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面接の試験はいずこカキクケコ [2025年08月31日(Sun)]

fumihouse-2025-08-31T06_48_54-1-thumbnail2.jpg面接試験の日だ
集合時間は8時77分
つまり9時17分というわけだ
ひねくれた主催者
何の試験を受けるのか
じつは分からない
ともかく間に合うように列車に乗らなければならない
乗車駅は出雲市駅の西隣、西出雲駅
そこで乗るよう指定されている
時間は? 調べてない
どこまで乗るのか さぁ
間に合うんだろうか 分からない
そもそも、いま何時だ
スマホに手を伸ばす
いまの時間は4時半
よかった まだ間に合う
あれっ?
ああそうか、夢なんだ
また眠りについた
変なの

(白いサルスベリ。合格か? それとも試験にスベったサルか)
福の水福の冷気よ深緑 [2025年08月30日(Sat)]

fumihouse-2025-08-30T21_08_10-1-thumbnail2.jpg友人と久々に会い、案内された先が出雲・佐田の福寿泉。古くから愛飲されてきた地元では長生きの水と伝えられる。四季を通じて10℃ほどに保たれるという。すぐ近くに八雲風穴(やくもふうけつ)がある。

三瓶山の噴火によってできた天然のクーラーが山懐に広がり、冬場に溜まった冷気が夏になると辺りを冷却する。冷風が吹き出し、猛暑の中での清涼を楽しめる。八雲風穴から湧く地下水が福寿泉というわけだ。甘みのある冷たい軟水が、爽やかに体も心も潤した。

(八雲風穴の欅の巨木。​梢に空の窓が開いていた。風穴の6℃の建屋で天然冷蔵庫の感触を楽しみ、外で欅の陰に入ると猛暑を忘れた)
ほんまもん冷やり静かに清らかに [2025年08月29日(Fri)]

fumihouse-2025-08-29T07_29_56-1-thumbnail2.jpg夏が来た
清澄な空気
若干冷やっとしている
ウェザーニュースが伝える当地の気温は23℃
近ごろ26℃、27℃が当たり前だった
空は澄んで刷毛で掃いた雲
昼間は暑くなるのが分かっていても嬉しい
夏の朝はこんなものだった
露草は露に濡れている
早場米の刈跡から強い草いきれ
これが本当の夏
でももう戻らない
郷愁の夏は哀愁の夏へ
今夜から蒸し暑さがぶり返すかなぁ

(暑さにヘロヘロ気味のヘメロカリス。鮮やかな色だけは残している)
洋上の風力発電イカンなり [2025年08月28日(Thu)]

fumihouse-2025-08-28T18_30_34-1-thumbnail2.jpg三菱商事が秋田と千葉で計画中の洋上風力発電から撤退すると表明。コストの大幅な増加が主な理由である。武藤経産大臣は「遺憾だ」と述べた。

遺憾とは、期待と異なった結果で残念に思う気持ちを表現する。発するひとは心底心残りで強い不満を感じている。公式な場で多く使われ、「遺憾の意を表明する」というふうに使われる。抗議するとか、他人に対して不快感を示すには適しているが、自身に責任がある場合に使うのは不適切だ。

そうしたふさわしくない使い方をするのが、エライひとに多いのは実に面白い。謝罪の場、自身や組織の不祥事を弁明する際に「遺憾」と使うのは、違和感があるし不快だ。

遺憾とは「〇〇しちゃイカン」と同音の言葉だから紛れると思ってしまっているのか、「遺憾」を隠れ蓑にする輩がいるのはイカンぜよ!

(イヌタデの季節がやってきた。「イヌ」は役に立たない、劣っているという否定的な意味。遺憾の多用者はきっとそうなんだ)
飯を食う足は組まずに飯を食う [2025年08月27日(Wed)]

fumihouse-2025-08-27T08_03_47-1-thumbnail2.jpg足を組んで飯を食うのはリスクが高い。食べこぼしがズボンを汚す。ビールやお茶が濡らす。組んでいなければ反射的に足を開いて、汚れを回避できる。組んでいると瞬時に反応できないものだ。同様に、座敷テーブルで食べるのも、台から落ちてパンツの上へスカートの上へと、落ちると大変だ。

おやっ、スカートならば足を組もうが組まなくても、食べこぼせばスカートが受け止めてしまうことに気がついた。ということは多くのスカートを履く女性たちはよっぽど気をつけて食べているんだなぁ、お行儀がいいなぁと感心したところ。何でもない、あたりまえの話題でした。

