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肩貸して安心の元さあどうぞ [2025年02月28日(Fri)]

fumihouse-2025-02-28T08_05_42-1-thumbnail2.jpgわたしの肩には見えない字で「肩貸します。安心してもたれていいよ」と書いてある、きっと。

今朝も列車内で舟を漕ぐ女性が左肩にもたれてきた。首をガックリ前に折っていたので、二の腕どうしが触れる程度ではあったが、通路側に倒れかかっては元に戻ることを繰り返していた彼女が、反転してわたしの側に倒れるようになった途端に、安定して体の重みを預けてきた。

むろん、何食わぬ顔でわたしは読書を続けた。そして連日の事件に驚いていた。わたしは持っている、きっと、肩枕貸しますという見えない看板を。

(自販機の珈琲を飲むようにお気軽に、どうぞ)
肩を貸しゆとり捧げる15分 [2025年02月27日(Thu)]

fumihouse-2025-02-27T10_26_57-1-thumbnail2.jpgわたしはよぽど、隣に座った見知らぬ客を安心させる肩を持っているのだろう。2週間ほど前に書いた。朝の列車でボックス席の隣の女性が、わたしの肩を枕にして寝入ってしまったことを。

今朝も同じことが起こった。出雲から松江に通学する中学生であったが、二の腕の上部にもたれ掛かって、一度だけ覚醒して姿勢を戻した20秒を除き、15分くらいわたしを枕にした。跳ね除ける必要はないので、読書を続けた。

彼女は初めは起きておりリュックを膝に抱えていたが、肘とわたしの腕が当たるのを嫌ったのだろう。両手をリュックの上に置いて組んだ。そこで眠り劇が始まったのである。

首と体が左右に揺れ始め、わたしに頭が当たるようになると間もなくもたれ掛かった。加齢臭のオヤジ臭さはわたしには幸いに無い。それも含めて、隣に座った客を安心させて眠りに陥らせる魔力?を持っているのかも。ただし、男は御免こうむる。

(先週末の雪だるまは、太陽に当たるとバランスを崩して首ごと落ちた)
誘導で死なないために逃げおおす [2025年02月26日(Wed)]

fumihouse-2025-02-26T18_50_16-1-thumbnail2.jpgビルの4階にいて室内の避難経路図を見ていた。観音開きのドアの内側に貼ってある。B4版の紙に印刷して経路矢印を赤く塗って透明フィルムに丁寧に挟んである。この建物は外観は複雑な形状で、内部は真ん中に吹き抜けがあって挟むようにして事務室や研修室が延びる構造だけに、経路は分かりにくい(かも)。

その避難経路図は階ごとに一律になっている模様で、該当する部屋とそこからの経路が分かるように色付けしてあるのだが、私の立つドア内部から避難矢印を頼りにしようとすると、90度ズレてしまっている。

構造を知っている者はいい。知らない人がいざという時に迷わないためには、90度紙の縦横を異なる仕様にしなければ(印字方向も入れ換え)、おかしな方向に逃げかねない。緊急事態であれば、よく知る者であっても避難がおぼつかないかもしれない。

面倒ではあるが、不断の改善作業が必要だと思った次第。福祉・保育職場相談会(リクルートの第一弾)で暇しているところで考えさせられた。

(適切な誘導がなければ、暗いポケットの隙間に落ちてしまうかもしれないぞ)
発展と援助の資質コミュニケで [2025年02月25日(Tue)]

fumihouse-2025-02-25T18_13_51-1-thumbnail2.jpg保育に求められる専門性は、発展(子どもをうまく遊ばせる)と、援助(環境を整備し保護者の相談にのる)と言われる。職員配置基準を満たし公的補助を受ける対象となっているのも専門性だ、と言う人があるかもしれないが、資格の上に安住した惰性を専門性というには心もとない。保育士や保育教諭は、発展と援助の専門性を維持増進させ、保育の質を向上させることが使命である。

そのベースとなるのが、柔軟性があること、一所懸命であること。そして、子どもと平等に接し親密なコミュニケーションを築けること。それらがとても重要だそうだ。

連携や事務的な部分としては、報告や連絡をこまめにすることは不可欠。出来事やアクシデントを園内で共有し、保護者が納得のできる内容で伝達する。コミュニケーション力は必須の資質と言える。保育士って大変な仕事だね。

