください」という、二段構えのサービス提供を示唆する表現なのです。

以上、Geminiくんの解説。なかなかよく分かる。お見事なり。

(ラッキョウの花を初めて見た。鳥取砂丘あたりまで見に行かなくては、と思っていたが近所の人が畑で栽培していた)
集団に生まれ生かされ日々糧に [2025年11月12日(Wed)]

fumihouse-2025-11-12T17_28_41-1-thumbnail2.jpg集団とは面白いものだと思う。意図するしないとにかかわらず、空気が生まれる。短時日で解消される集団もあれば、のちのち長らえるものもある。自薦他薦によりリーダー的な存在があらわれ行く末を導く場合もあれば、成すがまま出たとこ勝負で動く個人独立集団もある。

共同作業をすると構成員の個性が出る。集団としての傾向性も明らかになる。要領が良い者が集まれば作業は速いかと思いきや、船頭多くして船山に登る状態となることもある。すると不和が生じ、効率はとたんに落ちる。一匹狼が多い集団では、統一的な行動がされず能率は悪くなる。

誰もが一人では生きられない。家族という小集団から始まって、学校、職場、旅行地、趣味の会など多くの集団や組織にひとは属していく。わたし自身も様々な集団に含まれる。日々善き縁が結ばれるよう願っている。

(朝夕は冷えても昼間は暖かく汗ばむこともある。来週から冬将軍の第一波が南下してくるとか。暖かい素材の服が着たくなってくる)
指の入り手は五本指足は五趾 [2025年11月11日(Tue)]

fumihouse-2025-11-11T16_56_03-1-thumbnail2.jpg作業服を着るときは、5本指の靴下を履く。汗を吸収し、足の踏張りを屈強にする(ような気がする)。ただし時間がかかる。母趾(親指)から順に、第2趾(人差し指)、第3趾(中指)、第4趾(薬指)、小趾(小指)へと入れていくと、手間がかかる。特にわたしの小指は短くて始末が悪い。

靴下は汗に蒸れる。靴を履いたままの生活を続けると水虫にもなる(実は治療中)。昼休みには靴下を交換する。帰る前にも再び代える。5本指の靴下はめんどくさいが、それなりに気持ちがいい。
間尺とは今も生きてる古人知恵 [2025年11月10日(Mon)]

fumihouse-2025-11-10T08_33_20-1-thumbnail2.jpg【間尺(ましゃく)に合わない】という言葉を昨日使ったが、これは一間二間の間(けん)、一尺二尺の尺(しゃく)を語源としている。間尺に合わないとは、寸法が合わないこと。そこから、割に合わないとか、利より害が多いといった意味が生じた。尺貫法の長さのメートル換算を整理してみた。

一分(ぶ)= 一寸の1/10=約3.03mm(0.3cm)
一寸 = 一尺の1/10=約30.30mm(3.0cm)
一尺 = 約303.03mm(30.3cm)
​一間 = 六尺 =約1818.18mm(1.8m)
​一町(ちょう)= 六十間 =約109.09m
一里(り) = 三十六町 =約3.92km

一寸法師の大きさはわずか3センチしかなく、一里塚は4キロごとに植えられており、「一分の隙もない」とは3mmの隙間もないほど精密だという意味なんだと分かる。

なぜ割り切れない数字になっているのか。そもそも数値の基準は何かと調べると、元は身体尺であり、肘から手首までの長さを一尺(約30cm)と定めたよわうだ。メートル基準器のような物があるのだろうか。

​明治24年に制定された度量衡法により、10メートルを33尺と定義するとされたようなのだ。だから、10mを33尺で割って、0.30303030303030303……と無限小数となってしまうのだと分かった。なるほど〜。

(出雲市街地の街路樹のモミジバフウが紅葉した。雨や曇り空のなかでも艶やかだ。かつトゲトゲの実が面白い。歩道に約五間の間隔で植えられている)
並べかえ文字の不思議を思う秋 [2025年11月09日(Sun)]

fumihouse-2025-11-09T10_33_13-1-thumbnail2.jpg頭の体操と称して無料パズルをやっている。うちの一つが「文字ソートパズル」。ひらがなが順不同に並んでおり、それを正しい順番で並べると、次のステップに進めるというものだ。

こんなソート問題があった。
「いんさ」 婬さ=婬なる度合い、てな正答があるはずもないから、「サイン」として打ち込むと違うと。では「三位」か? これも不正解。では「遺産」だなと納得して書き込むと正解。