(昨夕の夕焼け雲。雨を期待したが叶わなった。しかし今朝起きると雨音。二週間ぶりの雨に心躍る)
ひととひと及ぼしあって鏡なり [2025年08月26日(Tue)]

fumihouse-2025-08-26T08_00_20-1-thumbnail2.jpg≪人間関係は鏡。鏡は先に笑わない。自分が先に笑え。≫

こんな箴言(しんげん/戒めの言葉)を見つけた。なるほどそのとおりだと思う。「先に笑え」という命令形が内容にそぐわない気はするけれど、まっいいか。

こちら側から挨拶をする、話しかける、微笑みを添えて。そうすれば人間関係をつくる第一歩は完成だ。いくつか言葉を接いでいけば、行きずりの関係であったとしても、心地よい空間と時間をつくることができる。

人間と人間との関係は相互に影響を及ぼしあっていく。相手を簡単に変えることはできないが、こちらが心がけて変えることは比較的易しい。

(心地よい珈琲カップで、善きコーヒータイムを)
言葉には大海原に惑うひと [2025年08月25日(Mon)]

fumihouse-2025-08-25T07_55_36-1-thumbnail2.jpg馬締はみどりにこんなことを言った(先日終わった令和版NHK『舟を編む』)。

「うまくなくてもいい、それでも言葉にしてほしいです。あなたの中に灯っているのは、あなたが言葉にしてくれないと消えてしまう光なんです」

そのとおりだと思う。話し言葉は話す端から消えてしまいがちなので実感が湧きにくいが、書き言葉というのは最初は稚拙である。筋道も通らずテニヲハも不細工だ。見直すうちに整ってくる。新しい論理や表現も生まれる。まずは「言葉」に表しておくことがいかに重要か、よーくわかる。

アイデアというやつはすぐ消える。こんないいのだから忘れるはずがない!と思っていても、メモすることを忘れると百発百中忘れる。言葉の切れ端でいい。手帳に書きとめる、新聞の切れ端にメモって千切る、スマホに打ち込む……残すことによって後で生きる。

編集者たちは、辞書とは言葉の海を渡るための舟であり、言葉の海で迷子にならないように中型辞典「大渡海」を編む。言葉は誰かを傷つけるためではなく、ひとを守り誰かとつながる希望を発信するために編む。言葉とは、人と人がつながり世界も変えていく起点になることを示すために編む。この番組を視聴したひとは、言葉と人のつながりを感じ、思いを深めたことだろう。

さあ本屋に行こう。『大渡海』を買うんだ(買えないけど)。最新の辞書世界を覗いてみよう。

(虫眼鏡で細部をよーく眺め観察する)
飛べ走れニンバス雨を運びけり [2025年08月24日(Sun)]

fumihouse-2025-08-24T18_38_18-1-thumbnail2.jpgコロナが再び鎌首をもたげている。オミクロン系統の変異株ニンバスが主流となった。重症化リスクは高くないというから心配はしていないが、剃刀を飲み込んだようだと表現される喉の痛みなど経験したくない。熱も高いとあっては、もうコロナ感染は御免こうむる。

ニンバスと言えば魔法の箒。ハリー・ポッター好きには名高い空飛ぶ【ニンバス2000】。ハリーとともにクィディッチ競技でもって優れた技を披露した。マクゴナガル先生にプレゼントされたものだ。

ニンバスというのは、ラテン語で「雨を運ぶ暗灰色の雲」を意味するようだが、いま出雲で欲しいのは本物の雨を運ぶ雲。もう2週間も雨が降ってない。あの大雨で貯水ダムの水位は持ち直したが、畑はカラカラ、熱の冷めない夜はヘロヘロ。少しは地上に水の恵みをもたらしてくれ給え。

(沖縄と同様、本州もハイビスカスが自生する亜熱帯の島になりそうだ)
極限の自然に畏敬生きるべし [2025年08月23日(Sat)]

fumihouse-2025-08-23T11_15_32-1-thumbnail2.jpg今年に入ってから熊(クマと表現すると可愛らしくなるので漢字で書く)による人身被害は多い。​北海道・羅臼岳で登山者1人が羆(ヒグマ)に襲われ死亡したことは耳に新しい。その他北海道の​負傷者は4人である。​北海道以外の熊(ツキノワグマ)では、​死亡者1人、​負傷者はなんと55人に及ぶ(グーグルGemini調べ)。