(この冬は終わった模様。梅の木に咲く雪の華、もう見ることはないと信じる)
マズローは承認欲求説いた元 [2025年02月24日(Mon)]

fumihouse-2025-02-24T10_03_07-1-thumbnail2.jpg深い人間関係は負担ではあるが、無いと寂しい。いい具合の距離感でSNSにハマっていく多くの人びと。自分の行動や投稿、視点を認めてほしいという欲がスマホを通して流出していく。

もう8年も前に、ふかわりょうが東京新聞「風向計」のコラムに寄せた『いいねなんて、いらない』に現在でも反響が大きいという。

ふかわ氏は、≪「映える」かどうかが大きな基準となった今、日常を切り取る行為は、後々振り返るためというより、「いいね」を獲得するため≫、≪「いいね」 が飲しい≫から≪東奔西走≫する人たちに対して、≪それぞれの価値観ですから、「いいね」と言われる人生を否定はしません。でも、私は、いらない≫と、疑問を呈する。

≪人の 「いいね」よりも、自分の「いいね」がひとつあればいい。そもそも、人生にいいも悪いもない≫と、自分の人生を生きることの覚悟を述べる。

目の前の光景を五感を使って味わうことをせず、スマホに収めると、はいさよなら、と去ってしまうのはわたしにもある傾向だ。ついついスマホに没入しがちな毎日を改めたい。

この投稿には「いいね!」なんていりませんから、なんて言っても「いいね!」が付くと嬉しいものです。わたしもマズローのいうところの承認欲求に絡め取られているようですね。

(今朝の積雪は10センチ。最後の雪であってくれることを望む。雪だるまというにはシュールな造形)
豪雪よ春の陽気に溶けてまえ [2025年02月23日(Sun)]

fumihouse-2025-02-23T11_48_13-1-thumbnail2.jpg今朝の積雪は6、7センチ。淡く水っぽい雪なので早めに溶けるとは思うが、明日まで寒気の押し寄せは続く見込みで注意が必要だ。

今月2度目の寒波。しかも異例の長さに辟易する。「極渦」という、ふだんは北極の上空にある大寒気団が分かれて南下したことが原因で、南に蛇行中の偏西風に吹き寄せられ、寒さに拍車をかける結果となったようだ。

各地で「顕著な大雪に関する気象情報」が出されている。日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)がもたらす著しい大雪。夏に出る、顕著な大雨に関する気象情報。それをもたらす線状降水帯。JPCZはこれの雪版だ。ともあれ、各地の豪雪、お見舞い申し上げたい。

顕著な雨も雪も、地球がもたらすもの。気候の変動が、それをもたらした人間自身の生命を脅かす。

(池に雪玉を投げたら波紋が広がった。寒気団と顕著な大雪の波紋はさらに広がる)
ブスプスと放屁楽しや響かせや [2025年02月22日(Sat)]

fumihouse-2025-02-22T08_45_08-1-thumbnail2.jpg髭剃りをしていたら屁が出た。快調ないい音だ。屁の音を研究するのも面白い趣向だ。

姿勢は影響する。立っていると(いまの場合)リラックスした状態で邪魔ものなく肛門を飛び出すから、音は大きい。まっすぐだ。座ると姿勢が圧迫されるからか、座面に押さえられるのか、音は小さく籠もっている。

歩きながらする屁は楽しい。小刻みにブスプス出ていく。平たい石で水切りするように連続技が可能だ。尻の筋肉が交互に締まるために出方が抑えられるからだろう。周りに家族以外は誰もいない時にやる。

服装も影響する。緩い服装の時は遠慮なく出せる(家にいることが多いからだろう)。外服だと自制する。タイトということもあるが、音は無意識に抑えられる。

その場の環境もある。寒い部屋では音が縮こまる。暖かくなると気持ちも緩まって、思い切り放屁という具合だ。

便の状態も左右する。硬い便は空気を圧迫して音は小さくなるのかもしれない。腸内ガスをたぶん多く含んでいるのだろう。軟らかい便が出やすい時は、より音が大きい。

軟らかい時は注意が必要だ。ミが出てしまったら大変だ。こんな話、臭くないですか。

(クロッカスが未だに咲かない。いつもの年なら第一陣が濃い黄の花を開かせているのに今年は蕾すら見えない)
知恵しぼり名づけの親は愛深し [2025年02月21日(Fri)]

fumihouse-2025-02-21T19_00_25-1-thumbnail2.jpg何事かに、何ものかに名称を付ける。道具、道、仕組み、乗り物、商品、自然の風物、生物。そして人。そのものや事の名前に何を盛り込むか。なんとなく決まる場合もあるけれど、誰もが頭を絞る。