答えは一つとしてしまうと、複数の答えが見つかった場合に不正解とされる。こんな間尺に合わないことはない。まっ出題者の意を汲むしかないと諦めて、次に進む。

(尺の内公園にあったサンシュユの実。ホシザキグリーン財団の手によって園内は秋を満喫できるよう整えられている。ドングリ類は大豊作。西日本に熊被害が少ないのはこれも要因かも)
火打金防火の願い火打土台 [2025年11月08日(Sat)]

fumihouse-2025-11-08T20_34_44-1-thumbnail2.jpg鴨居と敷居は、水鳥の​カモとシギを掛けて火難除けの願かけをしたのが名前の由来だ(一説)としばらく前に書いたが、建物の土台や梁のコーナーに斜め45度に設置する補強材を、火打土台や火打梁(ひうちばり)と言うのは何故だろうと思った。「火」の文字が使われているのは、火災予防とは反対ではないかと思うのだ。

調べてみると単に、火打ち石と火打金の形状が由来とされるのだそうだ。​時代劇によく出てくるが、主人が出かける前に女将さんが、火打金(ひうちがね)と火打石とを打ち合わせて火花を起こす。聖なる火でもって厄除けや縁起担ぎする「切り火」という儀式だそうだ。

​その火打金の形が、火打土台や火打梁に似ていることから名が付いたという。そのことが、邪なる不審火や類焼を防ぐということで、これも火難除けの邪気払いと言えるのだろう。建築の用具や材料の名前には、興味深い由来がたくさんありそうだ。

​(きょう木次・尺の内公園に見つけたが、火に燃えるように染まる見事な紅葉)
流行に負けまい身体鍛えつつ [2025年11月07日(Fri)]

fumihouse-2025-11-07T21_41_38-1-thumbnail2.jpgインフルエンザの注意報が発せられたようだ。患者数は前週に比べて2.4倍だとか。東日本が中心ではあるが、やがて西にも攻め寄せてくるであろう。

罹らないように感染対策をしなくてはならない。石鹸で手洗いをする。列車や人込みではマスクを着ける。風呂上がりに水シャワーをかぶって免疫力をつける。高熱で苦しみたくないし、休むことも御免こうむる。

ワクチンはというと、接種していない。予防のための努力が奏功することを期待している。そもそも特効薬がある。罹っても数日で元に戻ると高をくくっている。

(ギンモクセイが咲いた。キンモクセイに比べると、甘いが穏やかで)な香り
バリトンが喜怒哀楽にチェロの声 [2025年11月06日(Thu)]

fumihouse-2025-11-06T07_22_51-1-thumbnail2.jpgチェロは、人の声に近いと言われる。音域もバスからソプラノまで幅広い。中低音域はバリトンの名手を思い起こさせて豊かに響く。

チェロには、豊かな表現力がある。まろやかで温かみのある音色は、実に情感がこもって麗しい。​レガートに音を奏でる様子は、ビブラートのかかった朗々たる声楽に似通って心地よい。

チェロが、両膝で挟みこまれ奏者の両腕で包み込まれると、音の強弱や音色の変化によっては、聴衆は語りかけられたかのように、喜怒哀楽を感じることができる。

チェロは好ましい。​わたしには弾くことが出来ないが、チェロのようにギターを鳴らすことは出来るかもしれない。チェロをもっと聴こう。

(チェロの音は秋空のように爽やかで、変化に富んでいる。県立美術館前から宍道湖畔を見通す松江の景観)
喫煙に喜び感じた大昔 [2025年11月05日(Wed)]

fumihouse-2025-11-05T16_22_43-1-thumbnail2.jpg喫煙者にとっては肩身が狭い時代だ。避けて通れない趨勢である。わたしは煙が見えたら避けて通る。喫煙室がトイレ近くに備えてあるショッピングセンターでは、ドアの開閉のたびに臭いが漏れ出て如何ともしがたい。せいぜい息を止めて通り過ぎる。

道路や通路で吸う路上喫煙者。見つけたら迂回する。歩きながらの喫煙者とすれ違う場合は、影響を受けない程度に深呼吸して長く息を止める。過ぎてもういいかと息を吸うと、残り香があったりして顔をしかめる。

タバコをやめてから、もう30年以上。ショートホープやマイルドセブンを吸っていた頃には戻れない。確かに食後に珈琲を飲みながら吐き出す紫煙は格別に美味しかったが、今はもうありえない。

(喫煙者のみなさん、禁煙してごらんなさい。きっと爽やかな秋の雲のような気分を味わえますよ)
横笛に悪戦苦闘の秋の空 [2025年11月04日(Tue)]

fumihouse-2025-11-04T22_10_24-1-thumbnail2.jpgフルートを吹いた(真似をした)。島根県立美術館で行われたロビーコンサート(しまねフルートオーケストラが演奏)の後に体験会があり、申し出たのだ。

まずは円筒形のマウスピース(頭部管と言うらしい)を手に持ち、楕円形部分(リッププレートと言うらしい)の下に下唇を当てる。30センチ先にある空想のロウソクを吹き消すイメージで唇はすぼめない。​歌口という中央の穴に息を吹き込むのだが、風を切る音ばかりで笛の音にはならない。試行錯誤の上、唇の力を抜いて吹き込んだら太い音が出た。単音の図太く強い音が出た。辺りを圧するような響きがあった。「上手じょうず!」と誉められていい気になる。