刺激されて、​小説​『羆嵐(吉村昭著)』を読んだ。これもGeminiくんにわたしの所感も加えさせて、感想文を書かせてみた。≪自然の脅威に対する畏敬の念と、極限状況における人間の知恵と勇気≫、まさにそのとおりだと思う。畏敬すべき極限の自然環境において、それでも人間は生きていかなければならない。

**********************
小説​『羆嵐(吉村昭著)』は、明治時代の北海道で実際に起きた三毛別羆事件を克明に描いたノンフィクション小説です。この物語は、自然の圧倒的な力と、それに立ち向かう人間の無力さ、そして壮絶な戦いを深く考えさせられます。人々が開拓を進める中、人喰い熊が突如現れ、村を恐怖のどん底に陥れます。

​物語の核心は、自然と人間の間の根源的な対立です。人々は豊かな土地を求め、古くからその地に住む羆の縄張りを侵してしまいます。羆は、ただの獣ではなく、人間が踏み込んだ領域を奪還しようとするかのように、その巨体と圧倒的な力で人々を襲います。そして、その脅威に対し、人間が数の力だけでは立ち向かえない事実が浮き彫りになります。

​特に印象的なのは、200人を超える救援隊が派遣されながらも、統率を欠いた「烏合の衆」と化し、有効な対策を講じられなかった点です。数の多さは、自然の摂理を理解しないままでは無力であることを痛感させられます。その一方で、凄腕の猟師である銀四郎は、たった一人で羆の行動を読み解き、死闘を繰り広げます。銀四郎と羆の知恵比べは、まさにこの物語のクライマックスであり、人間と自然が、互いの存亡をかけて対峙する、壮絶なドラマを描き出しています。

​この作品は、自然の脅威に対する畏敬の念と、極限状況における人間の知恵と勇気を描いています。そして、現代社会に生きる私たちに、自然との共存、そして人間が持つべき真の強さとは何かを問いかけてきます。
一刻を争う未来勝負どき [2025年08月22日(Fri)]

fumihouse-2025-08-22T18_21_19-1-thumbnail2.jpg【一刻を争う】【一刻の猶予もならない】と言うと、感覚的には1分も待ってられない。秒を競って動くんだ的な気持ちを感じる。

ところが「一刻」というのは、30分間のこと。一時(ひととき)が2時間だからその4分の1。「一刻も早く」というのは30分だけ急ごうという意味なんだ。

なんと悠長な! 現代人の感覚ではそう思える。もちろん辞典の語釈には「わずかな時間。瞬時」というのがあるが、現代的な感覚をあとから持ち込んだに違いない。スピードが勝負の現代にあっては、【刻】ではなくて【秒】であろう。

待てない現代人であっても、病気やケガが薄紙をはぐように治るのを待つときに、病や分単位で治すことなど出来ない。子どもがあっという間に成長するなんて絶対にありえない。人生とは待つことの異名。辛抱強く待つこともときには必要さ。

(浮草のヒシが、あっという間に川面を一面に覆った)
生きるとき目ん玉輝き失うな [2025年08月21日(Thu)]

fumihouse-2025-08-21T18_38_44-1-thumbnail2.jpg絵本『生きるって?』(ありもと まゆみ作)にこうある。

≪生きるって
 目を
 かがやかせること!!≫

目を輝かせて物事を見ているか? 好奇心を捨てずに暮らしのアレコレを血肉にしようと努めているか?

≪あぁ、そうだ!!
 生きるって
  よろこびの
   かたまりだ!

 生まれた よろこび 生きる よろこび
 ぼくが ぼくである よろこび
 はてしない よろこびの かたまりだ!≫

自分の中で喜びを絶やすことなく、イキイキと日々を過ごしているか? そうでなければ生かされているだけ。喜びはザルですくうようにこぼれていく。何のために生まれて、何を幸せとして生きていくのか。希望はそこにあるのか。そこにあるならば、目は絶えず輝いていくだろう。

(ゴリラだって生きている、ぼくらとともに生きている、ただし猛獣なだけに、よくよく注意)
黄金色一列一列はいでいく [2025年08月20日(Wed)]

fumihouse-2025-08-20T13_50_25-1-thumbnail2.jpg茹でたトウモロコシを食う
冷たく冷やして食べるのがいい
未開拓の野にピースがびっしり詰まっている
​薄黄色のきらめく粒は​宝石箱のよう
黄金色の鱗が澄んだ池に輝く様子か
思いっきりかぶりつく
横ニ列くらいをむしり取って食う
続いて下歯で一列ずつはぎ取っていく
空洞の列が整って並ぶ
下へ下へとはぐうちに咀嚼すると
口の中でトウモロコシの甘みが広がる
飲み込むはしからむしり取る
列は面となって円柱のモロコシが細くなった
トウモロコシは夏のステキなオヤツなり