1 機能や性質を盛り込む。至極順当だ。漢語で和語で外国語を入れていく。長くては困るが、やがて短縮形や愛称で呼ばれる。ふと浮かんだのは、地域包括支援センター。介護保険におけるサポート機能として中核を担う。定着するまで大変だったろうなと思う。

2 雰囲気を盛り込む。オノマトペも含めて考える。今バスから見えたのが、いきいきプラザ島根。島根県立東部総合福祉センターの愛称である。県民が勇んで集い楽しむ拠点となり、福祉機能の中核がそろっている。

3 願いを込める、これだ。ペットに名前をつける。大切な道具にだって名をつける人もいる。しかし、最も愛にあふれた名前付けは、親が子に与える名前であろう。その子への始めてのプレゼント。悩んで迷って楽しんで、そして最後に決断する。あわよくば響きがよくて読みやすい名前であってほしい。

(きょうも雪が降る。モノトーンのハナミズキの枝に白い花が咲いた)
草食んで獅子に教えを請う所以 [2025年02月20日(Thu)]

fumihouse-2025-02-20T08_32_59-1-thumbnail2.jpgどこかの動物園を特集するテレビ番組だった。広々した草むらと潅木に、ライオンの雌が横臥しくつろいでいる。奥にはインパラだったかが駆け回る。肉食動物と、捕食される草食動物が同一平面に展示される興味深い空間(実は両者の間には観覧者には見えない大きな溝がある)。

ナレーションが「百獣の王ライオン云々」と。わたしは「へーっ、雌なのに」。すかさず妻が「王が女だとは限らない」と。そうか納得。王とは男である、という固定観念に縛られていたようだ。

時代は変わる。一方で揺り戻す。米トランプの保守反動の如く。より佳き方向に変えていくのは、ひとの人たる所以。

(希望に満ちたかのような今朝の空。降雪量2センチ、昨日とは異なり乾いた雪だ、気温は低め。希望をつくるのは人間自身)
安息のはりば通して悼む雪 [2025年02月18日(Tue)]

fumihouse-2025-02-18T08_06_03-1-thumbnail2.jpg【張場(はりば)】

AIに聞いたら、張場(はりば)とは、紙を乾燥させるために張り板に張る場所だと出てきた。また、「ちょうば」と読んで捜査本部を意味するとも。出雲地方で香典を当家に代わって自治会員が受け付け、香典返しをする張場(はりば)の意味は、ほかの辞書を見ても出てこない。

Yahoo知恵袋には、隣近所がお手伝いして受付・記帳をするところは、一般的に帳場(ちょうば)と呼ばれると。出雲地方以外の石見や鳥取、広島では何と呼ばれるのだろうか。

このたび自治会の重鎮が亡くなられた。張場は自治会の集会所(当方では公民館と称する)。事業もやられて喪主の息子さんが後を継いでいる。多くの方がおいでになったことと思う。悪戯っこ的な笑顔が素敵な人であった。

(福寿草のつぼみが開いた。かの人は福徳に満ちた82歳の寿命であったことと思う。今朝から雪。積もるなという願いも虚しく、松江の路面には2センチの積雪)
梅三輪山笑わせて帰り寒 [2025年02月17日(Mon)]

fumihouse-2025-02-17T08_56_30-1-thumbnail2.jpg梅一輪 山を圧して 咲けりけり
          山口 青邨

梅が咲いた。やっと咲いた。春を感じて咲いた。淡い青空に淡い淡桃色に咲いた。山は裸の木々が膨らみそうな気配がある。が、きょうから寒気が南下している。再び冬がやってきた。雪は積もるな、、とだけは言っておく。
悪口を相手の課題引き取るな [2025年02月16日(Sun)]

fumihouse-2025-02-16T10_36_35-1-thumbnail2.jpg≪陰口を言われても嫌われても
  あなたが気にすることはない
 相手があなたをどう感じるかは
  相手の課題なのだから≫
    アルフレッド・アドラー