いよいよフルートの形にする。​中央の胴部管という部品と、下部の足部管を装着した。左指と右指を添えて所定のキーを押さえて、基本となる「ソ」の音を出そうとするのだが、頭部管だけよりもずっと難度が高くなる。唇の力が管に伝わっていかず音が出ない。

指の向き、顔の向き、唇の場所を直してもらって、なんとかソの音は出た。「シ」の指づかいを教えてもらったが、無理。音程を付けようなんて初心者には到底無理。難しいけれど、なにか楽しい。初のフルート体験は、素適な時間だった。

​(外へ出ると、日の入り一時間前の太陽が宍道湖畔を照らしていた)
同窓の友と語りし連休中日 [2025年11月03日(Mon)]

fumihouse-2025-11-03T08_33_26-1-thumbnail2.jpgミニ同窓会をやった。高校の仲間との数時間。酒を飲んで、舌鼓を打って食べつつ、近況を語り、思うままにしゃべり、話を聴いて頷いて、愉快に笑い、懐かしさに相好を崩した。楽しい一夜はあれよという間に過ぎた。

多くの同級生や先生方の消息を知ることができた。情報通は、泉のごとく多くの友の動向を教えてくれる。ヘェ〜そうなんだ、知らなかったなぁ、と頷くことばかり。実に楽しい数時間。

悲しい知らせもある。それでも一緒に過ごした学生時代が思い出され、懐かしい灯りがほんのり辺りを照らす。人それぞれの人生行路があり、幸も不幸もある。他人にとやかく言われたくないとする人も多いだろう。それらの気分も推測しながら、思うところ多い一夜であった。

同級生は楽しい、同級生は懐かしい、そして同級生はどこか切ない。

(夜の帳(とばり)は下りきらず、街の灯りは当分消えない日曜夜の出雲市駅であった)
そしるほど人の真価が輝いて [2025年11月02日(Sun)]

fumihouse-2025-11-02T17_00_31-1-thumbnail2.jpg【毀誉褒貶(きよほうへん)】
人を毀(こわ)す(そしること)、誉(ほ)める(個人が個人に対し)、褒(ほ)める(周囲が高く評価)、貶(けな)すことが、一人の人物や物事をめぐって起こる賞賛と非難を表す四字熟語である。

世間はさまざまに評価する。賛否両論に分かれるだけならまだしも、思い込みや悪意で陥れやうとする輩もいて手に負えない。悪い評判ほどSNSでは喧伝される。当事者となって思い悩む人も多いことだろう。毀誉褒貶にこだわらず、他人が何と言おうとも信念を持続させられる人は立派だと思う。

ある人を肯定的に見るのか、否定するか。業績や人物を称賛するのか、非難するか。凡人に毀誉褒貶はありえないかと思いきや、ある時に誉められ、別の場所では悪い噂を聞く。心は穏やかではない。もっと大きな仕事をなす人はきっと毀誉褒貶からは超越している。評価はきっと後世が下すのだ。

(誰が何と言おうとも、秋の夕暮れ雲はとてつもなく煌めいている)
悪人のカード探りに不正あり [2025年11月01日(Sat)]

fumihouse-2025-11-02T09_17_24-1-thumbnail2.jpgVISAカードの本人認証を求められた。【重要】VISAカードのご利用に関するお知らせと題したメールで、通常と異なる動作が検知されたためだそうだ。動作とは、短時間に複数のオンライン承認が行われた、通常とは異なる地域や端末からアクセスがあった、会員ページへのログイン試行が繰り返されたといった内容だ。

「VISAでは、暗証番号・パスワード・カード情報をメールでお伺いすることはありません。不審なメールを受信された場合はリンクをクリックせず、必ず公式サイトから直接ログインしてください」と安心させて、さらに「不正利用が疑われる場合は、発行会社の窓口へただちにご連絡ください」として、カスタマーサービスの電話番号とメールアドレスが記してある。そして、【VISA公式サイトへ】をタップすると、カード番号と名義人、有効期間、セキュリティコードの入力を求めてくる。

詐欺メールである。メールアドレスはsupport@visa.co.jpと表示しながらも、実際はsupport@0001prime003.mhywlzjclh.cyouというハチャメチャさ。なおかつ、今日中に認証確認してほしいという怪しさ。悪質なフィッシング詐欺メールである。すぐに迷惑メール報告を行った。

​受信メールを確認してみると他にも、【緊急通知】ЈСВカードアカウントが一時停止されていますというメールが、セキュリティセンターを自称する輩から来ていた。触らぬ神に祟りなし!

(穏やかにミカンでも食べて、無視しましょ!)