(トウモロコシの花ではない。ただのクリスマスローズ)
攻められて襲われてもがく天光 [2025年08月19日(Tue)]

fumihouse-2025-08-19T08_33_56-1-thumbnail2.jpg暑さに攻めまくられている。きのうも狂おしいほど暑かった。

強い閉塞感がある。熱くて暑い壁に周りを囲まれて息詰まる日々。エアコンに体は冷やされても、戸外に広がる厚い壁のようなもの。外に出れば陽射しが刃となって肌を刺す。屋外作業をする方々の苦労はいかばかりなものか。苦労がしのばれる。

どこにもぶつけようのない怒りを感じる。さに襲われてどこへも逃げようのない日々。どう処理したらいいものやら。暑いあつい、と言っても増すばかり。あ〜ぁ。

大雨から10日(こちらの被害はないが)。適度な雨を渇望している。暖かな風のない日だまりで穏やかに過ごせる時を乞い願っている。

きのうは狂おしいほど暑かった。そして、きっときょうも。

(春に咲くブラシの木の花が狂い咲いている。かれらもきっと苦しんでいる)
朝露に滑舌開くツユクサや [2025年08月18日(Mon)]

fumihouse-2025-08-18T07_59_43-1-thumbnail2.jpg話すとき油断すると、滑舌が悪くて聞き取ってもらえないことがある。ふわっと口を開けてしまうからだと思う。『伝わる!滑舌よく話す方法』(聖教新聞25年8月17日付け)で、フリーランスアナウンサーの花形一実氏がトレーニングの方法を紹介していた。

ポイントは母音を響かせることで、大げさなまでに口を開けて訓練するのだそうだ。例として練習フレーズが掲載されていたので、今後やってみようと思う。

■各課別に バケツ使って キャベツ分別
■切手買って 貼って送って やっとちょっと ホッとしたってさ
■繰り広げられる 栗拾うドラマ
■5会場は 5階以上にあります

まずは記憶すること。歩きながら、クルマを運転しながら(もちろん一人のとき)、大声でトレーニングしようか。

(朝露に濡れたムラサキツユクサが秋のムードを醸し出す。今朝の最低気温は23℃。少しは涼しかった)
正統を離れて川端川端龍の子か [2025年08月17日(Sun)]

fumihouse-2025-08-17T14_09_34-1-thumbnail2.jpg日本画家の川端龍子(かわばた りゅうし)のファンタジー世界を楽しんだ。島根県立美術館で開催中の『誕生140周年_川端龍子展』。学芸員のギャラリートークには60人くらいの観覧者が集まり活況を呈した。

繊細で緻密な伝統的日本画壇に対して、≪健剛なる芸術≫を目指して「青龍社」を興した。特に初期作品は洋画風の日本画である。ゴーギャンやゴッホを思い起こさせるようなこってり気味の画。多重の色塗り、刷毛の跡が残る粗削りの画幅は油絵具のタッチである。水墨画のような雰囲気もあれば、水彩画を思わせるものもある。

劇画調に描かれた人物には何事か強い意思を語らせている。目に表情がある、静的でなく、画に動きがあり力がこもっている。紙を貼ったパネルが大きいこと。当時は会場でしか鑑賞できない「会場芸術」だと批判されたようだが、ものともせず、大作を創ることを貫いた。俳人としての活躍もあり、知らなかった偉大な先人の航跡を思った。

(龍子作『山葡萄』。木と蔓と紅葉にもたれかかる女神か、山葡萄の精か。大田区龍子記念館と同様にケース枠で守られておらず、写真も自由)
バタンキューニ万の歩み熱帯夜 [2025年08月16日(Sat)]

fumihouse-2025-08-16T18_20_08-1-thumbnail2.jpg多数の来場者が行き交うイベント時、うまく駐車できるかどうか、それは巡り合わせ。きのう夕刻から始まった荘原夏まつり。駐車場の誘導の任務に就いた際、炎天下は過ぎたとはいえ気温は32℃。熱中症警戒アラートは出たままだ。