周りの目が気になって動けない人がどれだけいるだろう。気にするあまり意に反した動きをしてしまう人もいる。SNSに心を砕く。反応が遅いと非難されるのではないか、外されるのではないかと恐れる。いつか心砕ける。

自分はどうしたいのか、何が自分にとって正しいのか。それは自分が決めるべきであり、周囲の評価に執着してしまうあげく、それに委ねるのは悲しい。それを和するとは言わない、付和雷同という。

(折り鶴の如く凛々しく立てや)
ベルサイユ薔薇と雑草価値同じ [2025年02月15日(Sat)]

fumihouse-2025-02-15T16_15_06-1-thumbnail2.jpg『ベルサイユのばら』は、言わずとしれた池田理代子の名作漫画。宝塚歌劇団による舞台も有名である。テレビアニメ版も含めて一切見たことがない私が、劇場アニメを観た。

壮大な浪花節的世界、絢爛豪華な世界を楽しんだ。18世紀の後半、わずか250年前に存在したフランス宮廷界。天真爛漫で恋多きマリー・アントワネット。お相手のフェルゼンは前半では抑制して身を引いたはいいけれど、後に激しく溺れた。アントワネットは愛に生きた。ただし、王家の統治責任は横に置いて民衆など虫けらにしか見えておらず、ただ自己と貴族のための愛しか見えなかった。傾城の美女として国力を傾けたと言っていいだろう。ルイ16世の存在感のなさも、いじらしく耐え難い。

オスカルは女性ではあったが衛兵隊長。幼なじみの家臣アンドレへの恋に気がつくが、任務を貫き通した。その任務とは王宮への服従ではなく、自由と平等、友愛のためにフランス人民の側に付いた。進め、情熱をもって愛に生きよと部下を訓示し、激しく美しく燃え尽きた。

絶対権力の時代から民衆の世紀へ。激動の時代に翻弄されながら、それぞれが懸命に愛に生きたことは間違いない。現代の価値観からすれば荒唐無稽に思えても、彼ら彼女らは頑張って愛したことだけは確かだ。
軽やかに肩に乗せたは娘さん [2025年02月14日(Fri)]

fumihouse-2025-02-14T12_49_48-1-thumbnail2.jpg朝の列車。ボックス席の4人目として窓際に座った。隣は黒いコートを着た若い女性。俯いて表情は見えないが、たぶん寝ている。

首と体が左右に揺れ始めた。たびたび私の肩に頭が当たる。相手が男だったならば跳ねのけないまでも、体を前にかがめて避ける、支えを失った男は大いにバランスを崩し倒れ込んで目を覚ます、という寸法だ。女性にはそんなイジワルなことはしない。

やがて揺れ幅が大きくなり何度も肩をこつんする。とうとう私の肩を枕にして寝入ってしまった。私は本を読みながら笑みが自然とこぼれる(マスクしててよかった)。その間1分余り、娘に甘えられているように、こそばゆかった(実の娘は絶対にそんな甘え方はしない)。
ありがとブランニューデイさらばかな [2025年02月13日(Thu)]

fumihouse-2025-02-13T19_21_03-1-thumbnail2.jpg男声合唱団フライエ クンストが歌ったバーバーショップハーモニーの中に『It's a brand new day』という曲があった。

そうだ、ブランニューだ。きょうは、真新しい一日。始めての2025年2月13日であり、いま列車を待つ2025年2月13日19時過ぎというのも、生まれて始めて経験する瞬間の集合体なのだ。

そんなの当たり前のことだが、ひとは誰でも新品の物を手に入れたり、始めての体験をする時にはウキウキと天にも上る気分となるが、日常の繰り返しだと新鮮さが薄れてそれを喜べない。

自分の一生の中で手に入れたばかりの時間が刻々と眼前を通り過ぎる。そうだ、ならば楽しもう、大切にしよう、他者とも隔てなく貴重な時を過ごそう。「It's a brand new day」 おはよう、きょう一日。こんにちは、午後の仕事よ。こんばんは、帰宅までのあれこれ。そしてありがとう、brand new day。
太陽とくちびる合わせ励まして [2025年02月12日(Wed)]

fumihouse-2025-02-12T08_19_31-1-thumbnail2.jpg出雲が誇る男声合唱団 FREIE KUNST(フライエ クンスト)の演奏会を楽しんだ。出演者が歌を全身で楽しんでいる。口で、喉で、表情で、胸で、ステップで、体中の節々で、自身の歌を全身で楽器と化して表現する。