先日大雨が降ってから高湿度状態が続いていたので、蒸し暑さに汗が引きも切らず流れる。水分を補給するはしから水気が出ていってしまう。

イベントの出し物の出演者、その家族は多数。開始時間が近づくと観客のクルマが多くなってくる。みる間に会場直近の駐車場が埋まっていく。

イベント会場の演目は移り変わる。そのたびにクルマが出入りする。スペースが空いたら別のクルマを迎え入れる。出たり入ったり、何人かで駐車可能数を勘定しながらやっていく。

空いてますか? 満車になりました、少し遠いけれどどこそこの駐車場へお願いしますと言った5秒後には、退場するクルマが動き出して、次に来たクルマには入るよう促す。タッチの差で運不運が分かれる。巡り合わせだと感じた次第。

演目が終わってからも花火大会や抽選会、餅まきで来場者は楽しんでくれた。終了してのちにテントや椅子テーブルの撤収を行ったのだが、朝からスマホでカウントした歩数は2万歩を超えた。スマホで数えるようになってから自分史上最高の歩数となった。帰宅は11時。風呂に入ってバタンキュー!

(真夏の雲と空、そして深い緑、外界は汗だくだ)
スッキリと耳聞こえては若やいで [2025年08月15日(Fri)]

fumihouse-2025-08-15T09_33_06-1-thumbnail2.jpg健康診断の際の聴力検査といえば、両耳にヘッドホンを掛けて、片耳ずつ規則的な電子音を聞いていく。高い音と低い音が鳴って、聞き取った瞬間にボタンを押し反応する。耳を代えて同じことを繰り返す。

ところが耳鼻科クリニックでは違った。まずはヘッドホンで右から始まる。終わったら左用のヘッドホンに掛け代えた。高い音から始まって中くらい、低いの、大きいの、小さいの、近いの、遠いのでバリエーションが多い。

左右をやって終わりではない。次は雑音付きでもって検査する。骨伝導のヘッドホンを掛けると、蝉の音かバルタン星人か。異音が混じる電子音に反応していく。最新の聴力検査に、へーッと思った。

数ヶ月前に受診した聴力の検査の様子である。幸いにわたしの聴力は高音部に多少難はあるということであったが、日常生活に全く支障はないとの診断を受けた。混雑した中では言葉が聞き取りにくい傾向はあるけれども、まっ当分、補聴器はなくてもよさそう。

(木漏れ日がブラインドにゆらゆらする昼下がり。蝉の音はよーく聞こえる)
核よ去れ不戦の誓い80年 [2025年08月14日(Thu)]

fumihouse-2025-08-14T17_47_00-1-thumbnail2.jpg明日は8月15日、80年目の敗戦の日。先の広島平和祈年祭での広島・湯崎知事あいさつ。核兵器廃絶に向けての的を射たものでした。

≪核抑止が益々重要だと声高に叫ぶ人達がいます。しかし本当にそうなのでしょうか。(中略)なぜなら、抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念又は心理、つまりフィクションであり、万有引力の法則のような、普遍の物理的真理ではない≫と、核の抑止論は虚構であると喝破しました。そして人間の非合理性に警鐘を鳴らします。

≪自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力。あるいは誤解や錯誤により抑止は破られてきました。(中略)人間は必ずしも抑止論、特に核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らない≫と訴え、人類が無に帰してしまう核戦争の勃発を恐れます。

≪国守りて山河なし。もし核による抑止が、歴史が証明するようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に見舞われます。概念としての国家は守るが、国土も国民も復興不能な結末が有りうる安全保障に、どんな意味があるのでしょう≫

さらに、武力の抑止だけでなく、ソフトパワーや外交を含めて≪頭脳と資源を集中する≫ことが重要だと述べました。最後に、≪命を奪われた数多くの原爆犠牲者の無念を晴らすためにも≫、≪諦めるな。押し続けろ。進み続けろ。光が見えるだろう。そこに向かって這っていけ≫と格調高く詩を披露されました。

明日の敗戦記念日もまた、核兵器廃絶に向けた決意の日でなくてはなりません。

(可憐に咲くオクラの花も目ン玉を開いて人類の行いを見ているぞ)
湿り気が体力奪う気力まで [2025年08月13日(Wed)]

fumihouse-2025-08-13T17_46_51-1-thumbnail2.jpg湿気が強いです。今朝の湿度が室内で80%を超えていました。ここ数日大雨警報が頻発するときに湿度計を見ると、95%なんてざらだったものです。裸足で板の間を歩くとベタつく。湿気のこもった状態は不快なものですね。