合唱曲『くちびるに歌を』(信長貴富訳詞・作曲)では、≪くちびるに歌を持て 心に太陽を持て≫と歌う。ひとに語りかけよと歌う。その歌詞のとおり、彼らは歌を太陽とし、自分も他人をも励まし続けていると感じる。

一曲ごとに歌いきった団員の顔立ちに感動した。バーバーショップハーモニー(米国生まれのアカペラで七度のカッコいいコードが使われ振り付けもある)の部では、女性二人(男声合唱団ということで女性もいる)が歌った後の、清々しいドヤ顔が可愛らしかった。みなが心に太陽を持ち、全身で歌い、語っている。素敵だ。すばらしい演奏をありがとう。

直後に感想を団長さんあてに送ったら、絶賛打ち上げ中、歌いまくってる、あれほど歌ったのに、と返信あり。強靭な喉と肉体、そして歌を好きな心、なんて素敵なことだろう。
いまやるぞ楽しみきって清々し [2025年02月11日(Tue)]

fumihouse-2025-02-11T13_32_28-1-thumbnail2.jpg森永卓郎氏はこう言った。 実にすがすがしい人である。人当たりしかり、生きる姿勢しかり。学びたい。

≪私がずっと貫いてきた信条は「いまやる、すぐやる、好きなようにやる」ということだ。周囲に忖度することなく、自分が正しいと思うこと、やりたいと思うことを、これまで私はつねにやってきた≫

財政赤字は適正範囲なら拡大しても大丈夫。国債が暴落しそうになっても、日銀がお金を刷って返済すればハイパーインフレは起こさないと断言し、一般的に主張される財政均衡主義を断固として退けた。

森永さん突然の訃報。お悔やみ申し上げたい。合掌

(ツワブキは枯野の冬場にあってなお、生命力を保ち続ける)
晴れの日に滑って転んでアイスバーン [2025年02月10日(Mon)]

fumihouse-2025-02-10T08_28_35-1-thumbnail2.jpg十分注意していたつもりだったが、滑って転んだ。ブラックアイスバーンだった。中途半端な凍結路。今朝の気温は1℃。屋根から雪解け水が落ちてくる。降ったままの雪はザクザク気味。車や人に踏まれた雪はカチコチしているが、水のままのところもある。不安定な突起を踏むとザクッと崩れたり、ツルッと滑ったり。膝を曲げ前かがみに気味に前傾姿勢で進む。長い斜面を無事に下りた安心からか、慣れてきて油断が出たのか、ブラックアイスバーンで滑った。少しだけ傾斜していた。滑って転ぶのは瞬時。反射的に右手が出た。ザクザク凍結雪に手首をついて尻もちの衝撃を緩めた模様。手首を痛めるまでは至らなかったが、油断大敵。慣れた頃が危ない。

(きょうは あおぞらが もどってくる)
ざくざくと踏みしめ歩く雪景色 [2025年02月09日(Sun)]

fumihouse-2025-02-09T09_49_49-1-thumbnail2.jpg1月は「往ぬ」。覚めやらぬ正月の喧騒。暖かい、有り難い、暖か過ぎるねと言い合ううちに日は進んだ。2月は寒波戻る、というかこの冬始めての寒気襲来。節分荒れにヤキモキするうちに「逃げ」ていく。本当の春先がやってくる。咲く春が来る。嬉しがる。

昨日と今日は出雲・平野部では冬型天気の最後の大暴れ。我が家で通算積雪が18センチというところ。「去る」3月の前触れは間もなくやってくるだろう。春一番が吹くだろう。梅が開く、桃や杏が咲き、ソメイヨシノの便りを南から聞くうちに3月はあれよという間に過ぎる。年度末と新年度に向けての慌ただしさとともに過ぎる。

(我が家の積雪。ザックザクと新雪を踏みしめて歩くのは楽しい。もちろんこれも25センチまで。30センチを超えると白い悪魔が寄せてくる)
愛のない世界制覇はいと悲し [2025年02月08日(Sat)]

fumihouse-2025-02-08T10_34_41-1-thumbnail2.jpg『侍女の物語』(マーガレット・アウトウッド著.斎藤英治訳.早川書房)を読んだ。数々の賞を受け、SFの名著とも言われる(らしい)。500頁を超える大著。わたしには苦痛だった。