きょうは昼間暑くなりました。大雨が降ったために気温は下がったものの、今日から再び暑さが盛り返しています。35℃超えはなさそうですが、難儀な季節は当面続いていきます。夏バテにご注意召されよ。

(この葉は、ラゴディアハスタータという名前らしい。夏前に青紫の花を涼しげに咲かせる)
行くところ敵無し思うままのバス [2025年08月12日(Tue)]

fumihouse-2025-08-12T16_49_56-1-thumbnail2.jpg松江市営バスは旧市内を中心に、南北の循環路線や近場の郊外を結ぶ路線を運営している。その路線は12系統。ライバル会社の一畑バスには27の系統がある。これでも松江はがんばっていると思っていた。

先日テレビ『がっちりマンデー』を観ていたら、東京・都営バスは120を超える系統があるという。さらに福岡・西鉄バスにはなんと2000もの系統があり、もちろん儲かっているというではないか。多彩、便利、速い(路線によっては高速道を使う)、うらやましい限りだ。人口の集積と工夫があれば向かうところ敵無しだ。

(百合の雄しべの花粉は、落ちにくいことが無敵だ)
バラエティハテナとモザイク頭脳プレー [2025年08月11日(Mon)]

fumihouse-2025-08-11T08_24_23-1-thumbnail2.jpg民放テレビのバラエティ番組でよくあるのが、?マークやモザイクで隠し、しゃべくりも消してコマーシャルに入ることだ。気まぐれな視聴者がチャンネルを替えないよう、視聴率維持のための策を弄している。コマーシャル後、映像が巻き戻されて繰り返し、モザイクがなくなり答えが分かる。体のいい引き延ばしではあるが、近頃は宣伝のないNHKまでやっている。

考えさせる時間として有効だと思うようになった。考えても大抵は当たらないけれども、考えること自体が大切なのかもしれない。頭の体操はお楽しみ。
降る雨に鉄道うるわし善き景色 [2025年08月10日(Sun)]

fumihouse-2025-08-10T13_46_42-1-thumbnail2.jpg鉄道の趣味をもつ人は多い。そして奥が深い。対象や楽しみ方によって様々な呼び方がある。

まずは、「撮り鉄(とりてつ)」。列車や周りの風景と共に写真を撮る趣味人だ。列車の通過に合わせてシャッターチャンスを狙う。撮り鉄には一部に無法者がいて、線路や私有地に立ち入り列車を止めて迷惑を及ぼす。ルールを守って楽しむ撮り鉄たちには迷惑千万であろう。

「乗り鉄」。列車に乗って旅を楽しむ。全国の路線を制覇したり、時刻表を自由自在に操って目的地へまっしぐら。乗ることに無上の喜びを見出す。

「音鉄(おとてつ)」は耳で楽しむ。発車メロディー、走行音、駅のアナウンスなど、鉄道の音を楽しむ。録音した音声がゴマンとコレクションされていることだろう。きっとモノマネも上手だ。

「模型鉄」は鉄道模型の収集やジオラマの製作を楽しむ。「駅スタンプ鉄」はスタンプを収集し、「駅弁鉄」は駅弁を食べるのが大好きだ。

きょうは大雨。各地で大雨警報、土砂災害情報が頻発している。山陰本線も多くが運転を見合わせている。お盆休みに入ったけれども、〇〇鉄さんには残念な日和となった。

(6月のことであるが、花菖蒲が悪魔の表情を見せていた。干天の慈雨をはるかに超えて雨がひどい。被害が広がりませんように)
アンパンマン勇気百倍りんりんと [2025年08月09日(Sat)]

fumihouse-2025-08-09T17_15_29-1-thumbnail2.jpg自己アピールをする機会は近頃ないが、どんなふうに表現してみようか。

■身体はごく標準ですが、体力では若い人には負けません(そのつもりでも、現実は厳しい)。
■いい意味での図々しさはそこそこにあります。誠意誠意と根気で頑張っていきます(図々しさも中途半端に折れてしまうことがある)。
■学ぶ力は誰にも負けません、創意と工夫でもって初めての海でも渡っていけます(ホントか? 近頃貪欲に学んでいないなぁ)
■初めてのこともアンパンマンのように勇気をもって挑戦して取り組みます(アンパンマンにはジャムおじさんが、私には?)。