ともかく、具体的な言葉が並べられているのにもかかわらず、抽象な世界を物語は漠然と漂う。椅子、机、テレビ、瓶、銃、病院、ダンス、愚痴、未来・・様々なものやことが出現するが、細切れに場面が変わる、少しずつ重なりつつも世界が全く見えてこない。「私」「彼」「彼女」などの代名詞が分からないことも多い。ずっとサスペンド状態でストレスが溜まる。カバーに書いてある筋や賞賛の言葉。どこかで大転換と地平の広がりがあると期待したが、終いまで来てしまった。

列車で寝る前に少しずつ読み進めるから記憶が曖昧となる。丁寧に元へ戻って読めばいいのだが面倒くさい。それでなくても訳が分からないのに、ますます分からなくなる。普通なら止めるだろうが意地で読んだ、娘の推薦だったから。こんな責苦の読書をしたのは始めてだ。終わりまできた。しかも全く希望の持てない結末で本を閉じた。

トランプの岩盤支持層を思った。キリスト教のファンダメンタリストたち。そうした人々が世界制覇を目論んだらひょっとして現出する世界ではないかと考えた。女性を生殖器としてのみ機能させ、その管理を妊娠の可能性のない女たちに任せるという植民地支配のような世界。支配層となる高級官僚や軍人である男たちはノー天気に甘んじている、愛のない世界。

それでも愛は生まれたようだ。主人公はノーマルだった過去の幸せだった自分を思い返す。行方の知れぬ夫ともっと語ればよかった、誘拐された実子はどこにいるのか。疑問を呈することすらできない。自身の精神内容が悟られないように注意深く過ごし、世間全体も疑心暗鬼が渦巻く世界。

解説も読んだから、もう一度読めば異なる読み方ができるかもしれない。しかしもう御免だ。元気になる読書がしたい。
昼夜と静かな魔性近づいて [2025年02月07日(Fri)]

fumihouse-2025-02-07T07_33_12-1-thumbnail2.jpg静かな朝だ。風がまったくない。雲は多いが空は穏やかに朝焼けが雲を輝かせている。雀が可愛らしく鳴く。烏の鳴き声ですら穏やかに聞こえる。積雪はほとんどゼロ。今朝方降ったであろう雪が草に張り付いている程度。

昼間のうちから雪に警戒と予報。狼少年であってはいけない。今度こそ積もるかも。現に北陸、東北、北海道では大きな被害が出ている。風と雲の行き先が一歩こちらに向かって来れば大雪は間違いない。

この静けさはなんだ。激しい雪嵐の前兆か、それともしんしんと降り積もり、辺り一帯の音を奪っていく雪の魔性の前ぶれか。列車は動いている。午後はどうだ。仕事は切り上げて早めに帰ることに越したことはない。
してみようやってみたらでいいものさ [2025年02月06日(Thu)]

fumihouse-2025-02-06T19_36_34-1-thumbnail2.jpg吉田松陰がこういうことを言っている。

≪何かをして変わった人はいても
 何もしないで変わった人は、絶対にいない≫

そのとおり。何かをして後悔することはある。しかし何がしかの教訓は残る、勉強になる。しようと思っていたのにしなかった・・このことの悔いは一生残るかもしれない。そうならないために、思い立ったが吉日を忘れないでいこう。

(しないで後悔すれば、この女神像のように平安ではいられない)
分解し言葉の意味を考えよ [2025年02月05日(Wed)]

fumihouse-2025-02-05T08_18_38-1-thumbnail2.jpg【考】の字を見ていたら、分解できることに気がついた。「一」、「十」、もう一度「一」または「土」。「ノ」、「5」または「弓」。

ある者は「一」を聞いて「十」を知る。またある者は「一」を聞いても0.5しか分からず「土壺」にはまる。せめて「5」までは理解したいと弛まず「弓」を射るように日々的を狙いすますように考えを進めるのですぞ。「ノ」が抜けてるけど、「ノー天気」でいきましょうぞ。

こんな思考を何というか。下手な考え休むに似たり、と言うなり。

(4週間前の足立美術館の淡雪。雪面から首を出した苔が可愛らしい。今回の大雪を伴う寒気団JACZは生半可なものではない。幸いに出雲はかの魔の手を逃れ、今朝の積雪は1センチ)
最強の女戦士は幾千年 [2025年02月04日(Tue)]

fumihouse-2025-02-04T18_04_39-1-thumbnail2.jpgカザフスタンの映画『女王トミ゙ュリス_史上最強の戦士』を観た(県立美術館シネマ)。紀元前6世紀の中央アジアの遊牧部族であるトミュリスは少女の頃、部族間抗争で父である長と一家全てを失った。武術にも頭脳にも長けたトミュリスは復讐と部族再結集を誓い成長し、見事に成し遂げた。

しかし大敵がいた。当時の大帝国・アケメネス朝ペルシアはアラビア半島を手中に収め、それどころかエジプトの制覇を狙い、ヨーロッパや中央アジアまで版図を広げつつあった。当然トミュリスの部族も狙われた。大切な夫も息子もペルシヤの卑怯な刃に倒され、ペルシヤは服従か死か、と選択を迫り来る。トミュリスは他の部族とも協力してキュロス大王に立ち向かった。多勢に無勢ながらも機動力抜群の騎馬隊は見事にペルシヤの大軍を破った。そしてキュロスの首級も取った。1500年も前の大勝利である。映画ではその後のことは分からない。

迫力のアクションであった。血が湧いたが、倒れる者もいる。敵方の兵士にも家族はいる。戦争というものの残酷さを改めて思う。そしてシャーマンが宗教的中心を占める部族社会というのは、日本も含め古代に共通の世界である。やがてこれら砂漠やステップ地帯にイスラム教が広がっていく。そうした世界が変化する時代背景が描かれているようで興味深く観た。

(白黒映画化と錯覚するほど色が少ない。砂と土埃が主な砂漠では彩りが少ない。こんな紅色などないのかも)
堂々と歩く姿は日本なり [2025年02月03日(Mon)]

fumihouse-2025-02-03T17_18_25-1-thumbnail2.jpg石破首相は堂々たる体軀である。身長は178センチあるという。腹を突き出すしぐさもあるので、体重もそこそこであろう。首脳会議で並んだときには、安倍さんがそうであったように押し出しもよく、日本の立ち位置をそれなりに示してくれるだろう。

ところが歩かせたらいけない。姿勢が崩れている。60代の後半にしては変な歩き方とも言える。体に不調があるのか、極度の運動不足か。歩幅は小さくてちょこちょこ歩く。足の運びが不均等で引きずるようにも見える。視線はどちらかというと下にある。はっきり言って美しくない。強いストレスや癖もあろう。日本のためにも、石破さんは歩き方のアドバイスを受けたらいいのでは? なんなら私が雇われてもいいけど・・。

(石破首相のように茫漠とした模様。これは旅館の照明のシェード)
空色と黄色交わり蝋梅や [2025年02月02日(Sun)]

fumihouse-2025-02-02T09_39_21-1-thumbnail2.jpg2月2日だがきょうは節分。暦とは不思議なものだ。そして気候というのも摩訶不思議で、先週始めまで黄砂が舞っていて春はそこまで!と思わせておいて、寒波が迫ってきた。南岸低気圧のせいで関東方面は雪の気配に怯えている。日本海側でもあさってからは寒波が数日の間居座る予報となっている。まさしく節分荒れ。幸いけさは寒さはそれほどでもなく、晴れてくっきりした空が広がっていている。まだ厳冬の二月如月を耐え忍ぼう。サミィ寒いと震えよう。きょうもあすも、よき日であれ。

(蝋梅を覆う朝露が澄んだ青空に溢れ落ちる)
ミッフィーが希望たずさえ未来生く [2025年02月01日(Sat)]

fumihouse-2025-02-01T22_06_30-1-thumbnail2.jpg≪未来と希望の象徴が子ども≫とは、山田和樹氏の言葉である。そのとおりだと思う。未来は年少者たちに託すしかない。子どもは未来に生きている。むろん希望ある未来を保障すべきは大人の責任ではある。希望は誰にでも持てるが、希望を抱くにふさわしいのは子どもたちである。子どもが希望を湧かせてキラキラした目で生きている社会は健全だ。

(ミッフィーは、うさこちゃん。ディック・ブルーナは子どもの未来と希望のために、ミッフィーを生み出したのだ、きっと)