実にパンチがない。( )の中のツッコミが確からしい。

(柔らかな曲線と木の温かさ、朗らかな照明でもって辺りを照らせ)
カキクケコ頭へばって猛暑なり [2025年08月08日(Fri)]

fumihouse-2025-08-08T18_48_18-1-thumbnail2.jpgきのうは立秋。酷暑が続いたが、さすがに風立ちぬ秋の訪れ。朝の気温はぐっと下がり、エアコンは必要なくなった。吹く風の音も心地よく、頬を渡るそよ風がさわやかに感じる。あの狂おしい暑さは去ったのだ。灼熱の太陽が影を潜めた。きょうは雲が多かったこともあるが、肌をジリジリ焼く照りつけがなくなった。空の青がくっきり、雲の白はすっきり、気持ちのよい秋がここにある。蝉の音も変化し、ジュワジュワと耳を貫くクマゼミはもういない。猛暑の真夏は終わったのだ。夜になればスズムシが鳴くだろう。ガチャガチャとクツワ虫もやかましかろう。今夜は十三夜の月。月の影や星々の光を楽しもう………………。

な〜んてね。空想の立秋、秋の妄想物語でした。「残暑」は続きます。「残忍なまでの激暑」です。雨が降って猛暑日は途切れましたが、また復活します。ご自愛ください。耐えてみせようツクツクボウシ。

(ランタナは元気いっぱい咲いている。色は変化したのだろうか。この夏は観察する余裕がなかった)
病あり怪我に悩みは尽きぬもの [2025年08月07日(Thu)]

fumihouse-2025-08-07T12_11_53-1-thumbnail2.jpg島根県立中央病院に来ている。一般のひとは「県中」と略す。島根県職員は多く「中病」と称する。急性期医療の基幹病院として、島根大学附属病院、松江赤十字病院と並び県内随一の病院のひとつである。

お年寄りが多いのは当然のこと(わたしも老いた父に同行中)、歩幅は狭く弱々しい猫背のひとが多いこと。当然ながら颯爽と歩く病人がいるわけはなく、怪我人は痛みに顔をしかめているわけだ。壮健なわたしも遠慮する気分からか、院内が混雑していることもあって早足では歩かない。

全員がマスクをしている。医療従事者も患者も見舞人も。うかがいしれない表情の奥で苦しんでおられるかもしれない。人知れず悩みに打ちひしがれるひともいるだろう。早く回復してその方の日常が戻るよう願いつつ、同じルーティンには返れないとも思う。人生は流転し変遷する。

(昨夜の雨で干からびて深い割れ目が入った池の底に少しは水が溜まっただろうか)
燻られて草夾竹桃に晩地球 [2025年08月06日(Wed)]

fumihouse-2025-08-06T08_38_31-1-thumbnail2.jpgこの夏、今まで聞こえた蝉の音は次の4種。

夏の出だしにニイニイゼミ。キーンキーンと金属的に響く夏のトップバッター。始まりは7月5日だった。10カ月ぶりに聞く懐かしい夏の通奏低音。同時に酷暑の始まりでもあった。ぐんと暑くなるうちにアブラゼミ。ジージジンジン、いかにも夏らしいが、35℃前後の猛暑では暑い気分を増すばかり。

日の出前後と夕闇が来るまでの時間帯にカナカナゼミ。渋い幽遠なる夏の味わい、と言いたいところだが、夕方にも暑さは癒えず、熱帯夜が冷めぬうちに朝が来る始末。幽玄さなんてこれっぽっちもない。7月半ばからクマゼミが鳴き出した。早朝から昼前まで。あーあ、やかましい。

ミンミンゼミは聞こえない。かつては盛夏の頃のミスターサマー。今はその座から滑り落ちたが、もっとも好きな鳴き声。晩夏の代表、ツクツクボウシはまだ聞こえず。晩夏なんていつ来るんだ? 盆過ぎに夏の名残が聞こえるか?

今日は8月6日、広島の原爆忌。80年前の夏、広島の廃墟に蝉の音は響かなかったであろう。水と助けを求めて喘ぐ人びと、家族を求めて爆撃後を彷徨い歩く人びとの声のみが通奏低音のように一帯を満たしていたことであろう。合掌

(淡い色合いのクサキョウチクトウ)
天仰ぎ嘆息の日の始まりよ [2025年08月05日(Tue)]

fumihouse-2025-08-05T16_05_13-1-thumbnail2.jpg母は天を仰ぐ
子が母より先に逝くことの無念さ
吐息をもらし哀惜に心ふさがる
子の姿をもはや見られぬ憂き目
母は嘆息する
子が先に逝くことの傷心
目に入れても痛くなかった頃の面影
悄然とした姿が痛ましい
ひとの儚さを想う
クマゼミのにぎやかしが憂愁のリズム
命果てた帰らぬひとへ

(コキアの葉が青々と涼やか。秋が深まると紅色に紅葉する)
ぽっかりと夏のモードで朝昼晩 [2025年08月04日(Mon)]

fumihouse-2025-08-04T14_02_01-1-thumbnail2.jpg世は夏休みモード。生徒や学生が通学しないのはもちろんだが、勤め人も夏季の休みを取っているようだ。列車は通常の半分以下、バスも同様だ。わたしはと言えば、先週に土日を含め飛び石で9連休したのでこれで打ち止め。今日から通常に戻る。と思いきや、明日は自治会内の弔事があって休みを取るので慌ただしい。

昨日までのんびりしたかと言えば、さにあらず。まずは小1の孫を引き取り、4日後には息子が2歳の孫を引き連れて帰ってきて合流した。あちこち出かけては連れ回し、楽しさいっぱい、トラブルも数しれず、という1週間だった。

ささやかながら夏の一大イベントが終わって、気分にポッカリ穴が空いてしまった次第。

(アサガオもぽっかり大きな花輪を広げている)
べらぼうに畳に根が生え華麗な絵 [2025年08月03日(Sun)]

fumihouse-2025-08-03T17_32_19-1-thumbnail2.jpg大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華始〜』を見ていつも不思議に思う。絵師は畳に紙を広げ、筆で思うがままの浮世絵を描いていくのだが、畳に肘をつけ這いつくばって描く。無理な姿勢だ。腰が痛いし、膝や肘、首の痛みだって無視できない。

その点西洋画家は全く異なる。まずはキャンバス。布を木枠に固定してあるから安定感がある。キャンバスはイーゼル(画架)に乗せる。垂直または斜めに立てかけて高さを調整する。画家は立つなりイスに座るなりして、楽な姿勢で描き進めることができる。

日本の絵師が、ずっとそれでやってきたということは、当時の生活様式や文化からすれば、無理のないあたりまえの描き方だったということらしい。身体に負担がかかると心配するのは、イスやテーブルに慣れた現代人の感覚であって、当時は自然な体勢だったのかもしれない。この描き方によって、浮世絵師たちは流麗にして力強いタッチを生んできたのだ。
試みに袖の振り合いジジ孫の縁 [2025年08月02日(Sat)]

fumihouse-2025-08-02T21_43_47-1-thumbnail2.jpg【袖振り合うも多生の縁】とは、見知らぬ人とのちょっとした出会いにも深い因縁があるという意味だが、遠くに住む孫というのも、その言葉がふさわしいと思う次第。

へそを曲げてパニックし泣き叫ぶ様子を目にしていると、可愛そうだ、愛しいと思う反面、早いところ帰ってほしいと願う。扱いにくい幼児というやつは、ベタベタしていたかと思うと、次の瞬間には神経を逆なでするような言動もある。弱いながらも全力で暴れることもあり、言葉の暴力で大人を攻撃することもある。小さな悪魔を見ているかのようだ。矯正しようとして焦ると、こちらも言葉を荒らげ、幼児の攻撃を手荒く払いのければ、虐待ともなってしまう。

血縁という縁を得たことは嬉しいが、ふだんは遠く離れて暮らしている。彼らの人生にコミットすることはほとんどない。所詮は、帰省した息子とともに数日間生活をともにする関係しか結びえない。となると、袖振り合うも多生の縁程度の関係でしかないと思い定めてしまえばいい。少しは冷めた目で見ることもできる。目に入れても痛くないのは、せいぜい3歳までのこと。袖振り合うも多生の縁、これでいいんだよ。

(寄せては返す波。子と孫の縁も波のように寄せては返す)
沸騰化地球干上がり崖っぷち [2025年08月01日(Fri)]

fumihouse-2025-08-01T06_52_35-1-thumbnail2.jpg去年の夏、グテーレス国連事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化 (Global Boiling)の時代が来た」と発言した。2023年7月の世界の平均気温が史上最高を記録したことを受けてのものであるが、少なくとも日本ではこの7月に最高を記録することは間違いだろう。

事務総長はこうも言う。「人類は崖っぷちに立っている」、「レッドコードが点滅している」と、国際社会の行動変容と政策転換を促している。

毎日暑い暑いと呻いているが、わたしも含めて、今すぐ行動しなければ取り返しのつかないことになることは明らかだ。

(涼しげな滝(雲南・掛谷の龍頭ヶ滝)も地球沸騰となれば、枯れて干上がってしまう)